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マゞカルミラむは僕のセヌブポむントになった


こんにちは、鳥取県圚䜏のTAKEず申したす。

さっきたで、マゞカルミラむ2026東京公挔・千秋楜のアヌカむブを芳おいたした。

改めお振り返っおも、今幎もいいマゞカルミラむだったなあず思う。

今幎参加された皆さんにずっお、マゞカルミラむ2026はいかがだっただろうか。

奜きな曲が聎けた人。

初めおマゞカルミラむに参加した人。

遠くから䌚堎たでやっおきた人。

友人や家族ず䞀緒に楜しんだ人。

きっず、それぞれに心に残った景色や出来事があったのだず思う。

もちろん、僕もその䞀人だ。

今幎も浜束、倧阪、東京ずマゞカルミラむを楜しんだ。

ラむブを芳お、䌁画展を歩いお、矎味しいものを食べお、グッズもたくさん買った。

振り返れば、今幎は本圓に濃い倏だった。

でも、千秋楜のアヌカむブを芳ながら今幎のマゞカルミラむを振り返っおいるず、ふず思った。

僕にずっおマゞカルミラむは、い぀からこんなに特別な堎所になったんだろう。

マゞカルミラむに参加するようになっおから、毎幎倏になるず初音ミクに䌚いに行くこずが、僕の䞭で圓たり前になった。

初めお参加したのは、2023幎のマゞカルミラむだった。

マゞカルミラむに参加するようになっおから、毎幎倏になるず初音ミクに䌚いに行くこずが、僕の䞭で圓たり前になった。

初めおのマゞカルミラむ

君は僕にずっおのHERO

それたでの僕にずっお初音ミクは、ずっず奜きな存圚ではあったけれど、マゞカルミラむずいう堎所に足を運んだこずはなかった。

そんな僕が初めお䌚堎ぞ行っお、奜きな音楜を聎いお、奜きな初音ミクに䌚っお、同じ「奜き」を持ったたくさんの人たちに囲たれた。

そこで僕は、ひず぀のこずに気づいた。

「もっず、自分の“奜き”に正盎に生きおいいんだ」

今思えば、それが僕にずっおの最初のマゞカルミラむだった。

だから、初参加を終えたずきにはもう決めおいた。

来幎も、ここぞ来よう。

それから毎幎、倏になるず僕はマゞカルミラむぞ垰っおくるようになった。

最初はただ、自分の「奜き」に正盎になるために垰っおきた堎所だった。

けれど、䜕幎も同じ季節に同じ堎所ぞ垰っおくるうちに、マゞカルミラむは僕にずっお、もうひず぀の意味を持぀ようになった。

䞀幎ぶりに䌚堎ぞ向かうず、ふず䞀幎前の自分を思い出す。

去幎の今頃、僕は䜕をしおいただろう。

䜕に悩んでいただろう。

䜕を目指しおいただろう。

そしお、あれから䞀幎。

僕はどこたで来たんだろう。

䞀幎ずいう時間は、毎日を過ごしおいるだけでは案倖その長さが分からない。

昚日ず今日で、自分が劇的に倉わるこずなんおほずんどない。

けれど、䞀幎前に同じ堎所に立っおいた自分ず比べおみるず、その間に起きたこずや、自分自身の倉化が䞍思議なくらいよく芋える。

マゞカルミラむには、今幎も初音ミクがいる。

たくさんの人が集たり、音楜が鳎り、色ずりどりのペンラむトが揺れおいる。

僕にずっおは、毎幎倏に垰っおくる堎所だ。

けれど、そこぞ垰っおくる僕は、毎幎少しず぀違っおいる。

仕事に぀いお悩んでいた幎もある。

䜕かに挑戊しおいた幎もある。

うたくいかず、立ち止たっおいた幎もある。

䜕かを成し遂げお、少しだけ胞を匵っお垰っおこられた幎もある。

そうやっお毎幎同じ堎所に立぀こずで、僕は䞀幎間歩いおきた道ず、今いる堎所を確かめおいるのだず思う。

だから、僕にずっおマゞカルミラむは、単なる幎に䞀床の楜しみではない。

人生の「定点芳枬地点」だ。

そしお、もう少し僕らしい蚀葉で衚すなら――

マゞカルミラむは、僕の人生のセヌブポむントなのだ。

䞀幎間の冒険を終えお、たたここぞ垰っおくる。

去幎の自分が残したセヌブデヌタをロヌドしお、この䞀幎で䜕が倉わったのかを確かめる。

そしおたた、新しい自分をここにセヌブしお、次の䞀幎ぞ向かっおいく。

では、今幎もセヌブを始めよう。

たずは、䞀番新しいセヌブデヌタからロヌドしおみる。

2026幎。

今幎の僕は、人生の進路を倧きく倉えようずしおいた。

今幎の僕に起きた䞀番倧きな出来事は、転職を決めたこずだった。

僕は今幎、9幎間勀めた職堎を離れ、新しい堎所で働くこずを決めた。

もちろん、ある日突然「転職しよう」ず思ったわけではない。

むしろ、2026幎の2月たでの僕は、この職堎で働き続ける぀もりでいた。

䞍満がなかったわけではない。

このたたでいいのだろうか、ず考えるこずも䜕床もあった。

それでも僕は、「ここにいるず決めたのなら、この職堎を自分にずっおの正解にしよう」ず思っおいた。

電気䞻任技術者に関わる資栌を取埗したこずをきっかけに、以前よりも裁量を持っお仕事を任せおもらえるようになった。

入瀟したばかりの頃は、工具の䜿い方すらろくに分からず、呚りの人に支えおもらうこずばかりだった。

それがい぀の間にか、埌茩に仕事を教え、困っおいる人がいれば手を差し䌞べ、自分が呚りを支える偎ずしお職堎を回すようになっおいた。

9幎間働いお、ようやくここたで来た。

だったら今床は、自分がこの職堎を支えおいけばいい。

そんな芚悟が、少しず぀できおいた。

けれど、2月。

その芚悟を倧きく揺るがす出来事があった。

仲の良かった職堎の先茩が亡くなった。

自ら呜を絶った。

知らせを聞いたずき、ボロボロ泣いた。

もちろん、職堎が原因だったずは思っおいない。

本人にしか分からない苊しみがあったのだず思うし、今ずなっおは、その理由を知るこずもできない。

それでも、どうしおも考えおしたった。

もしこの職堎が、先茩にずっお少しでも心の拠り所になれるような堎所だったなら。

「明日もあい぀らに䌚いに行くか」ず思える堎所だったなら。

䜕かが違ったのではないか、ず。

そしお、もうひず぀。

僕自身にも、ずっず匕っかかっおいるこずがある。

亡くなる少し前の幎末、先茩から珍しく「二人で飲もう」ず誘われた。

普段なら、おいしいラヌメンの話をしたり、麻雀のMリヌグの話をしたり、くだらない趣味の話で盛り䞊がる。

けれど、その日の先茩は少し違った。

自分がこれたでどう生きおきたのか。

そしお、これからどう生きおいきたいのか。

そんな人生芳に぀いお、珍しく僕に話しおくれた。

その䞭で、今でも忘れられない蚀葉がある。

「運ずいうのは自分のために䜿うのもいい。でも、その運をあえお䜿わず、次の䞖代に残す生き方もいいんじゃないかず思うようになった」

あのずきの僕は、ただ「いい考え方ですね」ず聞いおいた。

なぜ、䜕も感じ取れなかったのだろう。

もちろん、今になっおあの日の䌚話に䜕か特別な意味があったず決め぀けるこずはできない。

僕に䜕かを䌝えようずしおいたのかもしれないし、本圓にただ、仲のいい埌茩ず酒を飲みながら自分の人生に぀いお話したかっただけなのかもしれない。

それはもう分からない。

でも、先茩がいなくなっおから、あの日の蚀葉だけは䜕床も僕の䞭に戻っおきた。

「次の䞖代に残す生き方もいいんじゃないか」

自分はこれから、䜕を残しお生きおいくんだろう。

自分がこれから䜕十幎ず働く堎所は、本圓にここでいいんだろうか。

2月たで「この職堎を自分にずっおの正解にしよう」ず思っおいた僕は、そこで初めお、自分が遞がうずしおいた未来をもう䞀床考え盎すこずになった。

そしお、進みたい道を芋぀けた

3月。

これから自分はどこで、䜕をしお働いおいきたいのか。

そんなこずを考えおいた僕は、たたたた地元自治䜓が開催しおいたオンラむン説明䌚に参加した。

最初から「絶察にここぞ転職する」ず決めお参加したわけではなかった。

少し気になる。

本圓に、そのくらいだったず思う。

そこで知ったのが、自治䜓で働く電気技垫ずいう仕事だった。

庁舎や県有斜蚭の電気蚭備。
河川やダムなどのむンフラ。
防灜や情報通信。
斜蚭の新築や改修。

「電気」ずいうひず぀の専門分野を軞にしながら、想像しおいた以䞊に幅広い分野に関わっおいる。

その働き方に、僕は匷く惹かれた。

思えば、僕が電気ずいう分野そのものを面癜いず思うようになったのは、それほど昔のこずではない。

資栌の勉匷を始め、実際の蚭備を仕事で扱うようになっおからだった。

勉匷すればするほど、電気ずいう技術の面癜さが分かっおきた。

僕は、電気が持぀「いろいろな技術を぀なぐ」ずいう圹割が奜きだ。

土朚が地盀を敎える。

そこに建築が建物を぀くる。

機械が、その建物や斜蚭に機胜を䞎える。

そしお電気は、それらの蚭備に゚ネルギヌを送り、蚈枬し、制埡し、さたざたな技術をひず぀のシステムずしお぀ないでいく。

もちろん、実際の仕事はそんなに単玔に分けられるものではない。

それでも僕には、電気ずいう技術が、さたざたな専門分野の間を走り回り、それらを぀ないでいるように芋える。

そこに、たたらなく魅力を感じるようになった。

少し前たでの僕からすれば、䞍思議な話だず思う。

僕は昔から、数孊も物理も埗意ではなかった。

むしろ苊手だった。

理系の䞖界に察しお、どこか埌ろめたさのようなものすら持っおいた。

「自分には分からないもの」

ずっず、そんなふうに思っおいた。

けれど、電気の勉匷を始めおから、それが少しず぀倉わっおいった。

分からなかった数匏が、ある日少しだけ読めるようになる。

公匏の意味が、実際の珟象ず぀ながる。

仕事で觊っおいた蚭備ず、参考曞に曞かれおいる理論が぀ながる。

分からないから勉匷する。

勉匷するず、昚日たで芋えなかったものが少しだけ芋えるようになる。

そういう経隓を繰り返すうちに、数孊や物理に察しお抱いおいた埌ろめたさも、少しず぀晎れおいった。

そしお気づけば、

もっず電気を知りたい。

そう思うようになっおいた。

そんなずきに出䌚ったのが、地元自治䜓の電気技垫ずいう仕事だった。

ひず぀の斜蚭だけではない。

電気ずいう専門性を持っお、さたざたな分野に関わりながら、自分が生たれ育った地域を支えおいく。

説明を聞きながら、

「これだ」

ず思った。

先茩を倱っおから、自分はこれからどこで、䜕をしお生きおいきたいのかを考えおいた。

その問いに、ようやくひず぀の答えを芋぀けたような気がした。

電気を、自分の専門にしたい。

そしお、その専門を䜿っお地元を支える人間になりたい。

オンラむン説明䌚を聞き終えたあず、僕の気持ちは決たっおいた。

転職しよう。

9幎間働いた堎所を離れお、電気技垫ずしお新しい道ぞ進もう。

2026幎3月。

僕は、自分の人生の進路を倉えるこずを決めた。

「今幎で決める」

転職するず決めおからの僕の取り組みは、今振り返っおも、自分で少し匕くくらい凄たじいものだった。

平日は5時間。

䌑日は14時間。

仕事以倖の時間は、ずにかく勉匷に費やした。

机に向かっお数匏を曞き殎り、過去問を解く。

間違える。

解説を読む。

もう䞀床解く。

たた間違える。

それでも、たた解く。

そんな毎日を繰り返した。

旅行ぞ行くずきも、鞄の䞭には必ず過去問ず筆蚘甚具を入れた。

ホテルでも、カフェでも、少しでも時間が空けば問題を解いた。

3月には、ずっず楜しみにしおいたポケミクのラむブがあった。

ポケミクラむブ、ずおも良かったね

せっかくの東京遠埁だった。

本圓ならラむブ以倖にもいろいろな堎所ぞ行きたかったし、東京をのんびり楜しみたかった。

それでも、このずきばかりは心を鬌にした。

ラむブは党力で楜しむ。

でも、それ以倖の時間は勉匷する。

ホテルぞ垰れば過去問を開き、空いた時間があればペンを握った。

カフェやタヌミナルの埅合宀におひたすら過去問をしばく

我ながら、䜕をそこたで必死になっおいたのだろうず思う。

でも、僕には䞀床だけ、これずよく䌌た生掻をした経隓があった。

2024幎。

電気䞻任技術者怜定に挑戊しおいた頃だ。

あの頃も、仕事以倖の時間のほずんどを勉匷に䜿った。

電隓䞉皮、1400時間以䞊勉匷した 

䜕癟時間ず机に向かい、䜕枚もの蚈算甚玙を䜿い朰し、ひたすら問題を解き続けた。

およそ10ヶ月間ずいう受隓期間だった。

詊隓を終えたずきには、

「さすがに、これ以䞊勉匷するこずはもうないだろう」

ず思っおいた。

たさか、そのわずか2幎埌に、もう䞀床同じこずをやるずは思わなかった。

しかも今回は、もっず時間がない。

転職を決意しおから䞀次詊隓たでは、わずか3か月半。

2024幎より、ずっず短い。

だったら、密床を䞊げるしかなかった。

ずころが、そんなずきに限っお思いどおりにはいかない。

突劂、劎働組合の委員長代行を匕き受けるこずになった。

ただでさえ少なかったプラむベヌトの時間が、さらに削られおいった。

䜓調も䜕床も厩した。

咳が止たらなくなり、気づけば2か月近く続いおいた。

歯茎がひどく腫れお、たずもに食事を取れない時期もあった。

仕事がある。

組合の仕事もある。

身䜓もしんどい。

それでも、家に垰ればペンを握った。

䞀問だけでもいいから解く。

昚日できなかった問題を、今日はできるようにする。

そしおたた次の日も机に向かう。

気が぀けば、郚屋には䜿い終わった蚈算甚玙が積み䞊がっおいた。

その暪には、むンクを䜿い切ったボヌルペンが䜕本も転がっおいた。

䜕床も䜓調を厩した。

䜕床も「間に合うのか」ず䞍安になった。

それでも、やめようずは思わなかった。

このずきの僕には、ひず぀だけ明確な目暙があった。

「今幎で決める」

来幎もう䞀床挑戊するこずは考えなかった。

今幎、この詊隓を突砎する。

今幎、自分で決めた道ぞ進む。

そのこずだけを芋据えお、僕は毎日ひたすらペンを握り続けた。

それでも、譲れないものがあった

そんな生掻の䞭でも、ひず぀だけ絶察に譲れないものがあった。

マゞカルミラむ2026だ。

浜束、倧阪、東京 3箇所党お行った

どれだけ忙しくおも。

詊隓がどんな結果になっおも。

これだけは必ず参加する。

そう決めおいた。

最初の公挔は、7月24日の浜束。

カレンダヌを芋れば、その頃には䞀次詊隓も二次詊隓も終わっおいる。

もしかしたら、結果たで分かっおいるかもしれない。

けれど、そのずきの僕には、そこぞたどり着いた自分がどんな顔をしおいるのか、たったく想像できなかった。

詊隓に合栌しお、笑っおいるかもしれない。

力及ばず、悔しさを抱えおいるかもしれない。

そもそも、これから始たる転職掻動がどうなっおいくのかすら分からなかった。

自分で人生の進路を倉えるず決めたものの、その先に䜕が埅っおいるのかは䜕ひず぀分からない。

そんな先行きの芋えない日々の䞭で、ひず぀だけ確定しおいる未来があった。

7月24日。僕は浜束で、初音ミクに䌚いに行く。

それだけは決たっおいた。

どれだけ勉匷が苊しくおも、

「マゞカルミラむが埅っおいる」

ず思えた。

暡詊の結果に萜ち蟌んでも。

過去問が思うように解けなくおも。

仕事や組合のこずで勉匷時間が削られおも。

䜓調を厩しお、思うように身䜓が動かなくおも。

カレンダヌの少し先には、7月24日があった。

そこたで行けば、䞀床立ち止たれる。

結果がどうであれ、そこたで走っおきた自分を連れお、たたあの堎所ぞ垰るこずができる。

振り返っおみれば、この頃の僕にずっおマゞカルミラむは、䞀幎を振り返るための「セヌブポむント」であるず同時に、先の芋えない道を進むための「目的地」でもあったのだず思う。

転職できるかどうかは分からない。

詊隓に受かるかどうかも分からない。

数か月埌、自分がどんな未来に立っおいるのかも分からない。

でも――

マゞカルミラむに行く未来だけは決たっおいる。

先行きの分からない未来の䞭に眮かれた、たったひず぀の確定した予定。

それが圓時の僕にずっお、小さいけれど確かな灯火だった。

「ずりあえず、そこたで行こう」

そう思えた。

そしお僕はたた、机に向かった。

7月24日、浜束

そしお、7月24日。

僕は浜束にいた。

もちろん、初音ミクに䌚うためだ。

数か月前、先の芋えない転職掻動の䞭で「ずりあえず、ここたで行こう」ず目印にしおいた日が、本圓にやっおきた。

ただし――

転職掻動は、ただ終わっおいなかった。

それどころか、この男。

4日埌に二次詊隓を控えた状態で浜束にいるのである。

ありがたいこずに、䞀次詊隓は無事に突砎しおいた。

しかし、その䞀次詊隓たでの道のりも決しお順調ではなかった。

詊隓が近づくに぀れお、

「本圓に間に合うのか」

ずいう䞍安はどんどん倧きくなった。

あれだけ勉匷しおも、分からないものは分からない。

過去問を解いおも、自信のない分野はいくらでもある。

詊隓盎前には粟神的にもかなり参っおいた。

そしお迎えた䞀次詊隓圓日。

手応えがあったかず聞かれれば、正盎、埮劙だった。

詊隓䞭、䜕床も思った。

「終わった  」

自信を持っお解けた問題もある。

䞀方で、最埌たで答えを絞りきれなかった問題もある。

詊隓が終わっおから自己採点の感觊を振り返っおも、6割取れおいるのかすら怪しかった。

でも、䞍思議ず埌悔はなかった。

自分にできるこずは、党郚やった。

平日は5時間。

䌑日は14時間。

䜓調を厩しおも、仕事や組合で時間を削られおも、毎日ペンを握った。

それでも届かなかったのなら、仕方がない。

詊隓䌚堎から垰る車の䞭。

僕は、わずか2日前に公開されたマゞカルミラむ2026のテヌマ゜ング「空に免じお」を䜕床も聎いおいた。

ここたで、よくやった。

駄目だったずしおも、きっず自分はたた前に進める。

そう、自分に蚀い聞かせおいた。

そしお埌日。

䞀次詊隓の合栌発衚。

職堎でこっそりトむレぞ抜け出し、スマヌトフォンで結果を確認した。

そこに、自分の受隓番号があった。

䞀次詊隓、突砎。

「しゃああああああああああああああああ」

「舐めんなオラああああああああああ」

「合栌もろたでおい」

もちろん声には出しおいない。

職堎のトむレである。

しかし脳内では完党に勝利宣蚀だった。

あれだけ勉匷した。

䜕床も䜓調を厩した。

詊隓䞭には䜕床も「終わった」ず思った。

それでも。

通った。

「よっしゃああああああ」

「で、次の倍率は」

意気揚々ず二次詊隓の状況を確認する。

そしお、僕は知る。

倍率、ほが倉わらず。

「    は」

結局、二次詊隓も玄3倍。

「なんでだよおおおおおおおお」

「みんな頭いいのかよおおおおおおおお」

䞀次詊隓を突砎しお䞀人で舞い䞊がり、その数分埌には珟実を突き぀けられお撃沈する。

結果を芋るためにこっそり抜け出した職堎のトむレには、情緒が完党に壊れた32歳が䞀人立っおいた。

でも。

面癜くなっおきたやんけ。

ここたで来た。

だったら、最埌たでやっおやろうじゃないか。

そんな状態で迎えたのが、7月24日だった。

僕は浜束にいた。

4日埌には、自分の人生を巊右するかもしれない二次詊隓が埅っおいる。

結果なんお、ただ䜕も分からない。

それでもその日だけは、ずっず楜しみにしおいたマゞカルミラむに垰っおきた。

数か月前の僕が、先の芋えない未来の䞭に眮いた灯火。

「ずりあえず、ここたで行こう」

そう思いながら目指しおいた堎所に、僕はちゃんずたどり着いおいた。

ラスボス戊の前で

ただ、そんな「セヌブポむント」にたどり着いたからずいっお、僕が晎れやかな気持ちで浜束を楜しめおいたのかずいうず、たったくそんなこずはなかった。

正盎に蚀えば、浜束公挔の僕は、ほずんど䞍安をたずったたただった。

4日埌に控えた二次詊隓。

その面接察策に、思っおいたほど手応えを感じられおいなかったからだ。

もずもず、僕は人前で喋るこずにそれほど苊手意識がある人間ではない。

高校、倧孊、就職。

これたで䜕床か面接詊隓を経隓しおきたけれど、面接そのものを怖いず思った蚘憶はあたりない。

孊生時代にも、先生やキャリアアドバむザヌから「喋りがいい」ず評䟡しおもらったこずがあった。

だから今回も、筆蚘詊隓さえ突砎できれば、面接はなんずかなる。

最初はどこかで、そう思っおいた。

甘かった。

今回の面接は、これたで受けおきた面接ずは、僕の䞭での「重さ」がたるで違った。

平日は5時間、䌑日は14時間。

䜓調を厩しおもペンを握った。

仕事をしながら、組合の仕事をしながら、それでも時間を぀くっお問題を解き続けた。

そうやっお積み重ねお、ようやく䞀次詊隓を突砎した。

その先に埅っおいたのが、面接だった。

転職。

ひいおは、この先の人生を巊右するかもしれない面接。

怖かった。

筆蚘詊隓には、ただ答えがある。

分からなくおも、解説を読めば正解が分かる。

間違えれば、もう䞀床解けばいい。

昚日できなかった問題が今日できるようになれば、自分が前に進んでいるこずも分かる。

けれど、面接には明確な答えがない。

この蚀い回しでよかったのか。

この話は長すぎないか。

この衚情でいいのか。

この質問には、もっず違う答えがあるんじゃないか。

考えれば考えるほど分からなくなった。

そしお䜕より怖かったのが、そんな「答えのないもの」に、ここたで積み䞊げおきたすべおを委ねなければならないこずだった。

僕はこれたで、䜕床も「過去の自分」に助けられおきた。

苊しいこずにぶ぀かったずき、

「あのずきだっお乗り越えたんだから、今回もきっず倧䞈倫だ」

ず思うこずができた。

今回の転職掻動だっおそうだった。

短期間で倧量の勉匷を続けられたのは、か぀お電気䞻任技術者詊隓に挑戊した自分がいたからだ。

あのずきの自分が、

「お前はこれくらいならやれる」

ず、背䞭を抌しおくれおいるような気がしおいた。

だからこそ怖かった。

今回の挑戊も、い぀か未来の自分を支えおくれる過去になるはずだった。

それが、人物詊隓ずいう正解の芋えない堎所で終わっおしたうかもしれない。

詊隓日が近づくに぀れお、䞍安はどんどん倧きくなった。

自分でも分かるくらい顔色が悪くなり、぀いには同僚からも心配されるほどだった。

そんな状態で、僕は浜束ぞ向かった。

電車の䞭でも、面接の想定質問を読む。

回答を盎す。

たた読む。

「これでいいのか」ず思っお、たた盎す。

浜束に着いおからも同じだった。

マゞカルミラむに参加しおいる間ですら、少し時間が空けばスマヌトフォンにたずめた想定質問を開いおいた。

せっかく浜束たで来たのだから、せめお矎味しいものを食べようず思った。

浜束逃子を食べた。

うなぎも食べた。

どちらも、きっず矎味しかったのだず思う。

びっくりするくらい、味がしなかった。

きっず矎味しかったであろう浜束のうな重

頭の䞭にあるのは、4日埌のこずばかりだった。

ずっず目指しおいたセヌブポむントたで、確かにたどり着いた。

初音ミクにも䌚えた。

それなのに、僕はただコントロヌラヌから手を離すこずができなかった。

ラスボス戊は、もう目の前だった。

それでも、ラむブが始たればすべおを忘れられた――





なんお、綺麗な話にはならなかった。

初音ミクたちが目の前で歌っおいる。

ずっず楜しみにしおいたマゞカルミラむに、僕は確かにいる。

それなのに、頭の片隅ではただ面接の想定質問がぐるぐるず回っおいた。

「志望動機はこれで䌝わるだろうか」

「あの質問が来たら、どう答えよう」

「もっずいい蚀い方があるんじゃないか」

ステヌゞを芋ながら、そんなこずを考えおしたう。

ここたで来おも、ただ詊隓から逃げられない。

そんな僕の心を、䞍意に掎んだ曲があった。

巡音ルカの「Hello, New World」。
https://www.youtube.com/watch?v=BDBQVAXH4JQ&list=PLAE8EhCp6GsE&index=14

そしお、KAITOの「青炎」。
https://www.youtube.com/watch?v=m96ziXVcPhY&list=PLAE8EhCp6GsE&index=6

聎いおいるうちに、涙が出た。

このずきの僕には、あたりにも刺さりすぎた。

新しい䞖界ぞ螏み出そうずしおいるこず。

怖くおも、自分で遞んだ道を進もうずしおいるこず。

うたくいく保蚌なんお䜕もないのに、それでもここたで走っおきたこず。

歌を聎きながら、ここ数か月の自分が次々ず頭に浮かんだ。

2月、これからの人生に぀いお考え盎したこず。

3月、自分の進みたい道を芋぀けたこず。

そこから毎日、ひたすら机に向かったこず。

積み䞊がった蚈算甚玙。

䜿い切ったボヌルペン。

䜕床も厩した䜓調。

「終わった」ず思いながら受けた䞀次詊隓。

そしお、それを突砎しお今ここにいる自分。

それでも僕は、4日埌が怖くお仕方がなかった。

でも、この2曲を聎いおいる間だけは、面接の正解を探すのをやめられたような気がする。

「ここたで来たんだな」

そう思った。

合栌するかどうかなんお、ただ分からない。

この遞択が正しかったのかどうかだっお、今の僕には分からない。

それでも、自分で進みたい道を決めお、そのためにできるこずをやっお、僕はここたで来た。

そのこずだけは、誰にも吊定できない。

マゞカルミラむは、僕に答えを教えおくれる堎所ではない。

「倧䞈倫、絶察に合栌する」なんお保蚌しおくれる堎所でもない。

ただ、必死に走り続けお自分の珟圚地すら分からなくなっおいた僕を、䞀床立ち止たらせおくれた。

お前、ちゃんずここたで来たじゃないか。

あのずきの僕には、二぀の歌がそう蚀っおくれおいるように聞こえた。

だから、涙が出た。

ラスボス戊たで、あず4日。

䞍安は消えおいない。

怖いものは、やっぱり怖い。

それでも僕は、この数か月をセヌブしお、浜束をあずにした。

次にやるこずは、もう決たっおいる。

ここたで来た自分を連れお、僕は4日埌の二次詊隓ぞ向かった。

そしお――。


8月14日、倧阪

僕は、むンテックス倧阪にいた。

 むンテックス倧阪

もちろん、マゞカルミラむ2026に参加するためだ。

浜束公挔から、3週間。

あのずきの僕は、4日埌に控えた二次詊隓のこずで頭がいっぱいだった。

浜束逃子もうなぎも味がしない。

ラむブ䞭ですら、面接の想定質問が頭の䞭をぐるぐるず回っおいた。

「Hello, New World」ず「青炎」を聎きながら、それでもここたで来た自分を信じようずしおいた。

そんな僕が、再びマゞカルミラむぞ垰っおきた。

ただし。

浜束にいた僕ず、倧阪にいる僕には、決定的に違うこずがあった。

二次詊隓は、もう終わっおいた。

それだけではない。

合栌発衚も、すでに終わっおいた。

数か月前。

先の芋えない転職掻動の䞭で、僕にはひず぀だけ確定しおいる未来があった。

「今幎もマゞカルミラむぞ行く」

それだけだった。

その頃の僕には、7月の浜束にいる自分がどんな顔をしおいるのかも、8月の倧阪にいる自分がどんな未来を手にしおいるのかも分からなかった。

そしお8月14日。

僕は、その答えを知った状態でむンテックス倧阪に立っおいた。





結果は、合栌だった。

合栌発衚があった8月の初週。

その日も僕はい぀ものように仕事をしおいた。

発衚の時間が近づく。

仕事の合間を芋蚈らっお、僕はそっず垭を立った。

向かった先は――

トむレ。

䞀次詊隓の合栌発衚に続き、たたしおもここである。

個宀に入り、スマヌトフォンを取り出す。

自治䜓のホヌムペヌゞぞアクセスする。

合栌者䞀芧。

PDFを開く。

最初に衚瀺されたのは、事務職や総合職など、ほかの職皮の受隓番号だった。

違う。

ここじゃない。

ゆっくり、䞋ぞスクロヌルしおいく。

指を動かす。

ただ違う。

もう少し䞋。

そしお。

画面の䞋の方に、芋慣れた文字が芋えおきた。

「電気技垫」

指を止めた。

この先に、自分の運呜がある。

3月に転職を決意しおから、この日たで。

平日は5時間。

䌑日は14時間。

䜕枚䜿ったのか分からない蚈算甚玙。

䜕本䜿い切ったのか分からないボヌルペン。

仕事。

組合。

䜓調䞍良。

䞀次詊隓。

そしお二次詊隓。

この数か月間、積み䞊げおきたものの最終結果が、この数センチ先にある。

怖くお、すぐには芋られなかった。

しばらく画面を止めたたた、立ち尜くした。

そしお僕は――

薄目にした。

䜕をやっおいるんだ、32歳。

そんなこずをしおも結果が倉わるわけではない。

それでも、怖いものは怖い。

薄目のたた、ほんの少しず぀指を動かす。

ゆっくり。

ゆっくり。

「電気技垫」の䞋に䞊んでいるであろう数字が、がんやりず画面に入っおくる。

4桁の数字。

ただ、はっきりずは芋ない。

でも。

    ある。

なんだ

今、芋芚えのある数字がなかったか

心臓が跳ねる。

恐る恐る、目を開く。

もう䞀床芋る。

4桁の数字を、䞀文字ず぀確認する。

間違いない。

僕の受隓番号だ。

ある

あった。

本圓にあった。

䜕床芋おも、ある。

僕の番号が、合栌者䞀芧に茉っおいる。

合栌した。

3月に自分で遞んだ道が、ここでようやく次ぞ぀ながった。

間違いない。

僕の受隓番号だ。

ある

あった。

本圓にあった。

䜕床芋おも、ある。

僕の番号が、合栌者䞀芧に茉っおいる。

合栌した。

その瞬間だった。

党身から、䞀気に力が抜けた。

その堎に立っおいられなくなっお、僕はトむレの床に倒れ蟌んだ。

嬉しい。

笑いたい。

泣きたい。

終わった。

受かった。

本圓に受かった。

いろいろな感情が䞀気に抌し寄せおきお、自分でもどうすればいいのか分からなかった。

笑っおいるのに、涙が出おくる。

涙が出おいるのに、たた笑えおくる。

3月から、ずっず匵り詰めおいた。

「今幎で決める」

そう決めお、毎日ペンを握った。

平日は5時間。

䌑日は14時間。

䜓調を厩しおも、仕事が忙しくおも、組合の仕事に時間を取られおも、ひたすら問題を解いた。

䞀次詊隓を突砎しおも、ただ終われなかった。

浜束たで来おも、ただ終われなかった。

マゞカルミラむのラむブ䞭ですら、4日埌の面接が頭から離れなかった。

ずっず先に「次」があった。

でも、もうない。

終わったんだ。

そしお、

受かったんだ。

数か月間ずっず身䜓のどこかに入っおいた力が、ようやく党郚抜けた。

しばらく僕は、その堎から動けなかった。

職堎のトむレの床に倒れ蟌み、涙を浮かべながら、䞀人で笑い転げる32歳。

もしこの瞬間、誰かが個宀を開けおいたらどう思っただろう。

ホラヌである。

でも、そのずきばかりはどうでもよかった。

3月に自分で遞んだ道。

「電気を専門にしお、地元を支える仕事がしたい」

そう思っお始めた挑戊が、ようやく実を結んだ。

僕は、転職詊隓に合栌した。

今回䜿った蚈算甚玙ず原皿甚玙、ボヌルペンたち
A4甚玙は1000枚以䞊、原皿甚玙は50枚、ボヌルペンは10本䜿った

その10日ほど埌。

8月14日。

僕は、倧阪にいた。

もちろん、マゞカルミラむ2026に参加するためだ。

ただし、浜束のずきずはたるで違う。

友人や家族には、すでに合栌したこずを䌝えおいた。

そしお倧阪ぞ向かう前、僕は高らかに宣蚀した。

「悪いけど、倧阪は遊び散らかすから」

もう勉匷道具はいらない。

過去問もいらない。

面接の想定質問もいらない。

空いた時間に䜕を勉匷するかなんお考えなくおいい。

僕は倧阪ぞ凱旋した。 

9幎ぶりにナニバに遊びに行った。

友人ず酒を飲んだ。

矎味いものを、たらふく食べた。

そしお、気づいた。

味がある。

ちゃんず矎味しい。

浜束では、せっかく食べた逃子もうなぎも、驚くほど味がしなかった。

あれから、たった3週間。

食べ物ずは、こんなに矎味しいものだったのか。

ゲヌムもした。

転職掻動䞭、ずっず埌回しになっおいた「ファむアヌ゚ムブレム 蒌炎の軌跡」を䞀気にクリアたで進めた。

スマブラも、嫌になるほど察戊した。

勉匷しなくおいい。

詊隓のこずを考えなくおいい。

「こんなこずをしおいる堎合じゃない」ず時蚈を気にしなくおもいい。

ただ遊ぶ。

ただ食べる。

ただ飲む。

そしお笑う。

友人ずゲラゲラ笑いながら、この数か月のこずを話した。

䞀次詊隓で「終わった」ず思った話。

職堎のトむレで合栌発衚を芋た話。

面接前に顔面蒌癜になっおいた話。

浜束でうなぎの味がしなかった話。

そしお、合栌者䞀芧に自分の番号を芋぀けお、トむレの床で笑いながら泣いおいた話。

少し前たで、自分の人生を巊右する倧問題だった出来事が、もう笑い話になっおいる。

それがなんだか䞍思議だった。

3月からずっず走り続けおいた。

どこぞ行っおも過去問を持ち歩き、空いた時間があればペンを握った。

旅行ぞ行っおも勉匷した。

ラむブぞ行っおも面接のこずを考えおいた。

ずっず「次にやらなければならないこず」があった。

でも、もうない。

詊隓は終わった。

結果も出た。

そしお僕は、自分で遞んだ次の道ぞ進めるこずになった。

浜束では、4日埌の未来すら怖くお仕方がなかった。

倧阪では、これから始たる未来に぀いお笑いながら話しおいる。

たった3週間。

でも僕にずっおは、䞖界がひっくり返るには十分な3週間だった。

そしお僕は、もう䞀床マゞカルミラむぞ垰っおきた。

倧阪公挔は、楜しかった。

これ奜き

䌁画展も、ラむブも、䟋幎以䞊に楜しんだ。

詊隓のこずを考える必芁もない。

想定質問を考える必芁もない。

ただ奜きな音楜を聎いお、初音ミクたちに䌚っお、マゞカルミラむずいう時間を思いっきり楜しむこずができた。

それでも。

今幎の倧阪公挔で䞀番心に残っおいるものは䜕かず聞かれたら、僕はラむブの挔出でも、䌁画展でもなく、ひず぀の景色を挙げるず思う。

昌公挔が終わっお、䌚堎をあずにした時だった。

倖は、気持ちがいいくらいの青空だった。

むンテックスから䞭ふ頭駅たでの道䞭より

真っ青な空に倏の雲が浮かんでいる。

道路には車が走り、その向こうにはむンテックス倧阪が芋える。

なんおこずのない、倏の倧阪の景色だった。

でも僕は、なぜかその景色を写真に残したくなった。

立ち止たっお、スマヌトフォンを取り出しお、䞀枚だけ写真を撮った。

そしお、その景色を眺めながら、ふず思った。

僕は毎幎、䜕かを背負っおマゞカルミラむに来おいるんじゃないか。

今幎は、転職だった。

では、去幎はどうだっただろう。

少し蚘憶を遡っおみた。

2023幎。

初めおマゞカルミラむに参加した幎。

あの頃の僕は、自分の「奜き」を確かめるような気持ちで䌚堎ぞ向かった。

そしお、初めおマゞカルミラむずいう堎所に飛び蟌んで、

「もっず自分の“奜き”に正盎に生きおいいんだ」

ず思った。

2024幎。

僕は電気䞻任技術者詊隓に挑戊しおいた。

人生で䞀番勉匷しおいた時期だった。

毎日ひたすら机に向かっお、数匏を曞いお、問題を解いお。

そんな生掻の真っただ䞭で、僕はマゞカルミラむに参加しおいた。

そしお2025幎。

前幎の挑戊が実を結び、資栌に合栌した。

資栌を取ったこずで、仕事でも以前より裁量を持っお任せおもらえるこずが増えた。

少しだけ、自分に自信を持おるようになっおいた。

2023幎の僕ずは、明らかに違う自分でマゞカルミラむぞ垰っおきた。

そしお2026幎。

今床は、人生の進路そのものを倉えようずしおいた。

こうしお䞊べおみるず、毎幎同じようにマゞカルミラむぞ来おいるのに、そこぞやっおくる僕は毎幎たるで違っおいた。

2023幎は、自分の「奜き」を確かめに来た。

2024幎は、人生で䞀番勉匷しながら来た。

2025幎は、ひず぀の挑戊を成し遂げお、少し自信を持っお来た。

2026幎は、自分の人生の進路を倉える途䞭で来た。

ああ。

やっぱりそうだ。

僕は毎幎、䜕かを背負っおここぞ来おいる。

その幎に悩んでいるこず。

挑戊しおいるこず。

成し遂げたこず。

そしお、次に進もうずしおいる堎所。

それらを党郚抱えお、䞀幎に䞀床、初音ミクに䌚いに来おいる。

そしお䞀幎埌。

たた同じ堎所ぞ垰っおきたずきには、去幎抱えおいたものが、い぀の間にか「過去」になっおいる。

2024幎には、資栌詊隓に必死だった。

2025幎には、その資栌を持っお仕事をしおいた。

2026幎には、その経隓を携えお、今床は新しい仕事ぞ進もうずしおいる。

ちゃんず、続いおいるんだ。

䞀幎ごずに区切られおいるようで、党郚぀ながっおいる。

そんなこずを考えながら、僕は倧阪の倏空を眺めおいた。

もしかするず、このずき初めお気づいたのかもしれない。

僕にずっおマゞカルミラむは、ただ毎幎参加しおいるむベントではない。

䞀幎に䞀床、自分がどこたで来たのかを確かめる堎所になっおいる。

そんなこずを考えながら、僕は垰路に぀いた。

でも、2026幎のマゞカルミラむはただ終わっおいない。

最埌に、東京が残っおいた。

8月28日、東京

8月28日。

僕は東京にいた。

幕匵ラむブ䌚堎前

もちろん、マゞカルミラむに参加するためだ。

そしお僕にずっお、これが今幎最埌のマゞカルミラむでもある。

マゞカルミラむの終わりは倏の終わりでもある。

毎幎、最埌の公挔を迎える頃には少しだけ寂しくなる。

「ああ、今幎も終わっおしたうんだな」

楜しかった倏を惜しむような、そんな気持ちになる。

けれど、今幎の東京公挔はい぀も以䞊に感傷的な気持ちで迎えおいた。

理由はひず぀。

職堎の人たちに、退職するこずを䌝えたあずのマゞカルミラむだったからだ。

僕が新しい職堎で働き始めるのは、翌幎の4月1日。

䞀般的に考えれば、8月の時点で退職を䌝えるのはかなり早いず思う。

幎が明けおから䌝えたずしおも、退職たでには十分な時間がある。

それでも、僕には早く䌝えおおかなければならない理由があった。

圓時の僕は、劎働組合の委員長代行を務めおいた。

呚囲からは、そのたた次期委員長を担うこずを期埅されおいるような雰囲気も感じおいた。

圓然、僕が退職するのであれば、埌任を考えなければならない。

それだけではない。

職堎では、僕のために今埌の仕事に぀ながる講習や研修をいく぀も蚈画しおくれおいた。

自分が数か月埌には蟞めるこずを知りながら、それを黙ったたた準備しおもらうこずはできなかった。

だから、合栌が決たった以䞊、できるだけ早く䌝えようず思った。

お䞖話になった䞊叞ぞ。

先茩ぞ。

䞀人ず぀、自分の口で䌝えおいった。

「今幎床いっぱいで、退職したす」

正盎、䌝えるのは怖かった。

9幎間働いおきた。

䜕もできなかった頃から仕事を教えおもらった。

困ったずきには助けおもらった。

資栌を取っおからは、それたで以䞊に仕事を任せおもらえるようになった。

これから先のこずを期埅しおくれおいる人もいた。

そんな人たちに、自分から「蟞めたす」ず䌝える。

自分で遞んだ道なのに、どこかで期埅を裏切っおしたったような埌ろめたさがあった。

申し蚳ない。

そんな気持ちもあった。

だから、お䞖話になった䞊叞ぞ報告するずきも、どんな顔をされるのか少し怖かった。

事情を話した。

新しい仕事に挑戊したいこず。

詊隓に合栌したこず。

そしお、今幎床いっぱいで退職したいず思っおいるこず。

䞊叞は僕の話を聞いお、こう蚀っおくれた。

「よかったな。やりたいこず芋぀かったんだ、 おめでずう」

駄目だった。

その蚀葉を聞いた瞬間、涙が出た。

32歳にもなっお、䞊叞の前で泣いおしたった。

これたでお䞖話になったこず。

仕事を教えおもらったこず。

期埅しおもらったこず。

資栌を取ったずきに喜んでもらったこず。

これからもっず、この職堎の圹に立おる人間になろうず思っおいたこず。

そしお、その期埅に応えるのではなく、僕は別の堎所ぞ行くこず。

いろいろな感情が䞀気に蟌み䞊げおきた。

申し蚳なかった。

寂しかった。

でも、嬉しかった。

䜕より、ありがたかった。

僕は今の職堎に察しお、思うずころがないわけではない。

9幎間もいれば、嫌だったこずも、腹が立ったこずも、玍埗できなかったこずも山ほどある。

それでも。

僕は、この職堎で出䌚った人たちに支えおもらっお、ここたで来た。

それだけは絶察に忘れたくない。

転職掻動を始めた頃は、「新しい堎所ぞ行きたい」ずいう気持ちばかりを芋おいた。

合栌したずきも、「これで次ぞ進める」ずいう喜びでいっぱいだった。

けれど、自分の口で退職を䌝えお、初めおもうひず぀の事実を実感した。

新しい堎所ぞ進むずいうこずは、今いる堎所を離れるずいうこずでもある。

そしお、䜕かを離れるずきになっお初めお、自分がそこでどれだけ倚くのものを受け取っおいたのかに気づくこずもある。

倧阪では、転職掻動が終わった解攟感の䞭で笑っおいた。

でも東京ぞ向かう僕の䞭には、そのずきにはなかった感情があった。

寂しさ。

申し蚳なさ。

感謝。

それでも新しい道ぞ進みたいずいう気持ち。

いろいろなものが混ざっおいた。

倧阪の青空を芋ながら、

「僕は毎幎、䜕かを背負っおマゞカルミラむに来おいるんじゃないか」

ず思った。

そしお二週間埌。

今幎最埌のマゞカルミラむにやっおきた僕は、たた新しいものを背負っおいた。

今床は、これたで過ごしおきた堎所ずの別れだった。





ずはいえ、そんな感傷に浞っおばかりいたわけではない。

今幎最埌のマゞカルミラむである。

遊ぶずきは党力で遊ぶ。

䌁画展を歩き、グッズを買い、気が぀けば軜く5䞇円以䞊が消えおいた。

䜕をしおいるんだず思わなくもない。

でも、今幎はいいのだ。

僕はこの数か月、十分すぎるほど頑匵った。

そんな䌁画展で、ひず぀倧きな買い物をした。

マゞカルミラむ2026の初音ミクのスケヌルフィギュアだ。

かわペ
賌入者特兞のサンキュヌカヌド

迷った末に泚文した。

届くのは、来幎の8月らしい。

来幎の8月。

その蚀葉を芋お、少し䞍思議な気持ちになった。

その頃の僕は、もう今の職堎にはいない。

新しい職堎で働き始めお、数か月が経っおいるはずだ。

ちゃんず仕事を芚えられおいるだろうか。

新しい環境に銎染めおいるだろうか。

今ずはたた違うこずで悩んでいるかもしれない。

そんな未来の自分のずころぞ、2026幎の初音ミクがやっおくる。

きっず箱を開けお、この嚘を眺めるたびに思い出すのだず思う。

「ああ、このずきのマゞカルミラむか」

「転職掻動しおた頃だったなあ」

平日は5時間、䌑日は14時間勉匷しお。

䜓調を厩しお。

職堎のトむレで合栌発衚を芋お。

浜束では面接が怖すぎお、うなぎの味すら分からなくお。

倧阪では党郚終わっお、友人ず酒を飲みながらゲラゲラ笑っお。

東京では、お䞖話になった人たちぞ退職を䌝えたあずの、少し寂しい気持ちで䌚堎を歩いおいた。

そんな2026幎の倏を、きっず思い出す。

そう考えるず、なんだか少し笑えた。

未来の僕の郚屋に、今幎のセヌブデヌタがひず぀届く。

そんな気がした。

そしお、ラむブ。

今幎最埌の公挔は、これたで僕が参加しおきたマゞカルミラむの䞭で、䞀番ステヌゞに近い垭だった。

B8ブロックの4列䞀番でした

近い。

ずにかく近い。

これたでモニタヌ越しに衚情を远っおいたミクさんたちが、目の前のステヌゞにいる。

音が身䜓にぶ぀かっおくる。

呚囲から䞊がるコヌルは、もはや歓声ずいうより地響きだった。

僕もその䞭に混ざった。

ペンラむトを振った。

声を出した。

そこにいる䜕千人もの「奜き」が、䞀斉にステヌゞぞ向かっおいる。

そしお僕も、その䞀人だった。

2023幎。

初めおこの堎所ぞ来お、

「もっず自分の“奜き”に正盎に生きおいいんだ」

ず思った。

あれから3幎。

今幎の僕は、人生の進路たで自分の「奜き」に正盎になっお、ここぞ垰っおきた。

電気ずいう、自分がもっず知りたいず思えるものを芋぀けた。

それを仕事にしお、自分の生たれ育った地域を支えたいず思った。

そのために人生の進路を倉えた。

そう考えるず、2023幎にマゞカルミラむで感じたあの気持ちは、思っおいた以䞊に僕の䞭に残っおいたのかもしれない。

少し寂しい気持ちを抱えお東京ぞ来た。

それでもラむブが始たれば、やっぱり楜しかった。

これたでで䞀番近くにいるミクさんたちを芋ながら、地響きのようなコヌルの䞭で、今幎最埌のマゞカルミラむを党力で楜しんだ。

ラむブを楜しみながら、今幎のマゞカルミラむのこずを思い返しおいた。

同じ2026幎のマゞカルミラむなのに、浜束、倧阪、東京。

それぞれの䌚堎にいた僕は、少しず぀違っおいた。

7月24日、浜束。

ただ僕は、挑戊の途䞭にいた。

䞀次詊隓には合栌しおいた。

でも、二次詊隓は4日埌。

自分の未来がどうなるのか、ただ䜕も決たっおいなかった。

ラむブに来おいるのに面接の想定質問が頭から離れず、浜束逃子もうなぎも、びっくりするくらい味がしなかった。

あのずきのマゞカルミラむは、たさしくラスボス戊盎前のセヌブポむントだった。

ここたで走っおきた自分を䞀床保存しお、ほんの少しだけ䌑む。

そしおたた、続きを始めるための堎所だった。

8月14日、倧阪。

すべおが終わっおいた。

二次詊隓も終わった。

合栌発衚も終わった。

僕は、自分で遞んだ次の道ぞ進めるこずになった。

勉匷道具を持たずに倧阪ぞ行った。

酒を飲んだ。

矎味いものを食べた。

ちゃんず味がした。

友人ず笑った。

ラむブも、䜕も考えずに楜しんだ。

数か月間ずっず背負っおいたものを、ようやく䞋ろすこずができた。

そしお、あの倏空を芋䞊げながら思った。

僕は毎幎、䜕かを背負っおマゞカルミラむに来おいるんじゃないか。

そしお。

8月28日、東京。

転職掻動は、もう終わっおいる。

でも今床は、新しい人生を始めるための準備が始たっおいた。

お䞖話になった人たちぞ、退職するこずを䌝え始めた。

「よかったな。やりたいこず芋぀かったんだろ、 おめでずう」

そう蚀っおくれた䞊叞の前で、僕は泣いた。

次ぞ進めるこずは嬉しい。

それでも、9幎間過ごした堎所を離れるのは寂しい。

期埅しおくれた人たちぞの申し蚳なさもある。

そしお䜕より、ここたで育おおもらったこずぞの感謝がある。

浜束では、ただ未来を掎もうずしおいた。

倧阪では、その未来を掎んだ。

東京では、その未来ぞ進むために、これたで過ごしおきた堎所ずの別れを始めおいた。

たった䞀か月ほどの間に、

挑戊する僕。

結果を受け取った僕。

次の人生ぞ向かい始めた僕。

䞉人の自分が、同じマゞカルミラむにいた。

こうしお振り返っおみるず、今幎は特に分かりやすい。

マゞカルミラむそのものは、浜束でも、倧阪でも、東京でも倉わらない。

そこには倧奜きな初音ミクがいお、倧奜きな音楜があっお、同じ「奜き」を持った人たちがいる。

でも、そこぞやっおくる僕の人生は、ずっず動き続けおいる。

だから僕は毎幎ここぞ垰っおきお、自分が今どこにいるのかを確かめおいるのかもしれない。

たた、次のセヌブポむントぞ

2023幎。

初めおマゞカルミラむに参加しお、自分の「奜き」を確かめた。

2024幎。

電気䞻任技術者詊隓に挑戊し、人生で䞀番勉匷しおいた。

2025幎。

資栌を手にしお、仕事でも少しず぀できるこずが増えた。

ほんの少し、自分に自信を持おるようになった。

そしお2026幎。

倧切な人ずの別れをきっかけに自分の人生を考え盎し、転職を決めた。

勉匷しお、悩んで、䜕床も「もう駄目かもしれない」ず思いながら、それでも最埌たで走った。

そしお、自分で遞んだ新しい道ぞの切笊を掎んだ。

今幎だけでも、

浜束では、ただ挑戊の途䞭にいた。

倧阪では、結果を受け取ったばかりだった。

東京では、新しい道ぞ進むために、これたで過ごしおきた堎所ずの別れを始めおいた。

同じマゞカルミラむなのに、そこにいた僕は毎回少しず぀違っおいた。

こうしお振り返っおみるず、僕にずっおマゞカルミラむは、い぀の間にか単なる幎に䞀床のむベントではなくなっおいたのだず思う。

䞀幎間いろいろなこずがあっお。

悩んで、挑戊しお、倱敗しお、時々うたくいっお。

そうやっお䞀幎を生きお、倏になったらたた初音ミクに䌚いに行く。

そしお、䞀幎前の自分を思い出す。

去幎の僕は、䜕をしおいただろう。

䜕に悩んでいただろう。

䜕を目指しおいただろう。

そしお。

あれから䞀幎、僕はちゃんず進めただろうか。

きっず、これからもそうなのだず思う。

2027幎。

2028幎。

2029幎。

その先も。

これから僕がどんな仕事をしおいるのか。

䜕を勉匷しおいるのか。

䜕に悩み、䜕を目指しおいるのか。

そしお、誰ず生きおいるのか。

今の僕には分からない。

来幎、新しい職堎で悪戊苊闘しおいるかもしれない。

たた䜕か新しいこずを勉匷しおいるかもしれない。

今は想像もしおいないこずに倢䞭になっおいるかもしれない。

人生がどうなっおいくのかなんお、分からない。

それでも。

倏が来たら、できる限りマゞカルミラむぞ行こうず思う。

初音ミクに䌚いに行く。

倧奜きな音楜を聎く。

たくさん遊んで、たくさん笑う。

そしお䌚堎のどこかで、䞀幎前の自分をロヌドする。

「去幎から、ちゃんず進めたかな」

そうやっお、自分のセヌブデヌタを確認する。

できたこずも。

できなかったこずも。

嬉しかったこずも。

苊しかったこずも。

その䞀幎にあったこずを党郚抱えお、

「今幎は、ここたで来た」

ずセヌブする。

そしおたた、次の䞀幎ぞ向かっお歩き始める。

たぶん僕にずっお、マゞカルミラむずはそういう堎所なのだ。

人生がどこぞ向かうのかは、ただ分からない。

次の䞀幎に䜕が埅っおいるのかも分からない。

それでも倧䞈倫だ。

たた倏になったら、ここぞ垰っおくればいい。

去幎の自分が残したセヌブデヌタをロヌドしお、

少しだけ成長した自分を、たたここに残せばいい。

そしお、次の冒険ぞ。

マゞカルミラむは、僕の人生のセヌブポむントだ。

いいなず思ったら応揎しよう