届かないメッセージは、私を優しく照らす 11
第10章 もう一度、春を迎える
朝の光で目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む陽射しが、部屋の中を柔らかく照らしている。
以前の私は、朝起きるたびにスマートフォンを確認していた。
彼からの連絡が来ていないか。
何か変化がないか。
小さな期待と不安を抱えながら、一日を始めていた。
でも今は違う。
目覚めて最初に感じるのは、
『今日も一日が始まる』
という静かな喜びだった。
人生は、不思議だ。
失ったと思っていたものの向こう側に、まだたくさんの景色が広がっているのに気づけるのだから。
送ったメッセージへの彼からの返信は、すぐには来なかった。
以前の私なら、その時間に耐えられなかったかもしれない。
何度も画面を見て、
『どう思ったかな?』
『迷惑だったかな?』
そんな不安に飲み込まれていたと思う。
でも今は、違う。
私は、もう知っている。
自分の気持ちを伝えることと、相手の答えを求めることは違うのだと。
愛することは、相手を自分の望む未来へ連れてくることではない。
その人の幸せを願いながら、自分の人生も大切に歩くことなのだ。
だから、
返信はあってもなくてもどちらでもよいと思えるようになっていた。
私が心に従った。
それだけのこと。
春が近づいていた。
街を歩くと、小さな花が咲き始めていた。
以前なら、季節の変化に気づく余裕などなかったかもしれない。
心の中が、過去への思いでいっぱいだったから。
でも今は違う。
新しく出会う景色を、ちゃんと受け取れるようになっていた。
お気に入りのカフェでコーヒーを飲む。
読みたかった本を開く。
久しぶりに友人と笑う。
小さな幸せは、ずっとそこにあった。
ただ、私が気づけなかっただけだった。
ある日、久しぶりに彼からメッセージが届いた。
画面を見ると、胸が少しだけ震えた。
でも、昔のような苦しさはなかった。
そこには、短いけれど温かい言葉が並んでいた。
【メッセージありがとう。】
【読んでいて、いろいろ思い出しました。】
【一緒に過ごした時間は、僕にとっても大切なものです。】
【川野真央さんが幸せでいることを願っています。】
私は、その文章を何度も読み返した。
涙は出なかった。
寂しさもなかった。
ただ、
心の奥から自然に言葉が出た。
「ありがとう。」
それだけだった。
昔の私なら、ここから先を求めていただろう。
もう一度会いたい。
もう一度やり直したい。
そんな願いを抱いたかもしれない。
でも今の私は分かっていた。
愛した時間が本物だったなら、それは形が変わっても消えない。
恋人でなくなったとしても、
出会えた意味まで失うわけではない。と。
春の日差しの中、私は新しいノートを開いた。
お気に入りの文具店で見つけたノート。
小さなハートがたくさんん書いてあるかわいいノート。
そこに、これから書いていきたいことを書き始める。
まだ知らない未来。
まだ出会っていない人。
これから経験する、たくさんの出来事。
昔の私は、失うことばかりを恐れていた。
でも今は思う。
失うことがあるから、新しく出会えるものもある。
終わりは、すべての終わりではない。
次の始まりを迎えるための、ひとつの節目なのだ。
私はもう、過去の恋にしがみついてはいない。
でも、忘れようともしていない。
あの恋をした私。
誰かを大切に思った私。
傷つくことを恐れながらも、誰かを愛して震えてしまった私。
全部、私の大切な一部だから。
窓を開けると、春の風が部屋に入ってきた。
柔らかな風が、髪を揺らす。
私は空を見上げた。
思い出す。
あの日、彼が送ってくれた夕焼けの空を。
そして今日の空。
どちらも美しかった。
幸せだった時間だけが、人生の宝物ではない。
苦しかった時間も。
迷った時間も。
立ち止まった時間も。
すべてが、今の私を作っている。
だから私は思う。
人生は、何度でもやり直せる。
恋も。
夢も。
自分自身も。
何歳になっても、人は新しい春を迎えることができる。
そして、もう一度誰かを好きになることもできる。
今度は、我慢する恋ではなく。
自分を失わない恋を。
「ありがとう。」
過去のあなたへ。
そして、過去の私へ。
私は今日も、未来へ向かって歩いていく。
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