夏の陽炎 2
第二部 海の見える宿
ある意味新鮮な下田の宿は、海沿いにある小さな旅館だった。
車から降りた三人は、一緒にグッと背伸びをした。
「雅也、ありがとう。
着いたねー。」
長い髪をかきあげながら光が雅也を見つめた。
「ふぁー。thank youな、雅也。」
大きなあくびをしながら、健吾が荷物を運び始める。
「ああ、着いたな。」
大きく伸びをして、雅也は空を眺めて、『今年の夏も、いつもと同じ』声には出さないけれど、心の中でつぶやいた。
「おーい、荷物これで全部だよな。」
健吾がエントランスから呼んでいる。
光と、雅也は視線を合わせて、
「うん、それで終わりだな。」
「ありがとう。」
健吾の元に歩き出した。
部屋の窓を開けると、 潮風が一気に流れ込んでくる。
遠くで波の音が響いていた。
青い空と青い海が目の前に広がっている。
「すごーい。いい部屋じゃん。」
ニコニコ笑顔の健吾が先に冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。
雅也は荷物を隅に置き、 黙って窓の外を見ていた。
光は二人の背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
昔からそうだった。
健吾は太陽みたいな男だ。
明るくて、 人懐っこくて、 その場を盛り上げることに長けている。
対照的に雅也は、 必要以上に喋らない。
でも、 本当に苦しい時は、 いつも雅也が隣にいた。
健吾の笑顔を探しながら。
窓の外、
少しずつ深い紫色に変わっていく海。
茜空が少しずつ暗闇に溶けていく。
熱せられた風が和らいでくいる。
「ね、暗くなってきたし、お腹すいたよー。」
光は目をくるくる見開いて、二人に問いかけた。
「そうだなー。なんか、地元の魚でも食べようか。」
スマホから視線を上げた健吾が、窓の外を見る。
雅也は部屋の隅でゴロンと横になっていた。
「うん、食べにいくかな?腹減ったし。」
大きく伸びをしながら答えた。
「地元のお魚楽しみー。」
笑顔の光を見て、二人は大きくうなづいた。
三人で海沿いの居酒屋へ行った。
「ビール三つと、あと、刺身盛り合わせ、とー。枝豆。」
健吾が座りながら注文を始める。
せっかちな奴だなって思うけれど、彼らしいと、二人は顔を見合わせた。
新鮮な刺身とビールが止まらない。
「うまい。」
「美味しいね。」
「ああ。そうだな。」
刺身をつつきながら、 昔話をはじめた。
「学生時代ってさ、光って、モテてたよな。」
健吾が目を細めて笑う。
「やめてよ。そんなことないし。」
「いや本当。大学の時、男みんな狙ってたって。」
光は苦笑しながら、 グラスを口元へ運ぶ。
「なに、急に。そんなことなかったし。彼氏できなかったの知ってるじゃん。」
「だけら、不思議だったんだよ。」
ぐいっと健吾がビールを飲み切った。
その時。
雅也がぽつりと言った。
「今も綺麗だよ。」
空気が止まる。
健吾が驚いた顔をする。
光は言葉を失った。
雅也自身も、 言ったあとで後悔したように視線を落とした。
三人、視線をテーブルに落とした数分間。
永遠に感じた数分間。
店の外では、 夏の夜の波音が響いている。
光の胸が、 静かに熱を帯び始めていた。
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