"THE LEPLI-ARCHIVES"#194-『“JUNNYA WATANABE”巴里-A/W'18-19コレクションを評論する。』
文責/平川武治。パリ市ピクピュス大通り:
初稿/平成30年3月5日。
写真/ “JUNYA WATANABE”巴里-A/W'18-19コレクションより、
『はじめに、』
先ず、僕の結論はここ、2シーズンが低迷であったJUNYA WATANABE
コレクションの今シーズンには一つ、彼らしさの力量を持って「自分らしさの世界」に挑戦した世界があり、僕は楽しめた、いいコレクションだった。
勿論、ビジネスをも考えなければならない立ち居場所上、
ヴィンテージ・セーターやそのリメイク的なこなしをいつものパンキーな
イメージングによって、しっかりとそのお役目も含めた”Good job”をし、
流石、売り上げが取れるデザイナーであり好感がもたれたコレクション。
『大事な今シーズンの視点はやはり、「分量のバランス感」だった。』
渡辺淳弥は学んだ、「文化服飾専門学校」でパターンメイキングを熱心に収めた、素晴らしい腕を持っている職人肌のデザイナーである。
このような職人はいつも自分自身に挑戦する難しさを正面から迎え撃って挑戦し続ける事が「創造」であることを自認し、それが自分のプライドと
なる“腕”を磨くことであることを熟知しているからだ。
彼の今シーズンの新しさへのチャレンジもここにあった。
僕が感じた彼の今回の“source of the new balance”の根幹は先シーズンの
オムでもトレンドアイテムの一つであった”ポンチョ“だ。
このポンチョが持っている肩に乗せるだけで生まれるボリューム感が
生み出すシュルエットに注目したのではないだろうか?
彼はこの時のシルエットとボリューム感を今シーズンのテーマの一つに
なった「袖周りへの新しさ」へ彼のパターン力を駆使した造形へチャレンジしたと観た。そして、僕は袖と袖下に造形の新たな空間を見つけ出した
彼の眼差しに感心した。
そのほとんどの白人デザイナーは今シーズンのこのテーマを表層の
”足し算のデザイン”で逃げ、フリルをつけ、プリーツを使いあるいは
シンクビックと。
しかし、彼は過去からも多くのデザイナーが避けてきたこの新しさへ
職人気質で向かい合って、優秀なパターンメイカーのみが成し得る
「分量のバランス」をデザインしたシーズンだったと感じた。
『もう、90年代のアーカイブからのブリコラージュだけでは感動がない、』
今シーズンのパリのモードの欲求には、「もう、90年代のアーカイブからのブリコラージュだけでは感動がない」という新たな欲求が感じられた。
そこで、やはりモードの造形の根幹である「分量のバランス感」が問われ
始めた。新たな分量のボリューム観によってのシルエット、そのバランス感でどのようなシルエットを生み出すか?にあった。
この欲求にはリスクが多くある。すなわち「売れるか、売れないか?」がはっきりとビジネス上で数字で現れるからだ。」
従って、このトレンドに真っ向からいぞんだデザイナーは少なかった。
ラグジュアリィーは無論、若手と称される4シーズン目に入ったデザイナーまでこのトレンドを避けたコレクションがほとんどだった。
ここではパターンメイキングの基本力が問われるからであり、
今の大半のデザイナーたちは、「壁紙デザイナー」であるためこの能力が
皆無に等しいからだ。
『身体を「表と裏/左右対称」しか考えない西欧人たちの美意'識の根幹。』
その上でのバランス観から始まり、非対称そして脱構築とジェンダーレスまでがこの西洋美學に基づいたモードの世界の創造性の変換であり、
現在へと至って来た。
この世界へ刺激ある現実を持ち込んだのが'82年のCdG・川久保玲であり、それに刺激と影響と好奇心を見つけたのが後のマルタン マルジェラだった。
その後、90年代はじめには多くの若いデザイナーたちが、
H.ラング、M.シットボン、J.コロナ、A.L.マックイーン、H.チャラヤン、
V. & L.たちがこのモードの世界を芳醇、豊饒な新たな世界へと革新した。
その後の多くは所詮、彼らたちの「チルドレン」たちでしかない。
そんなこのモードの世界観の遍歴を考えると、今シーズンの渡辺淳弥の
コレクションには新しき視線が感じられ、その挑戦への自信が読み取れて
僕は心地よかったのだ。
「ありがとう。」
文責/平川武治。パリ市ピクピュス大通り:
初稿/平成30年3月5日。
