「愛」とは、何なのか 第6話「では、愛するとは何をすることなのか」
その人に愛されている自分を、愛しているだけかもしれない。
そこまで来て、
わからなくなる。
では、
愛するとは、
具体的には、何をすることなのだろう。
そばにいること。
話を聞くこと。
困っていたら、助けること。
誕生日を、覚えていること。
好きなものを、覚えていること。
たぶん、それも、愛なのだろう。
でも、
それだけなら、
親切な人にも、できる。
友達にも、できる。
では、
愛には、それ以上の、何があるのだろう。
たぶん、
それは、
「変えたい」という気持ちが、
ないことなのかもしれない。
もっと、こうであってほしい。
もっと、こうしてほしい。
もっと、私を見てほしい。
そう思うのは、
自然なことだ。
けれど、
その「もっと」が、
相手をそのままでは、
足りないと言っていることに、
気づいていないことがある。
愛するとは、
変えないことなのかもしれない。
相手を、
今のままで、
いいと思うこと。
星の王子さまが、
一輪のバラを、大切にしていた。
そのバラは、
どこにでも咲いている、
ただのバラだった。
それでも、
水をやり、
風から守り、
話を聞いてやった時間の分だけ、
そのバラは、
王子さまにとって、
世界にただ一輪の、
バラになっていた。
でも、
それも、
まだ足りない気がする。
ただ変えないだけなら、
無関心とも、
見分けがつかない。
きっと、
愛するというのは、
もっと、能動的な、何かだ。
相手のために、
自分の時間を、差し出すこと。
相手のために、
自分の予定を、変えること。
相手のために、
自分が我慢することを、選ぶこと。
結婚は、
自分にとって、
大きな転機だった。
誰かと暮らすというのは、
誰かに、
甘えることだと思っていた。
けれど、
実際には、
逆だった。
隣に、
誰かがいることで、
初めて、
親に対する甘えから、
離れられた気がした。
⸻
変えてもらったわけではない。
ただ、
そこにいてくれたから、
自分で、
立てるようになったのかもしれない。
でも、
それをすればするほど、
「私は、これだけしてあげた」
という気持ちが、
顔を出すこともある。
与えることと、
見返りを、期待すること。
その境界線は、
思っているより、曖昧だ。
愛するとは、
何をすることなのか。
そばにいることか。
変えないことか。
与えることか。
自分を、変えてもらうことなく、
変わっていくことか。
もしかすると、
そのどれか一つではなく、
その全部を、
見返りを数えずに、
続けることなのかもしれない。
でも、
見返りを、まったく期待しない愛など、
本当に、あるのだろうか。
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