届かないメッセージは、私を優しく照らす 7
第6章 送れなかったメッセージ
秋の気配が少しずつ深まる頃、私は部屋の片づけを始めていた。
不思議なもので、人は心を整理したくなると、部屋も片づけたくなる。
引き出しの奥から、一台の古いスマートフォンが出てきた。
機種変更をしてから、何年も電源を入れていなかったものだ。
充電器につなぐと、懐かしい起動音が静かな部屋に響いた。
そこには、
もう見ることはないと思っていた日々が眠っていた。
旅行先で撮った何気ない写真。
友人との他愛ないやり取り。
そして、彼とのメッセージ。
私は、
少しだけ躊躇しながら、画面をスクロールしていった。
あの頃の私は、毎日が彼の言葉で彩られていた。
【今日は空がきれいですよ。】
【無理をしないでくださいね。】
【川野さんの文章、好きです。】
何度読み返しても、彼の言葉は優しかった。
どうしてあの時の私は、「愛されていないかもしれない」と思ってしまったのだろう。
どうして、「大切にされている」という事実より、「失うかもしれない」という不安のほうを信じてしまったのだろう。
画面を見つめているうちに、あるフォルダに目が止まった。
【下書き】
そこには、送信されることのなかったメッセージがいくつも残されていた。
【今日はね、本当は会いたかったんだよ。】
【ね、寂しいと言ったら、困らせてしまいますか?】
【私は、あなたのことが、とても大切なんです。】
【いつも大丈夫なふりをしてるけど、本当は会いたくてたまらないの。】
【本当は、もっと甘えたかったの。】
【私のこと、好きですか?私はあなたが好きなんです。】
ひとつ、またひとつと読み進めるたびに、涙が頬を伝っていった。
私は、こんなにもたくさんの言葉を、自分の中に閉じ込めて生きてきたのだ。
彼に伝えられなかった言葉たち。
誰にも見せることのなかった、本当の私の気持ち。
そして、
一番最後に保存されていたメッセージ。
【ありがとう。】
【あなたに出会えて、本当によかった。】
【もし、もう一度誰かを好きになる日が来たら、その時は『会いたい』と、ちゃんと言える私でいたいです。】
私は、思わず笑ってしまった。
「あの頃の私、ちゃんと分かっていたんだ。」
失った恋を取り戻したかったわけではない。
彼に謝ってほしかったわけでもない。
私がずっと許せなかったのは、「素直になれなかった自分」だったのだ。
恋をすると、相手の気持ちばかりを考えてしまう。
嫌われないように。
重たいと思われないように。
迷惑をかけないように。
けれど、
その優しさの中には、いつも自分自身がいなかった。
私は、自分の気持ちを後回しにすることで、
人を愛しているつもりになっていたのかもしれない。
でも、本当の愛は、
自分の気持ちを消してしまうことではない。
「私は、こう感じている。」
「私は、あなたに会いたい。」
「私は、あなたが大切。」
そんな当たり前の言葉を、相手に委ねることなのだ。
伝えた結果、相手がどう受け取るかは、私が決めることではない。
受け入れてくれるかもしれない。
離れていくかもしれない。
けれど、
それは相手の自由であって、私が自分の気持ちをなかったことにしていい理由にはならないのだ。
私は、長い間勘違いをしていた。
素直になることは、弱いことだと思っていた。
でも、
本当はその逆だった。
素直になることは、とても勇気のいることなのだ。
傷つくことを恐れず、自分の気持ちを大切にすること。
それは、
大人になった今だからこそ、身につけたい強さなのかもしれない。
私は、古いスマートフォンを胸に抱きしめた。
彼に送ることのできなかったメッセージたちは、もう届くことはない。
けれど、それでいいのだと思えた。
なぜなら、
その言葉たちは、何年もの時間をかけて、ようやく私自身に届いたのだから。
窓の外には、柔らかな秋の陽射しが差し込んでいた。
人生は、いつからでもやり直せる。
恋をやり直すのではない。
「自分の気持ちを大切にして生きる人生」を、これから始めればいい。
私は、ようやく最初の一歩を踏み出そうとしていた。
「会いたい。」
「ありがとう。」
「大好き。」
そんな何気ない言葉を、いつか自然に伝えられる自分になるために。
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