テレビの向こう側に夫がいた
「今からあそこ歩くから、テレビを録画しといて」
また、始まった。
テレビ画面には駅前大通りが映っている。
近くのホテルの屋上にテレビの定点カメラが設置してあるらしい。
退屈な音楽をバックに、駅前を行き交う人や車が映し出されている。
豆粒みたいに小さい。
どこの誰だかなんて判別不能である。
そこに、夫は映りたくてしょうがない。
今からそこに行って駅前を歩いてくるから、テレビに映っている自分の姿を録画しておけ、というご意向だ。
はぁ〜。
溜息をつきながらチャンネルを変えた。
「それいいね」なんて言ったが最後、駅前にすっ飛んで行くのが目に見えるから無視してる。
我が家の夫は、とにかくテレビが好きだ。
『刑事コロンボ』を録画しては、何度も何度も繰り返し観ている。
お陰で私は、コロンボなら題名を聞いただけで、ラストの犯人のセリフまでスラスラ言えるようになった。
「観る」方はまだ可愛いが、「映りたい」は、本当に厄介だ。
先日は、お役をやっている地域の神社のお祭りにテレビカメラが入った。
江戸時代から続く祭りで珍しいからと、
知り合いのケーブルテレビの社員に自分で声を掛けて取材にこさせたのだ。
テレビとなると気合の入れ方が違う。
その日は朝からそわそわ。
洗面所に籠って、念入りにヘアセットをしている。
といっても、少なくなってきた髪の毛が、右から左に引越ししただけにしか見えん。
なんも変わりゃーせん。
午後のニュースに出るらしく、テレビの前に座り込んで録画予約をガチャガチャやっている。
とにかく、早々に朝食を済ませると意気揚々と出かけて行った。
帰宅したのは、夕食どき。
浮かない顔をしている。
「どうだった?取材来た?」
食事の支度の手を止めて、夫に声を掛けた。
「うん。来た」
「そ~。そりゃ良かったじゃん。で、取材してくれた?」
「俺のところには来なかった。氏子総代がインタビュー受けた」
声に元気がない。
「…そ、そうなんだ」
あんなに朝から張り切っていたのに…。
「じゃあ、テレビにも映ってないの?」
その言葉に返事もせずに、夫はテレビを付けた。
録画を確認しているのであろう。
「あーーーーっ!」
「映ってるー。俺が映ってる」
いきなり大きな声を上げた。
大画面テレビの真ん前20cmににじり寄って、かぶりついている。
「ーえっ?!ほんと?映ってるの?」
私もテレビに駆け寄って、一緒になって画面を覗き込んだ。
「ほらっ、ここ」
巻き戻した。
そこには…。
満面の笑みでインタビューを受ける氏子総代のドアップ。
祭りの歴史を長々と話してる。
…うん?どこにも?
その時、カメラが少し右に振れた。
ふいに、隅の道路脇が映り込んだ。
氏子総代の2メートル斜め後ろ。
地面に座り込んで、何やら作業をしているふりをしながら、チラチラとカメラに視線を向ける変なおじさん。
……旦那だ。
昭和の街角インタビュー。
後ろから、ひょいっと顔を出す。
ピースしながら横切る。
「だっふんだ!」と変顔する。
カメラが避けても、また現れる。
あのガキンチョが、
ただじじいになった。
「うん。居るね」
何度も巻き戻してテレビ画面に釘付けになっている。
私は、その場を離れ台所に戻ると冷蔵庫を開けた。
今夜はもう一品おかずを増やすことにしよう。
夫と鳩との戦いも書いてます。
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