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人類は、本当に戦争を望んでいるのか

人類は、
ここまで愚かな生き物ではないと私は思っている。

武器を増やせば、相手も武器を増やす。

その繰り返しに終わりがないことくらい、
誰にでもわかる。

学校で難しい教育を受けなくても、
子ども同士の喧嘩を見ていれば
理解できることだ。

それなのに、
なぜ人類は何百年、何千年と
同じことを繰り返してきたのだろう。

私は、
この問いを考えるたびに、
一つの疑問へたどり着く。

もしかすると、
多くの人は戦争を望んでいないのではないか。

望んでいないにもかかわらず、
それを止められない力が
存在しているのではないか。

戦争は悲劇を生む。

だが同時に、
その悲劇の周囲では
利益を生む仕組みも存在する。

兵器を作る企業。

それを支える産業。

膨大な予算が流れ、経済が動き、
多くの人の生活もまた、
その中に組み込まれていく。

もちろん、
世界の軍拡をすべて一つの理由だけで
説明することはできない。

国家には国家の事情があり、
安全保障という現実もある。

しかし、
それでも私は考えてしまう。

もし戦争が誰の利益にもならないものだったなら、
人類はここまで戦争を繰り返しただろうか。

人間は、
利益のないことを
長く続けられるほど器用ではない。

だからこそ私は、
戦争の背後には、人間の恐怖だけでなく、
人間の利益も存在しているのではないかと考える。

そして、
それこそが最も恐ろしい。

武器そのものではない。

武器を必要とし続ける社会の仕組みである。

人類は、
武器を作る技術では驚くほど進歩した。

だが、
その武器を必要としない社会を作る知恵は、
まだ十分に育っていない。

本当に未来を守るというのなら、
競うべきものは兵器の性能ではない。

人間の成熟である。

武器をどれだけ作れるかではなく、
武器を必要としない世界をどれだけ築けるか。

その競争が始まったとき、
人類はようやく
「文明」と呼べる段階へ進むのではないか。

私は、そんな日が来ることを信じたい。



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