62.ギフテッドと診断③ 育児の柱は社会性。もうギフテッドなんて怖くない!
2月20日(土)
(前回の記事 61.ギフテッドと診断② とはいえ他害は止めないと。専門家に下駄を預ける からの続き)
あおば総合病院から自宅に戻り、リビングの机を挟んで夫と話す。
大地がギフテッドだと佐伯先生から言われた時、なぜ私が強烈な喜びとともに同じくらいの不安を感じたのか。
それは、そんな "ギフテッド" ――つまり "天才児" を、この私に育てられるのかという疑問だった。私は今や大地に対して、我が子でありながら、恐れに近い感情を抱いてしまっていた。
私がその気持ちをありのままに夫にぶつけると、夫は言った。
「僕は大地が "天才" とは思わない。"異能" とは思うけど。大地は君に似ていると思うよ」
「えっ、私!?」
「うん。僕はいつも、君のことを "異能" だと言っているよね」
「ああ... でも、私はその意味がずっとわからなかった。異能って、どういうこと?」
夫は少し考えてから言った。
「例えば君は、これまで波乱の人生を歩んできて、何度か深い穴に落ちた。僕はそのたび、もうこれで君はダメだと思った」
「うん」
「でも君はいつも、いつの間にかそこから出てきて、平気な顔で座っている」
「だから?」
私は首を傾げた。
「そりゃ穴に落ちたら、しばらくはショックでぼんやりしてるけど、そのうち『いつまでもここにいるわけにいかないな』って思う。
それで『どうしたらいいかな?』と考えると3つか4つ、解決策が思い浮かぶ。それを全部やったら絶対穴から出られると『わかっている』から、全部やる。
そしたら自然と出られるんだよ。みんなそうでしょ?」
すると夫は、呆れたような苦笑混じりの顔でこう言った。
「それができる人は、そもそも穴には落ちない。けど君は、自分でわざわざ穴に落ち、しかも自力で上がってくる。普通は二度と這い上がれないような深い穴から。それができる人はめったにいない」
「......それ、ホメてる? ねえ、ホメてる??」
まあ、いいや。
夫の話は禅問答みたいでよくわからんが、とにかく大地は私に似ているらしかった。
この、対人能力ゼロで、友達一人もいなくて、でも問題解決能力だけは異常に高い私。
高校の時、国語と英語は全国模試でトップレベルなのに、数学は定期テストで2点(←2番じゃないよ)とか取ってた私。
つまり夫は、大地のことをオールマイティ型の "天才" ではなく、凸凹型の、特定の分野だけ突出した "異能児" と見ているらしかった。
それならわかる。
そして、そういう子供をどう育てたらよいのかも。
自分が何に失敗して何を失ってきたか。
それを考えたら分かるのだ。
私は自分のことを人生の成功者だとは思っていない。
そして、その躓(つまづ)きの原因は、つねに対人関係だった。
どんな才能も、どんな知性も、社会性という基盤の上に花開く。
なぜなら人は社会の中に生き、人との関係性の中で自分を活かしていくものだからだ。
大地は今、社会性に多くの課題を抱えている。
暴言、他害、登校しぶり、虐待のトラウマに身体表現性障害...
これらの修正には長い年月が必要だと聞いた。
しかし、大地はまだ7歳だ。
成人まで11年、そして、実際に社会に出るまでには15年もある。
それまでの間、学校や専門機関でのカウンセリングやSST(ソーシャルスキルトレーニング:対人関係能力を養うためのプログラム)を通じて、うまずたゆまず社会性を育んでいけば、充分に間に合うのではないか。
よっしゃ、オッケー、わかった!!
もう "ギフテッド" なんて怖くない。
大地が私の二の舞にならないように。
多様な人と関わり、生き生きとした喜びに満ちた人生を送れるように。
私は今も、そしてこの先も、いろんな支援者の手を借りながら、大地に伴走していこうと思う。
きっと、大丈夫。
