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夏の陽炎 1

第一部 揺れる車内

夏の伊豆道は、どこまでも眩しかった。

強い日差しがフロントガラスに反射し、ハンドルを握る山崎 雅也(やまさき まさや)の腕をじりじりと焼いていく。

山道はクネクネと続き、 深い緑のトンネルを抜けたかと思えば、突然、真っ青な海が視界いっぱいに広がる。

エアコンで冷やされた車内は、懐かしいJ-popが響いている。

ふと、歌詞の中の
🎵窓を開けて、風を感じた〜🎵
に、合わせて窓を開けると、熱せられた空気と共に、海の潮の香りがかすかに感じた。

助手席では、松下 光(まつした ひかる)が風に長い髪を揺らしていた。

窓の外を眺めて、窓から流れ込む風を楽しんでいるように見える。

光は、小さな声で歌を口ずさんでいた。

古い歌だった。

車内に響く音楽ではない。

若い頃、失恋した夜によく聴いていたあの曲。

「それ、懐かしいな。」

雅也は前を見たまま呟いた。

その声に、窓の外を見たままの光は少し笑っているのが、ドアミラー越しに見える。

髪をかきあげながら、こちらを振り向く可愛らしい笑顔。

奥二重だが、くっきりした瞳が、雅也を見ていた。

「うふふ、覚えてたんだ。」

「お前、昔からそればっか歌ってたからな。」

二人の視線はフロントガラスの先を見つめていた。

ふと、雅也はバックミラーを見ると、後部座席では、坂下 健吾(さかした けんご)が眠っている姿が見えた。

深くシートに沈み込み、 首を傾け、 規則正しい寝息を立てていた。

寝ている…、だろう。

昨夜、三人で飲み過ぎたせいだ。

本当は、

眠っているふりをしているのかもしれない。

でも、今はそうしている。

特に声をかけずに、雅也は前を向き直した。

その後、光もそっとバックミラーを覗き込む。

鏡越しに、運転している雅也の視線とぶつかる。

「あっ…。」

すぐに逸らした。

その一瞬だけで、 胸の奥がざわつく。

光は窓から外を眺めた。


三人は学生時代からの友人だった。

長い時間を共有し、 恋愛も仕事も、 お互いの人生を見てきた。

だからこそ厄介だった。

近すぎる距離。

壊したくない関係。

言葉にできない感情。

伊豆へ行こうと言い出したのは健吾だった。

「なー。最後に三人で旅行しようよ。」

酔った勢いみたいに笑っていたけれど、 光はその『最後』という言葉が、ずっと引っかかっていた。

カーブを曲がるたび、 助手席の光の肩が、雅也の腕に触れそうになる。

そのたびに、 何かを誤魔化すように、 光は歌を続けた。

「もう少し行けば、…波の音、聞こえるかな。」

窓の外を見ながら、光が呟く。

雅也は少しだけアクセルを緩めた。

「もう少し下れば海だよ。そうだな。波の音が聞こえるかもな。」

真っ直ぐ前を見つめる、その声は優しかった。

昔からそうだった。

雅也はいつも、 誰より静かで、 誰より優しかった。

だから光は、 ずっと困っていた。

好きになってはいけない人を、 好きになってしまったことに。


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