【14-10後編】ジークアクス全12話真相考察⑩-2 守りたかったはずのジオン国民を自分で手にかけて戦慄(おのの)くジフレド内のキシリア
ギレン暗殺に向かうキシリアの不安
イオマグヌッソ完成式典である。
先行して現地入りしていたマリガンが、ギレン派の情報をキシリアに伝える。聞きながら応接室(貴賓室?)へ移動。このときのキシリアが本当によく喋る。
「ふん国家親衛隊は報告してきた以上の戦力だな私と会うのがよほど恐ろしいと見える父デギンの葬儀以来だ総帥は最近ズムシティにも姿を見せず贔屓の秘書官と別荘に入り浸っているとか今もうなされてよく眠れぬらしいなコロニー落としで人類の半分を殺した罪悪感を背負うなど笑止であろうその程度の凡人にこのイオマグヌッソが扱えるものか」
人間は不安なとき、思っていることを喋り続けて思考を整理し、不安を紛らわそうとする。沈黙があると不安が増幅するため言葉で埋めんとするのだ。
キシリアは、自分の身をも毒ガスに漬す兄殺しを敢行しようとしている。
その不安と恐怖が、マリガンへの早口にかすかに見える。
キシリアは、自分を鼓舞しながら、間近に迫ったジオン独占を夢見ていた。しかし、その先には「家族をほとんど失って、自分一人だけでこの人類の半分を殺した罪深い国を支えていく」という超大型の不安が待っている。
力を蓄えたキシリアと五年で軟弱化したギレン
ソドン艦内で、キシリア派のラシット艦長はギレンを悪し様に言う。
ギレン総帥は、ビグザム4機を連れてきている。連邦軍と事を構えようというわけでもなし、キシリアと会うだけで要塞攻略用兵器を持ってくるのは「身内にビビっている」ということだ。
「臆病すぎだ。これでは兵にしめしがつかん」とラシット艦長。
なお、このビグザムは全高約60m。正史ビグザムが59.6mらしいので、キシリアが獲得した赤いガンダムやシャロンの薔薇による技術的恩恵を受けていない。(キケロガのサイズは半分ちかく小型化に成功している)
キシリアも、現場も、彼を見くだしている。
実際のギレンはどうなのだろうか。
こちらも相当に不安そうである。本人が妹と対面する前に、チャップマン大将と秘書官によって「連邦軍を黙らせるほどのビグザムの威力」「それが22号機まで予算も承認済み」「いざとなればイオマグヌッソも脅しに使える」などの会話をし、戦力豊かなギレン派は、いざとなればイオマグヌッソも占領して使っちゃうぞ、とキシリアを脅している。
ギレンは登場する前に妹の反抗意識を挫こうとしているのだ。チャップマン大将と秘書官セシリアは、ギレンというお子様を守るパパとママのポジションに立っている。
それがわかるからキシリアは苛立つ。
「いつまで待たせるおつもりか」
なんだこの茶番は、こんなもので私が大人しくなるとでも思っているのか? そんなキシリアだ。
ただ、彼女の勘は冴えていて、気密ドアが開く前からギレンの入室タイミングに気がついている。
「よい、楽にしてくれ」
準備してきた「子犬のようにビビってるキシリアを広い心で許してやる兄」の演技で登場、着席するギレン。
「久しぶりであるな、キシリア」
しかし、目だけ。顔は向けない。
そのギレンを、初手からキシリアが追求する。
「本国では危機感が足りないのでは」
「連邦は宇宙の覇権を諦めていない」
兄上、あなたは信頼性のあるビグザム(大きくて古い兵器)をたくさん作っておけば安心だ──などとホントに思っているのか。連邦はけっこう凄いサイコミュ兵器を作ってきたぞ? 分かってる? サイコミュ兵器っていったらジオンのお家芸だったろうに、誰が技術をもらしたのか。それと──。
「私の暗殺を手引きしたのは誰だ」
と、ギレンを睨むキシリア。
サイコミュという言葉尻をとらえて、都合良くギレン派言い訳をする。
「自然に任せておけばよいと思わぬか」
かつて、ダイクン暗殺に加担し、コロニーを地球に落として総人口の半分を死に至らしめ、父をも殺した男が、みっともなく日和っている。
虚勢をはる元気もなくなったのか、兄上よ。
「小賢しいマチズモ(男らしさアピール)ですなあ」
余裕たっぷりに遅れて登場、妹の前で悠々と理想論。
このカリスマ演出が、キシリアの目には「自分を大きく見せようとする、わざとらしい男気アピールだ」と安っぽく映る。
妹だからこそ、昔から知っている兄の小賢しい部分が透けて見える。
彼のマチズモは、個人の悪癖に収まらず、ジオンを誤った方向に導く致命的な欠陥に見えてならない。
こんな男に、これ以上ジオンはまかせられない。
「まるで自然淘汰が神の差配のようなおっしゃりよう」
自然淘汰はただの生物学的メカニズムなのに、兄上はそれを神聖視して自分たちの支配を正当化しているだけだ。もっと現実をみなさいな。
「それも、方便であろう」
このとき、はじめてギレンはキシリアをまともに見ている。
わかってるよ。結局は私(ギレン)の演説など、民衆をまとめるための手段と口実(方便)にすぎない。本気で信じているわけじゃないんだ。それくらい分かれよ?
そんな顔。
このときのギレンの表情が、少し人間くさい。言ってしまえば、きつい妹に、ちょっとひるんで弱音を吐いてる兄の顔だ。
フッと、キシリアは笑う。
情けなさに笑う。
彼女は、おそらくこのとき、完全にギレンを見限って、目を伏せて揮発性毒薬の密閉に手をかけている。
兄はジオンの理想を本気で信じていない。ただの空虚な権力者になってしまった。
歪みつつも、キシリアはジオンの未来やニュータイプの可能性に一定の信念を持っていた。
だからこそ、イオマグヌッソで地球に住むノミどもを一掃しようとしたのだ。
なのに、総帥であるギレンが平然と「全部方便」と言った。
「生き延びるために、実の父まで手にかけた男が」
私をナメくさって毒殺の危機すら感じ取れないままとは。
「甘くなられたものだ」
ひっそりと、密封を、解く。
「それは総帥に対する侮辱ですか」と、兄を別荘で溺れ死にしそうなほど甘やかしたぬるま湯オッパイがキャンキャンと吼えだす。
「愚にもつかない噂を持ち出されて」と批難したその口で「キシリアマスクは戦場の匂いを嫌ってる臆病者の証拠」と愚にもつかない噂をペラペラいい始める。このダブスタが父親役か。
キシリアは、自分の危機を嗅ぎとれる。
暗殺がせまるサイド6でも「ここの匂いは好かん」と危機の兆候を鋭く読み取っていた。
しかしこの三人は、それすら気づかず「マスクが軟弱」とキシリアを罵り、そしてノーマスクで毒を肺の奥まで吸い込んで死んだのだ。
ザビ家に蓄積されてきた高度な毒殺ノウハウ
ダイクンを暗殺したのは毒であったろう。ギレンが「父(デギン)を手にかけた」のも毒殺だったかもしれない。ミゲルが証拠を残さぬ心毒性薬物を扱えたのも、ここでキシリアが毒薬を用意できたのも、毒素を通さない極薄フィルムの性能も、ザビ家が政治のために蓄えてきた信頼できるノウハウだ。
ここは昔からずっと毒蛇の巣。
その蠱毒を、キシリアは生き残った。
しかし、そんな怨みの煮こごりから這い出てきた毒蛇が、平和な道など選択するわけがない。
ここでいったん本国に戻って政治の立て直しを図れば、あるいはキシリアはジオンの女王としてそれなりに長生きしたり、連邦との政治闘争で善戦したかもしれない。
しかし彼女は焦って動いた。身内を殺し、国家を謀った自分が、ゆったりと毒蛇の巣で眠れる訳がない。さっさと自分の巣を作ってしまわなければ。
今後、キシリアは焦りに焦って動く。
彼女には、二度とやすらぎは訪れない。
暗殺一族の生き残りは、暗殺に怯えて生きるしかないのだ。
参謀長を粛正し、アサーヴを撃ち殺し、兄を毒殺した。
彼女こそ、義務感で復讐し、理想を実現しようとしたシャア・アズナブルの鏡であろう。
ニャアンの居場所はここではないらしい
このギレン暗殺成功を前提に、キシリアのニュータイプ部隊で出撃準備が進んでいる。
ジオンのノーマルスーツを着用して順応している(ようにみえる)ニャアン。しかし、同化しているエグザベ(ほぼ世話人みたいなお立場)に終始背中を向けているし、食わせてくれと軽く提案された手料理は「好きな人にしかつくらない」し、おいていけと言われたコンチは「お守りなんです」と言って連れて行く。全ての提案を否定。彼女の居場所は、ここではないからだ。
ニャアンが感じているのは緊張と違和感。コンチをお守りにしているのはシュウジへの執着。実際、後に持ち場を離れて幽体を追うくらいには、彼への思いは優先度が高い。
残存ギレン派の根性をポキポキとへし折る一連の作戦行動
キシリアのギレン排除が完了し、ギレンの国家親衛隊とアバオアクーを叩いて本国からギレン派を一掃する「掃除」がはじまる。
この急襲作戦は、ギレン派残党の排除と反乱防止が目的だ。ギレンの影響力が凝縮している二カ所を消し去り、ジオンの力をキシリア中心に再編成する狙いである。
「アバオアクーの破壊はやり過ぎでは」と誰もが思うが、これはいわゆる「旧体制の象徴」の破壊である。ギレン派の根性をへし折るための重たい一撃だ。
破壊の実行者はニャアンだが「どういう意図で」と考えれば、その責任のほとんどがキシリアにかかってくると筆者は思う。
「スペースノイドの自由と独立のために」という大義を、キシリアも背負っている。なのに、サイド6ではキシリアの情報が連邦に漏れていた。誰が得するか考えれば、ギレン以外にありえない。
キシリアへの怖れ(?)から、よりにもよって連邦につながるなど。
この内側からの裏切りに始末をつけなければ、あっという間に内部崩壊が誘発されるだろう。キシリアはそう考える。
このままでは、ジオンは滅びるのだ。
これは浄化だ。
腐った旧体制(患部)の切除手術だ。
イオマグヌッソが完成し、連邦とジオンに対する圧倒的な火力を手に入れた傲慢さが、キシリアを大股で進ませる。
まだ精神的にはお客さんなので遠慮しているニャアン
奇襲が超高速なのは、このイオマグヌッソを万が一にもギレン派に奪取されないためだ。
「ニャアン、ジフレド出ちゃいます」
ずいぶんジオンにも馴染んで見えるが、それでも「でちゃいます」は「私なんかが一番最初に出ちゃっていいんでしょうか」「でもグズグズしてると怒られちゃうので」という自覚を内包している。
彼女は、ここを自分の居場所としていない。「行きます」なり「出る」なりは、その組織と同化している人間から出る言葉だ。
月のグラナダはキシリア派の拠点であり、宇宙要塞ア・バオア・クーはギレン派の巣窟。こちらについては新兵器ジフレド+ニャアンに命令書を特命で渡してある。
勝利の確信をして微笑むキシリア。
自分が勢いにのっていることを自覚している。
精神的にも最大の壁であったギレン排除は、もう成功したのだ。
そして、イオマグヌッソの能力にも信頼がある。
(後にそれはシャアの策謀をゆるしていたと気づくが、うまく行きすぎている描写でもある)
ニュータイプ時代の到来を高らかに宣言するビグザムの大爆発
不意打ちでIフィールド展開前の一機を撃墜。ここからが本番だ。エグザベが、残り三機のビグザム無力化を指示する。
彼が駆るのは旧型モビルスーツのギャンにサイコミュを搭載したニュータイプ用改造機だ。
マチュ・シャリアと同様にこちらも訓練を積んでいたニャアンが、二機目のビグザムを見事に斬って落とす。
ビットをコントロールしてビグザムの懐で暴れさせ、対空防御がそちらに集中した瞬間に取りついてのゼロ距離射撃。Iフィールドは力場でビームを弾くので、実体ないしフィールド内側からの攻撃には脆い。
旧型のビグザムには攻略法があるのだ。
だが、至難の業ではある。
そして「死ぬ気で飛び込めばなんとかなる」の完成形のようなギャン部隊のランスチャージ。ビグザムの無敵さばかり見てきたグワラン艦長が驚愕する。彼が知らないうちに、無敵だった巨大モビルアーマーの時代は、その懐を貫くサイコミュモビルスーツの時代に、移り変わっているのだ。
ギレン親衛隊排除の次は、アバオアクー排除である。
(ニャアンは忘れていたが、たぶん隣で聞いていたコンチがスケジュール管理をしてくれていたらしい)
家族ごっことしての拳銃と巨大すぎるゼクノヴァ砲
ニャアンが実行する作戦の意味を、キシリアは話して聞かせている。
「地球に住む古い大人たちは、これからもお前が自由に生きることを邪魔するだろう」
だから、その地球の人類を滅ぼす。
この香水も二度と生産されることはない。
そんなことを、お前はやるのだ。
ニャアンは、よく分かっていない。
キシリアは、ニャアンを飼い犬というレベルで身内だと考えている。これが大義であることを語っているつもりなのだが、ちゃんとは伝わっていない。
なぜなら、キシリアはほとんど、自分にいい聞かせているからだ。
地球連邦は、キシリアがイオマグヌッソを手に入れようとするのを邪魔してきた。彼女は、そうニャアンに言い聞かせている。
キシリアがニャアンの髪を梳かしているのは、家族ごっこだ。
一方的なキシリアからの施し。返せるはずもない量の恩義を与えて、実はニャアンの自由を奪っているのはキシリアである。
その上で、ニャアンにも銃を与える。
「強くなりたいのなら、ためらうことなく撃て」
これも、ほぼ自分にいいきかせている。キシリアは、自分とニャアンとで、アバオアクーと地球人類を滅ぼす巨大な銃の一撃を発射しようとしているのだ。
お前もこの銃を持て。
そして、家族として同じ罪を背負ってくれ。
繰り返すが、ニャアンはキシリアの施しによって、自由を奪われている。
キシリアの愛し方は、それしかないからだ。
これに反して自由意志を示した側近は、参謀長であっても、アサーヴであっても排除されてきた。
「どれほど優れた力を持っていても、淘汰されてしまうのなら、それは強さではない」
これがキシリアのギレン観だとするなら、優れていたという点だけは認めていることになる。強さとは、生き残ろうとする意思。しかし、その先には闘争しかないのだ。
キシリアは、強さだけを求め、破滅兵器の引き金をニャアンに授ける。
正しさも、自由も、ニャアンはもらっていない。
しかし、シャリアは違う。
彼は、マチュの自由を尊重し、彼女の正しいと思うことを肯定する。
「あなたには、あなたの望むことをやってもらいたい」
イオマグヌッソは、シャロンの薔薇を活用した戦略兵器だ。
「これが使用される前に、シャロンの薔薇で眠る少女を救い出してほしい」
「あなたのジークアクスならそれが可能」
「これ以上ニュータイプが人殺しの道具にされるのは忍びない」
シャリアの願い
前編で書いたとおり、新時代のニュータイプであるマチュを人殺しとして運用してしまえば、この新時代はいきなり血塗られてしまう。
シャリアがマチュを選んだのは、コクピットを狙わなかったからだ。対してニャアンは明確に黒い三連星を殺しにかかっている。
彼がマチュを選んだのはそれが理由だ。単純に「殺しに躊躇がない方」と「それを嫌う方」
しかし、ジオンを私兵化したキシリアにより、これから大虐殺が行われる。このままでは、ニュータイプが破滅兵器の引き金という「一部品」になってしまうのだ。
これを止めねばならない。イオマグヌッソの無力化は、マチュの望みにも合致する。シャロンの薔薇の少女(ララァ)を救出すればよいのだ。
それさえできれば、シュウジの苦しみも、地球のララアの苦しみも、そして同じ悪夢を見続けている薔薇の中のララアも、全て救うことができる。悲劇のループを断ち切ることができるのだ。
シャリアの当初の計画は、イオマグヌッソ完成式典の機会を利用してギレン・キシリアを一掃するクーデター的なものだった。
しかし、キシリアが先にギレンを暗殺したため、計画が崩れた。シャリアは、マチュの役割を「薔薇の少女の救出」に限定し、自分は別行動(足止めなど)でサポートする形に、この土壇場で変更したのだ。
そしてこの願いを、マチュは受け入れている。
「マチュ、ジークアクス出ます」
彼女はシャリアの思想と同化を果たしている。ニュータイプの平和で自由な世界という一つのこころざしのために一体化しているのだ。ララアの解放とループの終了。マチュの願いも、このラインの上にある。
カタパルトから一直線にイオマグヌッソに彼女(とハロ)が飛んでいく。
精神集中のためのルーティンワード
その一方で、キシリアと別に一体化していないニャアンの動機は本当にごくごく個人的だ。
「シュウちゃんはキラキラの向こう側に消えた。もう一度、あのキラキラが起こせればシュウちゃんを呼び戻せるはず」
この執着がゼクノヴァを起こすサイコミュの過剰増幅、精神的な負荷につながれば成功するだろう。
ひょっとすると、ニャアンはこれまでの訓練において、この念仏を唱えることでゼクノヴァに必要な脳波を出せるようになっているのかもしれない。
マチュに比べて、このときのニャアンは目に光がない。
この念仏さえ唱えれば、自動的にゼクノヴァ用の脳波が出せる──。そんなところに彼女は自分を改造してきた。
同化でなく、あくまでシュウジという目的獲得のために、ニャアンはジオンを利用しているのだ。
余談:最後に引き金を引かせたのは身内の親愛の欠如
第11話で、キシリアとマチュを天秤にかけられ、ニャアンはキシリアを撃った。
マチュの方が身内であると、ニャアンは思っている。
「でちゃいます」という出撃のコールからも、彼女の居場所がジオン軍でなかったことがわかる。
脇腹を押さえて「飼い犬に咬まれた」とキシリアは呻く。
それは、彼女が身内殺しをして踏み出した修羅の道の定めだ。同じ人類であった全人口の半分を死に至らしめたジオンの戦争責任が、キシリアひとりにのし掛かった瞬間である。
本当なら、彼女はこれを受け止めるために、身内を大きくするべきだった。
かつてのジオン共和国時代なら、国家の罪は国家で背負う政体だったと思われる。しかし(公国制という体裁で誤魔化しながら)ザビ家がこれを一族で独裁的に背負った。国家を一族が背負うのは、無理がありつつも不可能ではない。しかし、共和制のように民族が背負うわけでなく、これまでのように家族で背負うのですらなく、一個人が背負うには、国家というものは重すぎた。
キシリアは、内ゲバでその身内をどんどん削り去り、抱える腕を細らせていった。ニャアンのような痩せこけた犬すら、抱えられないほどに。
そのニャアンに渡したデギンの銃は、しかし自由というより反逆の象徴でもある。両方の性質をひめた銃器が、どう使用されるかは、結果の通り。
キシリアは、なぜこの銃を渡したのか。
彼女は、新しい身内が欲しかったのではないだろうか。
もう自分が分けてあげられるものは、父のゆかりの品ぐらいしかない。
でも、それは身内殺しをやりながらでは、あまりにちぐはぐな行為であった。
第12話では、絵画のように美しいダイクン家の子女たちを回想して、キシリアの本心が描かれる。シャアが欲しかった。身内として。
尽くしてくれるマリガンはありがたいが、違うのだ。
ザビ家という血筋と自分の政治能力に見合う男性は、彼しか見えなかったのだ。
シロウズ
そんなキシリアを、シロウズとレオ・レオーニ博士は冷ややかに見ている。
「絶対悪ではないだろう。このイオマグヌッソは抑止力だ。地球連邦との無用な争いを避けるための必要悪だよ。そこはギレン総帥もわかっておられる」
レオ・レオーニ博士の談だ。イオマグヌッソは災厄となりうる大量破壊兵器だが、抑止力としての価値はあると博士は考える。シロウズも、表向きそれに賛同して、実に上手に懐に飛び込んでいる。(きっと目は笑っていない。なので、それを隠している)
シロウズ(シャア)の目指すところは、シャロンの薔薇を「向こう側」に送還することだ。そして、その上でザビ家への復讐と、ニュータイプの世を作ろうとしている。
「それで大きな戦争を防ぐことができるなら、結構なことです。レオ・レオーニ博士」
その抑止とやらで人類が革新できるなら結構なことなんですがねえ、という皮肉も。
「あら、シロウズ君はいつも父の味方ね」
本当は別のことを考えてるのは知ってるわ。私とシロウズ君の二人で、ずいぶん色んな、色ぉんなお話し、したもんね。でもレオ・レオーニ博士の前だと、全部肯定しちゃうのね。とティルザ。
そんなシャアの二枚舌が、そろそろバレそうな、実にいいタイミングでガンダムフレドが降下、コントロールルームごと、この「完成したらもう死んじゃっていいからね」と思っていた二人をブッ殺してくれた。
俺はなんて運がいいのだ──ともシャアは思うが、薔薇の少女とやらの導きなのかと思うと、顔も曇る。
ジフレド降下を見てすぐさま逃げ出すシャアの脱出芸がここでも光る。
これはニュータイプの勘なのか、それともララアの与える「ひらめき」なのか。
余談:女に権力をあたえるとすぐこれだ
ジオンでやる以上、イオマグヌッソ開発はギレンの承認が必要となる。
正史でもソーラレイを使うにはデギンに作戦許可が必要だったように、もともとはギレン派の開発スタッフが中心だったと思われる。
しかし、キシリアは、サイド6に金の無心をして、開発資金を引っ張ってきている。開発自体はギレン派を含めた人材にやらせているが、キシリアはそれをやらせつつ、資金をもって口出しできる裏口を作ったのだ。
ニュータイプ関連の技術や、懐の苦しい開発状況では、ギレン派であっても、大金をひっぱってきたキシリアに頭を下げねばならないこともあり、博士の鬱憤は相当に貯まっていたのだろう。
博士はギレン派なので、シロウズがキシリアから正体を隠すのにも好都合だ。
あと、薔薇の少女に運命を握られて好き勝手にされるという「女に権力」という意味ではこれ以上ない。
「すぐこれだ」を経験しているシャアは、わりと心から「ホンマやで」と思っている。
キシリアの代理としての引き金を握るニャアン
ニャアンは、この敵意剥き出しレオ・レオーニ博士を「嫌な匂い」と言って即座に抹殺している。ニャアンというニュータイプは敵意に対して特に敏感だ。
加えて、ニャアンはいまキシリアの延長線上にいて、自分の主人が向けられた敵意を我がことのように感じ取っている。
そして「不快な敵意」に対して躊躇無く殺人ができる。ニャアンはそんなところに来てしまった。
本考察では、ジフレド搭載のカッパサイコミュには、キシリアの思考パターンがコピー済みとしている。そのキシリアに引っ張られて、なんらかの逆流を受ける可能性も、ないではない。
制御を奪ったジフレドは、潜望鏡(ペリスコープ)のようなアタッチメントに顔面の端子を接続させる。海中という別次元から、海上を狙う潜水艦のオマージュだ。月の向こうにある宇宙要塞を、断りもなく丸呑みした「見えない敵の脅威」を象徴している。海の向こうの他国を狙える、戦略原潜のような脅威であろう。
ニャアンは、指示書に従って座標を入力。
スコープは、アバオアクーを捉える。
電撃作戦
「グワランの緊急信号をキャッチ」
そのアバオアクーに、いまごろグワラン撃沈の情報が届いている。
異常事態を悟ったギレン派艦隊が行動を開始するまでに数分の情報遅延があった。
これは、ギャン部隊がグワランを沈め、ニャアンが特命だとエグザベを振り切りイオマグヌッソに降下、管制室ごとレオレオーニ博士を始末し、発射装置に接続して座標を入力、イオマグヌッソが回転して砲口の向きを合わせ、ゼクノヴァが活性化するまでに情報封鎖が稼いだ時間だ。
劇中では回想や場面転換が複数あり判然としないが、仮に三分ほどかかっているとして薦める。
イオマグヌッソが地球近くにあり、アバオアクーが月の向こう側(ラグランジュポイントとしてはL2)に位置しているなら、地球から約44万キロだ。レーザーによる光速通信が可能だったとしてもタイムラグは2秒以下(1.48秒)。
ただし、このクーデターによってギレン派の通信網がキシリア派によって妨害または乗っ取られているため、信号はブロックされているはずだ。
サイド3本国経由の折り返しが必要となる。妨害と迂回、再接続、信号確認などが間に挟まり、その全てをミノフスキー粒子が妨害する。
結果として、3分超のタイムラグが生まれた。(現実の軍事通信でもジャミング下で数分の遅れはありうるらしい)
その3分間に、ニャアンはゼクノヴァ砲を撃って、残存ギレン派艦隊を葬った。
開戦時からジオンが頼ってきたミノフスキー粒子の力で、このクーデターは成功しつつあった。
ニャアンは、この短い通信障害中にゼクノヴァ発射可能状態まで準備しなければならない。ジフレド正式パイロットを拝命してから、接続後に発射可能になる脳波を1秒でひねりだす訓練を、彼女は積んできたのだろう。
この作戦内容を考えると、やはり「シュウジのことを考える」が精神集中の鍵になっていたと思う。
全ての行程を3分以内にクリアする実動訓練を何度も積み重ね、その成功をもって、キシリアの計画は完成したのだ。お祝いにケーキくらい焼いたかも知れない。
守るべきジオン国民に銃を向けたキシリアの魂が悲鳴をあげる
アバオアクーのギレン親衛隊艦隊は、ニャアンから見た画角では、全艦が「こちら」を向いて正対している。つまり「何かあったらすぐイオマグヌッソを制圧するため出発できるようスタンバイ」はしているのだ。距離はあるが、ギレンもビグザム壊滅時の次善策は用意している。
だからこそ、緊急信号が届く前に、キシリア派はこれを撃滅しなければならない。
ゼクノヴァ光が、宙域にきらめく。
シャリアとマチュという超強力磁石みたいなニュータイプに挟まれて毎日こすられ続けたせいか、最近ニュータイプ能力が移り始めているコモリが、この弩級ゼクノヴァの光に感光して、おそらく一気に、かつ強制的に目覚めさせられている。
(逆襲のシャアでも、サイコフレームによる惑星幻視があった。サイコフレームは、ミノフスキー粒子を媒体として感応波と共鳴するため、ニュータイプ的視覚がこじ開けられる現象がしばしば起こる)
ゼクノヴァ砲発射シークエンスにおいて、アバオアクーのT字に同期して画角を合わせているが、画面を横切る斜めの線(90度より少し大きく100度くらい傾いている)が、実際のイオマグヌッソの垂直線と思われる。
従って、これを強制的に転移させると、アバオアクーは約100度傾いて出現することになる。
これは月にもある南極と北極(自転軸)を基準にして座標を測定しているためだ。アバオアクーは、これに同期して細長い本体座標を維持している。管制画面こそ、それに合わせてあるが、イオマグヌッソ自体は傾いているため、捕捉し転移させたアバオアクーは、横倒しの状態で眼前に出現する。
この発射時に、潜望鏡を構えるジフレドが、苦しそうに震える。
痙攣、もしくは、戦慄(わなな)く描写。
ジフレド内部のカッパサイコミュは、ニャアンが「キシリア様に似ている」と直感したように、キシリアの人格がコピーされていると本考察では考える。
それも、野望に取り憑かれる前の「連邦からジオンを守りたい」という、純粋で歪む前のキシリアの精神がそこにある。(現在も、ニャアンのような身内(飼い犬ふくむ)を大切にしている姿勢に残っている)
そのジフレドが震えている。
ジフレド(キシリア)は、あれほど連邦から守りたいと切願したジオンの身内を、これから手にかけようとしているのだ。
強制的に生命力を吸われて悲鳴をあげるシャロンの薔薇
ジフレドが接続された先にはシャロンの薔薇がある。
とりつけられた制御装置は、接合部から体節が連なった条虫のような形をしている。
これはまるきり、この世界を作った宿主の能力(ここではララァの精神やニュータイプの能力)を吸い上げ、勝手に利用する寄生虫の姿そのものだ。
そして先端部にはバクテリオファージ状の信号送受信機がついている。
バクテリオファージは細菌に感染すると、針のような尾部で細胞壁を貫通し、自分の遺伝子を細菌内に注入する。そして細菌内のシステムを乗っ取り、細菌の資源をファージ自身の複製に強制的に使う。細菌は自分の代謝を停止させられ、数百もの新しいファージ粒子を作らされて細胞が破裂(溶菌)し、死滅する。
時間凍結の末に、ジオンの新しい世界を作らされる境遇が、よく似て象徴的だ。
そしてその先にあるものは、シャロンの薔薇そのものの死滅である。
キシリアは、これを無限の破壊力だと思っているし、実際予定しているこの2発を効果的に使えば、あとは抑止力として使用せずとも政治的な威力を発揮する。
だが、その前にこのシャロンの薔薇は酷使によって「絶叫するララ音」の末に、破裂するのだ。
二段構えの作戦
このシステムを作ったのは「我々の仕事」と語っていたシャアである。
ジークアクスは時間凍結を解除して、送還プログラムを流し込むシステムだ。
そして、ジフレドこそが、キシリアを釣る餌としての転移兵器トリガーであり、同時に数発のゼクノヴァ砲使用でシャロンの薔薇を破裂させる過負荷自爆装置でもある。
ジークアクスによる「アルファ殺し(この世界からの送還)」が成就しなかった場合の、次善の「アルファ殺し(物理破壊によってシャロンの薔薇を転移させる)」だ。
なお、機動戦士ガンダム第5話でも、大気圏突入中の襲撃と、それが失敗してもジオン制圧圏にホワイトベースを追い込むシャアの作戦は「二段構えの作戦ですな」とドレンに感心されている。シャアが「戦いは非情さ」と返している通り、ここでも薔薇の少女に情けはかけない。
こちらも二段階で展開されるゼクノヴァ攻撃
そして、イオマグヌッソの近傍に、アバオアクーは空間ごと切り取られて出現した。
「あそこ、脆そうだよね」という場所で二つにへし折れ、そしてアバオアクーは異世界に転移していった。
このとき、二度の転送が行われている。
空間転移と、これを別宇宙に放る次元転移だ。
ゼクノヴァ現象を兵器転用する場合、ひとつの課題があった。
過去にキシリアが見た種類のゼクノヴァは「突然その場所で起こる」という性質のものだ。対象となる敵性物体(モビルスーツなり、戦艦なり、拠点なり)の近くで不安定なゼクノヴァを起こさなければ兵器としては使用できない。つまり、イオマグヌッソを建造しても、そのごく近くでなければ、ゼクノヴァを発生させられないのだ。
したがって、捕食のために空間転移という応用が必要になった。
「捕まえて、食う」の前半部分だ。
空間転移といえば、ソロモンゼクノヴァ発生時に、グラナダ地下にあったシャロンの薔薇が地球に転送された(作中では消失と言っている)事件があった。
原理は不明だが、次元転移よりは遙かに研究は容易なはずである。
グラナダと地球の海底を調査した結果、なんらかの再現性が確認されたのだろう。
このデータをもとに「シャロンの薔薇に、任意の空間を転移させる」コマンドが見つかったのだと思う。
この二つの転移能力の組み合わせで、アバオアクーは捕まえられ、そしてイオマグヌッソがクトゥルフ神話で「星々から宴に来たりて貪るもの」と呼ばれるように、貪食されたのだ。
余談:サイコフレームの力場で自己転移しないイオマグヌッソ
イオマグヌッソは、ゼクノヴァ砲で自分が飲み込まれないためと、シャロンの薔薇を向こう側へ送り返すための設計がなされている。
硫酸など、激しい腐食性をもつ劇物を管理する場合、硫酸プラントの貯蓄容器は、銅製タンクの内側に耐酸性レンガをモルタルで内張りする。
すべてを転移させてしまうゼクノヴァから、本体であるイオマグヌッソが空間ごと侵食されることを防ぐ役割を果たすのが、サイコフレームだ。
ジークアクスの最終回で、ララアが選択的に別次元由来のものを転移させたが、あのとき基部となる小惑星以外がほとんど消失していたので、イオマグヌッソの構造部材ほとんどにサイコフレームが鋳込まれていたと思われる。
反発するエネルギー場を発生させるメカニズムは、0093から持ち込まれたサイコフレーム(の複製品)によるものだ。
リガズィに乗っていたチェーン・アギが、サイコフレームの力を借りてビームを弾いた現象があったが、おそらくその原理が応用されている。
これがあって、イオマグヌッソ本体は侵食されず、対象座標にあったアバオアクーは丸呑みされたのだ。
マチュとシャリアの目的
信じがたい大破壊が目の前で実現していく。
そして、発射機構への負担は強烈であった。
「シャロンの薔薇が泣いている」
先述の通り、これは、中にいて寄生虫に命を吸われ続けている(そしてやがて破裂して消滅する)ララアの叫喚だ。
「誰がこんな恐ろしい兵器を使ったんだ」
マチュは「ひどいことをしたんだ」とは言わない。
彼女がシャリアから託されて、本人も納得して果たそうとしている使命は「ララアに酷いことをさせない。酷い目にあわせない。あの中から解放する」というだけではない。
マチュのミッションの成功条件は「ニュータイプが戦争の道具として消費されるという宿命からの解放」だ。シャロンの薔薇を核とするゼクノヴァは、単なる大量破壊兵器の使用に収まらない。
今後の戦争の歴史を大きく揺るがす「力の支配」の決定的なツールだ。
一度でも核兵器が使用された世界は、もはや核抑止なしに安全保障が考えられなくなる。大きく世界のパワーバランスが変わる。これと同様のことが、0085に起きてしまったのだ。
一度ア・バオア・クー沈没に使用されれば、その破壊力は世界に知れ渡る。
戦争のルールが変わってしまうだろう。
まさに「パンドラの箱」を開けた状況だ。
現実の核兵器でも、一度使用されると「抑止力」として世界の構造が歪む。ゼクノヴァが使われた世界では、連邦やジオンがこれを模倣・拡散し、常にその脅威を前提とする均衡(相互確証破壊)が成立するのだ。
マチュは、ララアの苦痛を感じ取る。
シャリアから聞いたとおり、これが使われればニュータイプ能力の兵器化が連鎖的な悲劇をもたらす。
だからこそ、未来の破滅ルートを止めるために出撃してきたのだ。
彼女の顔が歪むのは、間に合わなかった後悔も大きい。
今回のミッションは「未然に防ぐ」ことこそが最重要だったからだ。
この時代を開いてしまったパンドラは誰だ。
「ニャアンがやったのか。キシリア様の特命で」
アバオアクー消滅を見て驚愕したエグザベが、答えを呟く。
このとき、イオマグヌッソの幾何学模様状の外部構造材が、緑白色に発光している。上位神の意思をもって実現する現象を、サイコミュ暴走をサイコフレームによって増幅させて、人工的に実現させているのだ。
サイコガンダム内部フレームのボンヤリ発光とは違う、膨大で純度の高い発光現象は、本施設が高度なサイコミュ技術の発展の末にできたものだと示している。シロウズは、わずか五年弱で、ここまで再現して見せたのだ。
もう時間がない。イオマグヌッソが、次は地球に手をかける。おそらくシャリアも予測済みだ。二発目が撃たれる前に。一直線にマチュがイオマグヌッソに向かう。
瞬時に反応してエグザベは進路を塞ぐ。
エグザベ・オリベがミゲル事件以来被っている仮面をシャリア・ブルが剥がしにかかる
自分が親衛隊長を務める上官、キシリア様がアバオアクーを沈めた。
あまりにも度しがたい凄まじき味方殺し。
疑念はある。しかし茫然としながらも、アラートがなった瞬間に、一直線にイオマグヌッソに突っ込んできたマチュを、体当たり(シールド)で止める。さすがである。彼は自分の位置を、絶対に離れない。不器用だが、そういう男だ。
「なんでお前が」
ソドンからスマホでマチュ脱走情報などを共有してもらっているくらいの距離感なので、キシリア派の戦艦でシャリアとマヴを組んでいる、くらいの情報はもっていただろう。なら「ソドンはお仲間」のはずだ。理由がわからない。しかし、害意をもっての急接近なのはわかる。
「イオマグヌッソには行かせんぞ」
これはエグザベの最近成長した直感。彼は同じキシリア派所属のジークアクスが攻めてくる理由も証拠も、もう問わない。
彼は、直感型のニュータイプに、もうひと押しで成りそうなところまできている。
「かつての自分の愛機と戦う日が来るとは」
エグザベは、自分の高いニュータイプ能力を偶然の産物だと思っている。
直感を信じ切れないのは、ジークアクスを完全覚醒状態で起動させられなかった敗北感だ。
愛機というくらいだから、本当にこの機体に手をかけていたのだろう。そもそもサイコミュを介さないマニュアル操縦だけで、赤いガンダムと互角以上に渡り合ったのだ。彼がどれくらいジークアクスで慣熟訓練をして初陣に臨んだかわかる。
「悪いがお嬢さん、これはクランバトルじゃなくて、軍事作戦なんだ」
エグザベには、マチュがまだ幼い女子高生に見えている。ニャアンではなく、マチュが操縦できていることも、理由も証拠もいらない。
ギャン部隊がズラリと囲む。多対一に卑怯もくそもない。これはクランバトルのような狭い世界ではない。国家規模の思惑が交差するプロの世界なのだ。
マチュはその先の歴史の暗転と戦っている。
エグザベには、未来のことが分からない。
噛み合いようのない状況を破壊するため、包囲のド真ん中にシャリアが乱入した。
彼の目的はキシリア排除。そしてシャロンの薔薇解放を託したマチュの道を真っ直ぐにしてやることだ。
「ここは私が抑えます」
キシリア排除の一手目は、このギャンで構成されたニュータイプ部隊の撃破でもある。
「中佐、総帥のスパイとも思えない。あなたは何者なんだ」
理由も証拠も提示されない世界で、エグザベはシャリアに向き合う。
自分よりはるか高みにいるこのニュータイプが答えて言う。
「私は、ニュータイプがニュータイプとして生きられる世を作りたいだけです」
このままでは、我々ニュータイプは戦争の道具になってしまう。
あれほど悪魔的に魅力のある絶対兵器の存在が、世界に公表されてしまった。
ニュータイプは、そのトリガー部品としてのみ扱われる。
今以上の悲劇が、ニュータイプを襲うだろう。
エグザベ、君にはわかるはずだ。
ジオンと同化して生き延びてきた君は「これでいい」と思ってきただろう。
しかしアバオアクーを一撃で消滅させる絶対兵器がニュータイプを使えば作れるとなった世界で、君は生きていけるのか。
これは未来予測の話だ。
理由も証拠もない。
これから起こる事態なのだ。
だから直感で答えろ。
そうシャリアは問う。
キシリアがニュータイプ部隊を作り、ニュータイプに仕事や雇用を設けた。それに感謝している者もいる。エグザベの部下はそうだろう。(それだけに「でちゃいます(けどいいんですか?)」と、その中になじまないニャアンと、軍籍をあたえられてもジオンのノーマルスーツを着ないマチュは、軍隊の理屈に染まっていない)
ニュータイプは、戦争の道具としてしか認められず、重用されない世の中になってしまう。
戦争で、多くの才能や発明が、平和利用される前に軍事転用されてきた歴史がある。「戦争によって文明が発達したのだ」という軍事史観も。
戦争が技術を加速させたのは事実だが、文明全体の発展とは決してイコールではない。戦争がなければ、もっと健やかに文明は発展したはずなのだ。
クラウゼヴィッツは「戦争は、平和な時代には想像もつかないほどのエネルギーを人間から引き出す」とは言ったが「戦争は人間の潜在能力を引き出し、文明を飛躍させる」というのは曲解であろう。
シャリアは、ここがその分岐点と考えている。もともと空っぽの身だ。捨て石となってもいい。そう思っている。
現時点での彼の目的は二つ。
キシリア殺害とシャアの説得(キシリア同様に殺害でもいいのだが、おそらくアルテイシアからジオンの子として立つ条件、またはモチベーションとしてシャアの説得が願われている)だ。それも確実に、と。
キシリアとシャアが、ニュータイプを誤った方向に導き、戦争の道具として利用し、人類の粛清を行う。
シャアの無慈悲さが、ララアの悲鳴から伝わってくる。
最大の核となっているのが、シャロンの薔薇とその中にいる少女(ララア)だ。彼女というニュータイプが利用されて、億単位の人間が死ぬ。
この実績ができてしまったら、後戻りができない。
核兵器が開発されて、一度でも実戦に使われた世界で、核廃絶はあまりにも困難だ。不可能に近い。小国であっても、大国に対して一発逆転できうるトップパワーをどうして手放すだろう。
それが使われてしまった。もう猶予はないのだ。
ニュータイプ群は、二つに分かれて争う。
戦争の道具として使われている方と、そうさせまいとするシャリアとマチュだ。エグザベは決定的に立場が違う。
「サンキュー、ヒゲマン」
そう言ってイオマグヌッソ中央にあるシャロンの薔薇を、マチュは目指す。
シャリアがどうにかして盗み出したであろう構造図は、頭に入れてある。
シャアがソロモン攻略プランを瞬時に出したように、シャリアもイオマグヌッソ封鎖の準備はしてあるのだ。
その中央で、吐き気を堪えるニャアン。
これは大量殺戮による被害者の精神に感応してしまった負担と、キシリアの背負っているものをニャアンも背負ってしまった、そのプレッシャーによるものだ。
彼女には覚悟も準備もない。
なのにキシリアと同じ罪を背負った。
それが瞬間的に胃に来たのだ。
「誰が乗ってるんだ」
中心部に突入したマチュは、ジフレドを見て呟く。
視聴者は「ニャアンだよ」と思う。
しかしジフレドには、キシリアの精神が入力されたカッパサイコミュがある。
ニャアンが吐き気を覚える前から、ジフレドは苦しんでいた。
そしてニャアンもまた、キシリアの特命で動いている。
マチュが本来憎むべきは、キシリアであろう。
ここで、マチュが誰を憎むかが問われる。
彼女はニャアンを許せるか。
自由のために傷つくことを厭わないマチュは、しかし、他者を傷つけたものを、許せるのか。
この対ジフレド戦は、サイド6で他責的だったマチュが、本質的にどう変わったかを示すパートだ。
二つに別れた夢が交わる瞬間。
そこでこそマチュの真価が問われる。
マチュはララアの悲劇のループを断ち切るにたる人物なのか。
次回第11話の考察に、それを語ろう。
描かれてきたキシリアの孤立
ビグザム撃沈前後の部隊内描写から、私見だがギレン派の方が軍事練度は高く見える。対してキシリアには、若い部下しか残っていない。彼女が周囲を信じていないからだ。
0079には、キシリアの斜め後ろをピタリと守っていた、浅黒い肌の、頼もしいヒゲの参謀がいた。体格よく落ち着いており、部下からの報告を、発話してそれとなくキシリアに知らせる気働き。キシリアが戦時に全幅の信頼を置いていたと思われる彼が、0085には姿を消している。
0085には、彼と同じく浅黒い肌の士官アサーヴがキシリアに仕えている。
アサーヴの死因を中心に振り返るとわかる。ヒゲの前任者にも、キシリアはイオマグヌッソのことを相談し、計画が伝わったのだろう。そして何らかのトラブルがあったのだ。おそらくは諫(いさ)められたのだと思う。
あまりにオカルト的で、そして個人が持つには異次元すぎて危険だ。再現性の怪しい研究に、資金と時間を突っ込むより、ジオンをより盤石にする方が大切では。
しかし、そうした常識的な助言を聞き入れていては、キシリアはいずれギレンに抹殺されるのだ。0079から0085までに、ギレンが尻尾を出さないまでも、デギン殺しがあったとキシリアは確信している。力が衰えれば、あるいは持てなくなれば、次は私なのだ。
キシリアは、おそらくヒゲの参謀を殺害している。
そうして、彼女は自分に反対するものを、すべて殺してきた。
考察⑧の通り、アサーヴも、キシリアの計画に反対し(秘密裏に毒殺指令をだしてジフレド開発を妨害)、その末に殺されている。
キシリアは、たった一機のジフレドに特命を出して、イオマグヌッソ内にニャアンを単独突入させた。
本来は特殊部隊にやらせる研究施設の制圧も、この少女にやらせている。
他にも、エグザベ(優秀だが新人)を忠誠度だけで近衛隊隊長に任命しているように、キシリアは、自分が育ての親となった子ども以外を信用できない。
むかしからいるジオンの人間は、どこかダイクン派の影があり、アサーヴのようにギレンに取り込まれるかしれないからだ。
特殊部隊は、おそらくある。しかし、部隊を動かして情報が漏洩することを嫌って、ギレン暗殺も自分の手で行った。
サイド6資金調達の成功体験も、自分でやれる自信になっている。
毒物の手配もそうだろう。ジオンは毒ガス作戦をはじめとしたノウハウの蓄積がある。ミゲル使用の証拠が出ない毒などもそうだ。使用者側としては防毒マスク素材(キシリア着用の極薄フィルム型など)も充実している。特別に動かなくとも手に入りやすい環境なのだろう。
ギレン暗殺時のキシリアには「はじめてやった」といった感じの動揺が無い。過去におそらく毒殺実行の経験がある。先述の参謀長の(アサーヴ同様に死んでいるとして)その死因が怪しいところだ。
実の兄を殺して心が乱れないのは、それ以上に愛していた参謀長を、すでに殺した経験があるからだと思う。
キシリアは、ジークアクスの物語を通じて、どんどん孤立していく。
兄を暗殺し、身内であるジオン兵が詰まったアバオアクーをまるごと葬った。
ジオンという樹木は、ダイクンという根から伸び、枝葉をつけたが、途中で接ぎ木されたザビ家が幹のほとんどを占めて成長し、そしてキシリアという一本の枝が、他の枝を打ち払い始めた。
いびつなバランスで、やっと数枚の若い葉をつけているキシリアという枝に、イオマグヌッソという、巨大すぎる獣が居座り、その細枝は、折れそうになっている。
それでもキシリアは、この獣を私物化し「これさえあれば自由が手に入る」と、そう思っているのだ。
タンギの無口さ
タンギは、戦争の始まりを見てしまった者として、沈黙を誓いとしている。
彼は元々、ジオンの宇宙船舶の操舵士だったのだろう。
軍縮はされても艦艇運用は継続される。操舵や通信などの専門職は不足しやすく、ただでさえ国力の乏しいジオンだ。民間からの雇用はありうる。曹長は、下士官の中では高位。もとは民間人で、一年戦争後の入隊でも、戦時昇級は可能だ。
ジークアクスでは、一年戦争の爪痕が、特に人間の事情に描かれている。
タンギは、沈黙するしかないような戦争の理不尽をたくさん見て来たのだと思う。
彼の視線の先で、誰も信じない細い枝が、いまにも折れようとしていた。
次回は第11話前編。
マチュシャリの最高潮がここにある。
