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深掘りしたように見える。でも結論、最初と同じじゃない?🤣|「深掘りの擬態装飾」教科書

■ 導入|めちゃくちゃ調べてる。……で、何が変わったん?


文章を読んでいると、

たまに、

ものすごく深く調べているように見える記事がある。

専門用語。
研究。
脳科学。
心理学。
歴史。
偉人の言葉。
AIとの対話。

関連項目も、ズラーッと並んでいる。

😳

めっちゃ深掘りしてるやん。

そう思って、

最後まで読む。

そして、

結論を見る。

……。

あれ?

最初に言ってたことと、ほぼ同じじゃない?🤣

例えば、

最初に、

感情を「不満だ」で終わらせず、もっと細かく言葉にするといい。

という考えがあったとする。

そこから、

AIに聞く。

すると、

身体性認知。
クオリア。
メタファー。
オノマトペ。
脳の働き。
日本語の特徴。

いろんな関連項目が出てくる。

おお。

なんかすごい。

そこから長い説明が続く。

そして最後に、

「不満だ」で終わらせず、
「心がザラッとした」「薄い鑢で削られたようなザラザラ感だった」と捉えてみよう。

という結論へ到着する。

……。

最初からそこにおったやん🤣

今回は、

こういう、

👉 情報や専門知識を大量に追加することで、深掘りしたように見える。でも、思考そのものはほとんど前へ進んでいない

という現象を、

「深掘りの擬態装飾」

と呼んでみたい。

通称、

オノマチコ法🤣

である。

■ オノマチコ法とは?


ものすごく簡単に言うと、

👉 最初から持っていた結論に、関連知識や専門用語を盛り盛りに追加し、深掘りしたように見せる方法

である。

構造はこう。

最初の結論A

AI・検索・本などで関連項目を集める

専門用語!
研究!
歴史!
心理学!
脳科学!
引用!
図解!

深掘り感、完成!🤩

最初の結論A☺️

……帰ってきた🤣

情報量は増えている。
文章も長くなっている。
専門知識も増えている。

でも、

👉 調べる前と調べた後で、結論がほとんど変わっていない

ここが、

普通の深掘りとの大きな違いである。

■ なぜ「オノマチコ」なのか


ある文章を読んでいた時、

途中に、

「オノマトペ」

という言葉が出てきた。

擬音語や擬態語などを指す言葉である。

でも、

説明が長い。
専門用語も多い。
さらに別の専門用語も出てくる。

読者としては、

どんどん情報を受け取る。

そして最後に残るのは、

「感情をザラザラみたいに捉えるといい」

という結論。

俺は途中で思った。

オノマトペ?

なんやねん、それ。

オノマチコでええやろ🤣

そして、

ふと気づいた。

これ、

むしろ記事のテーマそのものじゃない?

もし、

「言葉は身体感覚や体験と結びつくと記憶に残りやすい」

という話をしたいなら、

「オノマトペとは〜」

と普通に説明するより、

「オノマトペ?」

「なんやねんそれ、オノマチコでええやろ🤣」

くらい入れた方が、

読者は、

帰り道で、

「なんやったっけ……オノマチコ……いや、オノマトペ🤣」

となるかもしれない。

つまり、

専門知識を説明しているのに、

👉 その専門知識自体を読者に体験として残す工夫がない

ここにも、

一つのズレがある。

そして、

専門用語が読者の理解のためではなく、

「なんか深そう」

を作る装飾になった瞬間、

オノマチコ法が始まる。

■ 情報を増やすことと、深掘りすることは別


ここが、

この教科書で一番大事なところである。

例えば、

最初の仮説が、

A:感情は細かく言葉にした方がいい

だったとする。

そこから調べて、

関連情報を10個集めた。

でも、

全部が、

Aを補強するためだけに使われた。

すると、

情報は増えている。

でも、

思考の移動距離は、

ほぼゼロである。

一方、

本当に深掘りすると、

途中で、

こういうことが起きる。

👉 でも、細かく言葉にしない方がいい時もあるんじゃない?
👉 身体感覚に変換する以外の方法は?
👉 同じ「不満」でも、理由によって全然違わない?
👉 五感描写がなくても、刺さる文章はあるよね?
👉 具体化しすぎると、逆に読者の想像を邪魔しない?


こういう、

最初の仮説を壊す材料が出てくる。

すると、

結論は、

最初と同じではいられない。

例えば、

最初は、

「感情は身体感覚まで具体化するとよい。」

だったものが、

調べた後には、

「身体感覚化は一つの方法。ただし、感情の原因を特定したい場合は、内容・言い方・関係性・タイミングなどを分けた方がよい。また、文章表現では、具体化しすぎるより読者に余白を残した方が有効な場合もある。」

まで変わる。

これなら、

👉 調べたことで結論が進化している

これが、

深掘りである。

■ 深掘りは「縦に積む」だけではない


多くの文章では、

前提を、

縦に積んでいく。

前提①

前提②

前提③

前提④

結論

という形。

もちろん、

これ自体は悪くない。

でも、

深掘りで面白いのは、

むしろ、

👉 前提同士を横にぶつけた時

である。

例えば、

A:

身体感覚のある言葉は、
読者の中で体験を起こしやすい。

B:

メタファーは、
抽象概念を身体感覚へ変換できる。

C:

オノマトペは、
音から感覚を想起させる。

D:

読者の体験は、
その人自身の記憶や経験によって変わる。

これを、

それぞれ別々に説明して終わると、

ただの知識紹介になる。

でも、

A×B×C×D

を混ぜると、

こんな仮説が出てくる。

「心に刺さる文章とは、作者の感情をそのまま転送する文章ではなく、読者自身の身体・記憶・感覚を使って、読者の中に新しい体験を再構成させる文章なのではないか。」

さらに、

そこから、

「ならば、全部細かく描写するより、読者の内部にある体験を起動するための「最小限のスイッチ」を置く方が強い場合もあるのでは?」

という次の仮説も出る。

ここまで来ると、

最初の、

「五感を使うと刺さる」

から、

かなり違う場所へ来ている。

これが、

俺が思う深掘りである。

■ オノマチコ法①|専門用語装飾


一番分かりやすいのが、

専門用語である。

認知科学。
ヒューリスティック。
メタ認知。
身体性認知。
クオリア。
インセンティブ設計。
心理的安全性。

難しい言葉を置くと、

文章は、

一気に、

それっぽく見える。

読者も、

知らん言葉出てきた😨

となる。

すると、

その後の結論まで、

なんとなく、

専門的に導かれたものに見える。

でも、

ここで一度、

専門用語を全部、

普通の言葉に置き換えてみる。

すると、

驚くほど、

普通の話しか残らないことがある🤣

だから、

専門用語を使った時は、

こう確認するといい。

👉 この専門用語を消しても、新しい内容は残るか?

残らないなら、

その専門用語は、

説明ではなく、

装飾

になっている可能性がある。

■ オノマチコ法②|情報量装飾


次は、

とにかく項目を増やす方法。

関連情報を、

10個。
20個。
大量に並べる。

すると、

読者は、

「かなり調査してる」

と感じる。

でも、

重要なのは、

情報の数ではない。

👉 その情報によって、どの判断が変わったか

である。

20個調べても、

全部が、

最初の結論を肯定する材料として並んでいるだけなら、

それは、

👉 20個分の深掘り

ではない。

場合によっては、

👉 20個分の装飾

である。

■ オノマチコ法③|引用・権威装飾


偉人。
研究者。
大学。
論文。
専門家。

こういうものが出てくると、

文章の重量は一気に増える。

もちろん、

本当に必要な引用もある。

問題は、

その引用が、

👉 どの論理を支えているのか

である。

偉人の言葉を10個並べても、

自分の主張との接続が説明されていなければ、

それは、

背景知識でしかない。

なのに、

文章の見た目だけは、

ものすごく深くなる。

これも、

オノマチコ化しやすい。

■ オノマチコ法④|構造化装飾


これは、

AIがめちゃくちゃ得意である🤣

箇条書き。
番号。
太字。
矢印。
表。

「整理すると〜」
「構造としては〜」

こういうものを使うと、

文章は、

論理的に見える。

でも、

例えば、

A









A

だったら、

結局、

図にしただけである🤣

構造化は、

思考を進める道具にもなる。

でも、

👉 思考が進んだように見せる装飾

にもなる。

特にAIは、

これを簡単に大量生産できる。

■ オノマチコ法⑤|AI深掘り装飾


最近、

これも増えている。

「AIと一緒に深掘りしてみました。」

これ自体は、

何も悪くない。

むしろ、

AIは、

関連情報。
反論。
別視点。
比較対象。
仮説。

を大量に出せる。

だから、

深掘りと相性がいい。

でも、

ここで一つ疑問がある。

AIに項目を挙げさせただけでは?🤣

例えば、

最初に、

「感情と言葉の関係について教えて」

と聞く。

すると、

AIが、

身体性認知。
クオリア。
メタファー。
オノマトペ。
脳科学。

などを出す。

それを、

順番に説明する。

最後に、

自分が最初から持っていた結論へ戻る。

これでは、

AIは、

👉 深掘り相手

ではなく、

👉 装飾材料の仕入れ先

になっている。

AIと本当に深掘りするなら、

途中で、

AIに、こういう仕事をさせた方がいい。

👉 反対意見を出させる
👉 最初の仮説が成立しない条件を出させる
👉 別ジャンルの似た構造を探させる
👉 複数の前提を組み合わせさせる
👉 「この結論以外に何が言える?」と聞く


そして、

👉 最初の自分の結論が、壊れる可能性も受け入れる

そこまでやって初めて、

AIを使った深掘りになる。

■ 本人は「擬態している」つもりがない場合もある


ここは、

大事なので分けておきたい。

「擬態装飾」

と呼ぶと、

わざと、

深く見せようとしているように聞こえる。

でも、

実際には、

本人も、

本気で、

「めちゃくちゃ深掘りした!」

と思っている可能性がある。

なぜなら、

人は、

👉 調べた量

を、

👉 考えた量

と勘違いしやすいからである。

専門用語を10個知った。
論文を5本読んだ。
AIと20往復した。
記事が1万字になった。

すると、

ものすごく深く考えた気がする。

でも、

本当に見るべきなのは、

そこではない。

👉 その過程で、最初の自分の考えがどう変わったのか

である。

つまり、

オノマチコ法は、

悪意のテクニックというより、

👉 思考の錯覚

として起きることも多い。

■ オノマチコ判定テスト


では、

自分の文章が、

オノマチコ化していないか。

簡単に確認してみたい。

まず、

調べる前の結論を書く。

例えば、

A:感情は細かく言語化した方がいい。

次に、

調査後の結論を書く。

A:感情は細かく言語化した方がいい。

……。

同じ🤣

その場合、

途中に、

どれだけ専門用語があっても、
どれだけ文献があっても、

一度、

疑った方がいい。

さらに、

次の質問も使える。

👉 結論に新しい条件が付いたか?
👉 例外が見つかったか?
👉 最初の仮説が一部壊れたか?
👉 別の仮説が生まれたか?
👉 複数の材料を組み合わせた結果、新しい結論が出たか?


どれも、

ないなら、

👩‍🏫

オノマチコさん、出勤です。

■ 一例しか出せないなら、本当に使いこなせてる?


もう一つ、

分かりやすいチェックがある。

方法論を説明しているのに、

実演が、

一例しかない🤣

例えば、

「不満」を、「ザラザラした感覚」として捉えよう。

これ自体は、

普通に使える。

でも、

それを、

一般的な方法論として語るなら、

別のケースでも使えるはずである。

悲しみでは?
怒りでは?
安心では?
嫉妬では?
焦りでは?

同じ不満でも、

内容が正しい場合。
言い方だけ嫌だった場合。
相手との関係が嫌だった場合。
タイミングが悪かった場合。

全部、

同じ「ザラザラ」で処理するのだろうか🤣

もし、

👉 一個の綺麗な例しか出てこないなら、

👉 その方法を理解しているのではなく、その例だけ上手く作れた可能性


も残る。

本当に使いこなしている人ほど、

例を増やすことで、

👉 使える条件

と、

👉 使えない条件

が見えてくる。

そして、

そこから、

理論自体が修正される。

これも、

深掘りである。

■ 専門知識を教えたいのか、結論を届けたいのか


長い記事では、

もう一つ、

よく起きる問題がある。

👉 この記事は、何を持って帰ってほしいん?

である。

例えば、

身体性認知。
クオリア。
オノマトペ。
メタファー。

こういう専門知識を、

読者に理解してほしいのなら、

一つ一つ、

もっと丁寧に説明した方がいい。

逆に、

結論が、

「不満だ」で終わらせず、「ザラッとした」と感覚まで捉えてみよう。

なのであれば、

その例を最初に出して、

そこへ、

必要な説明だけ足せばいい。

専門知識を教える記事としては浅い。
実践方法を教える記事としては長い。

なのに、

両方を盛った結果、

👉 両方とも中途半端

になることがある。

■ テーマは本一冊。でも結論は一技法


「心に刺さる文章とは何か」

というテーマを、

本気で深掘りすると、

かなり大きい。

感情語。
身体感覚。
記憶。
文脈。
推論。
比喩。
リズム。
余白。
語順。
五感。
音。
読者の経験。
予測。
意外性。
具体性。
抽象性。

まだまだ出てくる。

これを、

ちゃんと研究や文献まで含めて追えば、

普通に、

本一冊になる。

だから、

短い記事で、

全部を触ろうとすると、

どうしても、

一個一個は浅くなる。

その状態で、

最後に、

一つの技法だけ出すと、

こうなる。

テーマの射程:本一冊

前提:大量

結論:ザラザラと言ってみよう

🤣

ならば、

どちらを主役にするのか決めた方がいい。

専門知識を主役にするなら、もっと深く掘る。

実践技法を主役にするなら、専門知識はその技法を理解するために必要な分だけ残す。

これだけでも、

かなり読みやすくなる。

■ 深掘りの本当の判定基準


ここまで書くと、

「じゃあ結論が変わらなかったら、全部浅いの?」

と思うかもしれない。

もちろん、

そんなことはない。

調べた結果、

最初の仮説が、

そのまま強く支持されることもある。

でも、

その場合でも、

👉 本当に深掘りしていれば、結論の解像度は上がる

例えば、

最初は、

A:感情は細かく言語化するといい。

だった。

調べた後に、

A’:感情を細かく言語化する方法は有効だが、特に自分の内面を観察する時に向いている。一方、原因分析や対人判断では別の分解法も必要である。

になった。

大枠は、

同じ。

でも、

👉 条件が増えている

👉 適用範囲が分かっている

👉 例外も見えている


これは、

進んでいる。

だから、

判定すべきなのは、

単純に、

「結論が変わったか」

だけではない。

👉 調査前より、結論が細かく、強く、条件付きで扱えるようになったか

ここを見るといい。

■ AIにも使える、オノマチコ監査


この概念を作っていて、

途中で気づいた。

これ、

人間の記事だけじゃない。

AIの返答チェックにも使える🤣

例えば、

俺が、

「これってAじゃない?」

と聞く。

AIが、

「その可能性はあります。整理すると――」

と始める。

心理学!
認知科学!
インセンティブ!
一般論!
箇条書き!
構造図!

最後に「したがって、Aですね」

となる。

俺としては、

こうなる。

お前、何しに一周してきたん?🤣

AIは、

文章量を簡単に増やせる。
専門語も出せる。
構造化もできる。

だからこそ、

オノマチコ化しやすい。

そこで、

AIへも、

こう聞けばいい。

👉 その説明を加えたことで、最初の仮説から何が進んだ?

答えられないなら、

かなり怪しい。

さらに、

👉 専門用語と箇条書きを全部取って、普通の言葉だけにしたら、何が残る?

これも強い。

普通の言葉に戻した瞬間、

「結局、俺が最初に言ったことやん」

となったら、

🚨

オノマチコ警報発令

である。

■ まとめ|情報量ではなく、思考距離を見る


深掘りした文章は、

必ずしも、

長い文章ではない。

専門用語が多い文章でもない。

調査量が多い文章でもない。

AIと何十往復した文章でもない。

見るべきなのは、

一つ。

👉 最初の地点から、どこまで思考が移動したか

関連情報を増やした。

でも、

全部、

最初の結論を補強するために使った。

結論も、
条件も、
適用範囲も、
反証も、

何も変わらない。

その時、

情報は、

深掘りの材料ではなく、

👉 深掘りしたように見せる装飾

になっているかもしれない。

これが、

深掘りの擬態装飾

通称、

オノマチコ法🤣

次に、

ものすごく長くて、

専門用語がいっぱい入っている文章を読んだ時は、

一度、

こう聞いてみたい。

で、調べる前と後で、何が変わったん?

もし、

何も変わっていなかったら、

遠くから、

👩‍🏫

「わたくしをお呼びになりまして?」

と、

オノマチコさんが歩いてくるかもしれない。

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