5-#03 「成長したいからスタートアップへ」──心が折れる本当の理由
僕は36歳で、大手企業から3人目のメンバーとしてスタートアップに移りました。研修もマニュアルも分業もないことは、入る前から分かっていました。
3人しかいない会社に、あるはずがありません。
ただ、分かっていることと、毎日それをやることは別でした。
前日まで、整った仕組みの中で自分の持ち場をやっていた人間が、翌日から全部やる。営業も、マーケティングも、オフィスの掃除も、名前のついていない仕事も、全部自分でやるんです。
「スタートアップは成長できる」と、よく言われます。
成長できるのは本当です。僕も移って良かったと感じています。
ただ、スタートアップでの成長の中身を、今回は正確に描写したいんです。
スタートアップでの成長は、キラキラした学びではありません。
修羅場です。
そして修羅場で人が成長するか、心が折れるかを分けているのは、体力でもメンタルの強さでもありませんでした。
人を育てるのは、教育ではなく「成果ゼロの期間」
大手の整った環境から、ベンチャーの新規事業に飛び込んだ30代の方がいました。移った直後に待っていたのは、成果ゼロの期間でした。
整った看板も、引き継いだ顧客もない場所で、何ヶ月も数字が出ない。
会社は小さく、結果が出ていないことは全員に見えている。
移った本人は、精神的にどん底です。
でも、初めて成果が出た瞬間、その方の見ている風景が一変しました。
「成約が1件出れば、一気に解放される」
「1件出れば解放される」は、本人の言葉です。
初めての成約のあと、その方は意思決定の速い環境で打席に立ち続けました。「仕事ができる人たちと直接関わる刺激的な世界」で、本人は大手時代とは比べものにならない速さで変わっていきました。
成果ゼロの期間と、初めての成約1件。
この2つが、スタートアップの成長の実像だと思います。
人を育てるのは、教育ではありません。打席と修羅場です。
スタートアップでは、練習場ではなく、いきなり本番の打席に立たされ続ける。だからスタートアップでは、人の伸び方は爆発的で、心の折れ方も本格的なんです。

心が折れない人は、歯を食いしばらず、ゴールに引っぱられています
同じ修羅場環境で、化ける人と心が折れる人がいます。
化ける人と心が折れる人は、何が違うのか。
セッションで見てきた限り、分岐は1つです。
化けるか心が折れるかは、自分のゴールがあるかどうかで決まります。
修羅場の渦中では、会社からの承認も、目に見える成果も、しばらくもらえません。そのとき、「自分は何のためにこの打席に立っているのか」という自分側の答えを持っている人は、成果ゼロの期間をゴールへの過程として受け取れます。
自分側の答えがない人にとって、成果ゼロの期間はただの消耗です。
ゴールなき修羅場は、成長ではなく摩耗になります。
だから「成長したいからスタートアップへ」という動機のまま飛び込むのは、実は危ないんです。
「成長」は、方向のない言葉です。
何に向かって成長したいのかが決まっていない人は、打席の圧力に意味づけができず、心が折れやすくなります。
ただし、「ゴールがあれば耐えられる」という話ではありません。
ゴールがあると耐えられる、と書くと歯を食いしばる話に聞こえますよね。
でも、僕がセッションで見てきたゴールのある人は、歯を食いしばっていないんです。
スタートアップの話ではありませんが、しんどい転職活動を越えて内定まで走り切った方に、何が原動力だったのかを聞いたことがあります。
返ってきた答えは、頑張りの話ではありませんでした。
内定先で働いている自分の姿が、はっきり見えていたという話だったんです。
優秀な人たちに囲まれている。
自分だけでなく、まわりも成果を出している。
部活のような雰囲気の中にいる。
その方には、内定先で働いている自分の姿が、そこまで具体的に見えていました。その方が走り切れたのは我慢ではなく、ゴールに引っぱられている状態だったからです。
思い描いた像に色や温度があって、その中にいる自分の感情まで見えているから、ゴールは人を動かす。だから修羅場で心が折れるかどうかは、耐える力の差じゃないんです。
心が折れるかどうかは、引っぱってくれるゴールが、どれだけ鮮明かの差でした。
「成長したい」でスタートアップに来た人の心が折れやすい理由も、ゴールの鮮明さの差にあります。成長という言葉には、具体的な絵がありません。絵のない言葉からは、人は力をもらえないんです。

修羅場は痛いけれど、自分の実力を映す鏡としては正確
それでも、僕はスタートアップで働いた経験に価値があったと感じています。価値があったと感じる理由は一つです。
スタートアップの修羅場は、整った環境では一生会えなかった自分に会えるからです。
僕自身、大手の仕組みの中では「自分の実力」と「会社の看板の力」の区別がついていませんでした。研修もマニュアルもない場所に立って初めて、自分に何ができて何ができないかが、怖いくらい正確にわかりました。
自分の実力の解像度は、修羅場でしか手に入らないと思うんです。
新規事業に飛び込んだ方も、ゼロからの成果を経て「本気で挑戦している自分」に初めて出会えたと言います。大手時代の「ぬるま湯では気づけなかった」と。
修羅場は、痛い。
でも、修羅場は、自分の実力を映す鏡としては、これ以上ないくらい正確なんです。だから、環境の話をする前に、ゴールの話をするべきなんだと思います。
「成長したいから、スタートアップに行く」は、悪い動機ではありません。
ただ、成長した先の自分の絵がないまま行くと、修羅場は成長ではなく摩耗になります。
行く前に、描いてください。
どんな人たちに囲まれて、どんな仕事をして、どんな顔で働いている自分なのか。

その絵が描けた人にとってだけ、修羅場はゴールへの最短の道になります。
▼この連載のはじめに(#00)
