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『巡礼』 橋本治

 

ひとり遅れの読書みち 第140号

 孤立した老人がいつしか「ゴミ屋敷」の住人になる。父母を亡くし子も病死、妻は家を出る。どう生きるかわからない。心を閉ざす。10歳代に終戦を迎えた人物が、時代の流れの中にいつしか自分自身の立場や位置を見失い、近隣の住民からは嘲られるようになる。数十年ぶりに戻って来た弟が采配をふるってゴミを処理、四国巡礼の旅に出た。なぜ歩いているのかよくわからない。それでも寺を巡る。宿房の温泉や食事に人間らしさを取り戻したかに見えた。がその翌朝には死んでいる。仏につながったかと弟は考えるが、果たしてどうだろう。せつない思いになり、あわれさを誘う結末だ。

 本書は3部構成で、第1部に「ゴミ屋敷」と呼ばれる家が登場する。ひとりの老人が住む。周りの人たちから、「汚い」「臭い」と言われ、テレビのワイドショーにもとりあげられる。役所は住民の依頼で消毒液を散布。見物人も増えてくる。
 どのような人が住んでいるのか、どんな家なのか、その歴史を知る人は見当たらない。周囲の家は「臭い」と窓を閉める。「ゴミを捨てて下さい」と何度も注意するが、「ゴミじゃねェ」と言ってきかない。どうしたのだろう。

 第2部になると、その老人の正体が明かされる。荒物屋の息子で、戦後、当時としては珍しく工業高校を卒業して、将来は父のあとを継ぐ計画だ。修行のために関連会社に住み込みで働く。6人が6畳で寝起きする暮らし。戦後間もない頃の生活や仕事、同僚や女性との関係などが描かれる。日本全体が好景気を迎え、都市化が進む。各種の電化製品が出回り、人々の生活スタイルは次第に変わって行く。そうした時代の流れの中で、どうして生きているのかわからないままに仕事を続ける。

 実家が道路拡幅にかかり、父は店舗を新しく建て替える計画を立てる。主人公の息子に店を譲るつもりだ。息子は結婚し、実家に戻ることになった。バタバタした様子を見せたが、何とか平穏な暮らしを始めることができそうだった。
 しかしその矢先、父は突然死ぬ。一人息子は小児がんで亡くなる。妻は子供の位牌を持って家を出てしまう。心を閉ざし始める。介護していた母も亡くなる。いつしか老人となり、ひとり残された。ゴミを集め始める。なぜなのか、本人もわからない。

 第3部では、ゴミ屋敷が火事になり、30数年ぶりに弟が帰ってくる。火事になったゴミ屋敷がテレビのニュースで写し出され、駆けつけたのだ。弟の采配でゴミ屋敷を整理し、トラック何台もつかって片付ける。
 一段落ついた兄弟は四国八十八箇所の巡礼の旅に出る。夜行バスで徳島にむかい、寺を巡り出す。老人はしばらくすると、生きている実感を持つようになったのだろうか。2泊目6番札所の安楽寺の宿房に入って温泉につかり夕食をとる際には、喜ぶ表情を見せる。その晩はゆっくりと眠りについた。すると翌朝に死んでいた。笑顔はどこかひなびた仏像の顔のようだったと弟は思う。「金色の仏と夜の中で出会った」と思いたかったと述懐する。
 「生きようとすること自体がつらかったのかもしれない」「仏に吸い込まれて行った」との感慨を抱く弟だった。
 他人事ではないかもしれない。ゴミ拾いに限らない。いつしか心を閉ざしてしまうのが人間だろうか。
(メモ)
巡礼
橋本治
2009年8月25日発行
発行所 新潮社


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