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届かないメッセージは、私を優しく照らす 9

第8章 小さな「本当」を伝える


人は、長い間できなかったことを、ある日突然できるようになるわけではない。

心の癖は、何年もかけて身についたものだから。

だから、
それを変えるのにも時間が必要なのだと思う。

私は、少しずつ練習を始めた。

自分の気持ちを、ちゃんと言葉にする練習を。

そう、

以前の私は、友人との約束でも相手に合わせることが多かった。

「どこでも大丈夫だよ。」
「みんなが食べたいものでいいよ。」
「私は何でもいいから。」

それが優しさだと思っていた。

けれど、ある日、
友人とランチをする約束をした時だった。

「真央、何食べたい?」

いつものように「何でもいいよ」と答えそうになって、私は少しだけ立ち止まった。

そして、大きく深呼吸をしてゆっくり口にした。

「実はね、前から気になっていたお店があるの。」

言った瞬間、胸が少しざわついた。

わがままだと思われないかな。

相手は本当は違うものが食べたいんじゃないかな。

昔の私なら、そんな不安ですぐに言葉を引っ込めていた。

でも友人は笑った。

「いいじゃない。行こうよ。」

たったそれだけの言葉だった。

なのに、胸の奥が温かくなった。

ああ。

私は今まで、相手が嫌がるかもしれない未来を想像して、自分の気持ちを消していたんだ。

相手は、私が思うほど、私の願いを迷惑だとは思っていなかった。

そして、
仕事でも、小さな変化があった。

以前なら、無理なスケジュールでも「大丈夫です」と引き受けていた。

頼られることが嬉しかったから。

必要とされていると思えたから。

でも、ある日、
編集の依頼を受けた時。

【すみません。その日程では、丁寧な仕事ができないと思います。】

私は初めて、断る言葉を口にした。

送信ボタンを押したあと、心臓が大きく鳴った。

嫌われたらどうしよう。

仕事が減ったらどうしよう。

そんな不安が押し寄せる。

けれど、返ってきた返信は思いがけないものだった。

【分かりました。では、少し余裕を持った日程に変更しましょう。】

私は画面を見ながら、ふっと笑った。

なぜ私は、ずっと怖がっていたのだろう。

自分の気持ちを伝えることは、誰かを傷つけることではなかった。

自分を大切にすることだった。


そんな日々の中で、
私は彼のことを考える時間も少しずつ変わっていった。

以前は、

「どうして連絡をくれないの?」

「どうして離れてしまったの?」

そんな問いばかりを繰り返していた。

でも今は違った。

「私は、ちゃんと気持ちを伝えられていたかな。」

そう考えるようになった。

彼を責めるのではなく、過去の自分を責めるのでもなく。

ただ、あの時の二人を静かに見つめられるようになっていた。

彼も不器用だった。

私も不器用だった。

二人とも、相手を大切に思っていた。

だからこそ、傷つけたくなくて、言葉を選びすぎた。

そして、選びすぎた言葉は、
いつしか何も伝えられない沈黙になった。

私は思った。

もし、もう一度誰かを好きになる日が来たら。

その時は、完璧な自分を見せるのではなく、ありのままの自分で向き合おう。

寂しい時は、寂しいと言う。

嬉しい時は、嬉しいと言う。

会いたい時は、会いたいと言う。

好きなら、好きと言う。

それは、相手に何かを求めるためではない。

自分の心に嘘をつかないためだ。


風が優しく吹いた。

秋の夕暮れ。

私は久しぶりに、彼にメッセージを書いた。

送るためではない。

ただ、自分の気持ちを整理するために。

画面に文字を打つ。

【元気ですか?】

そこから先の言葉は、なかなか続かなかった。

以前の私なら、ここで迷っていた。

どう思われるだろう。

迷惑かな。

今さら何を言うのだろう。

でも、
今の私は違った。

送るかどうかではなく、

『私は、何を伝えたいのか』

それを大切にしたかった。

私はゆっくり文字を打った。

【ありがとう】

その一言を書いた時、不思議と涙は出なかった。

胸の奥が、静かに温かくなった。

あの恋は、失敗ではなかった。

私に、自分の心と向き合うことを教えてくれた。

そして、
言葉の大切さを教えてくれた。

届かなかったメッセージは、もう後悔ではない。

これからの私を照らす、小さな灯りになっていた。



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