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届かないメッセージは、私を優しく照らす 3

第2章 心がほどけていく時間


【おはようございます。今日はいい天気ですね。】

彼からのメッセージは、いつもそんな何気ない言葉から始まった。

仕事の確認や原稿のやり取りだけではなく、
季節のこと、
美味しかったコーヒーの話、
最近読んだ本の感想。などが、

どれも急ぎの用件ではないけれど、

忙しい毎日の中に、

小さな灯りをともしてくれるような言葉ばかりだった。

気がつけば、私は彼からのメッセージを待つようになっていた。

スマートフォンの通知が鳴るたびに、少しだけ胸が弾んでいる。

そんな自分に気づいて、「まさかね」と笑ってしまった。

三十代も半ばを過ぎると、恋は若い頃のように勢いだけでは始められない。

これまで積み重ねてきた経験が、知らず知らずのうちに自分を守ろうとする。

傷つくことも、誰かを傷つけてしまうことも知っている。

だからこそ、大人の恋は慎重だ。

彼のことをもっと知りたいと思う一方で、
心のどこかで一歩引いている自分がいた。

『また、人を好きになれるの?』

鏡の前で身支度をしながら、自分に問いかける。

恋をすると、

自分の機嫌が相手の言葉ひとつで変わってしまう。

会いたいと思う日もあれば、
会えないことに寂しさを感じる日もある。

そんな自分になることが、
少しだけ怖かった。


ある日の夕方、彼から一枚の写真が送られてきた。

きれいな夕暮れの空だった。

オレンジ色に染まった雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。

【今日の空です。川野さんが好きそうだと思って】

たったそれだけのメッセージ。

私は写真を見ながら、思わず微笑んだ。

好きなものを覚えていてくれること。

ふと思い出してくれること。

それは、大人になった今だからこそ、何より嬉しいことなのかもしれない。

若い頃は、「好き」という言葉を求めていた。

けれど今は、「あなたを思い出しました」というささやかな気遣いのほうが、ずっと心に響く。

【ありがとう。とてもきれいですね。】

そう返信しながら、私は少しだけ胸が熱くなるのを感じていた。

恋とは、特別な出来事の積み重ねではないのだと思う。

【今日は疲れていませんか?】

【ちゃんとご飯を食べていますか?】

【この本、川野さんが好きそうですよ。】

そんな何気ない言葉たちが、少しずつ人の心をほどいていく。

彼とあの日出会ってから、
私は自分に優しくなれていることに気づき始めていた。

忙しい日は、無理をせず休むこと。

好きな花を部屋に飾ること。

仕事帰りに、お気に入りのカフェに立ち寄ること。

自分を大切にすることは、誰かを大切に思うことと、どこか似ているのかもしれない。

彼は私を変えようとはしなかった。

「もっとこうしたほうがいい」と言うこともなければ、「こうあるべきだ」と求めることもない。

ただ、そこにいてくれた。

そして、「そのままの川野さんでいいんですよ」と、言葉ではなく態度で伝えてくれていた。

人は、自分らしくいられる場所を見つけると、少しずつ素直になれる。

恋をするということは、
誰かのものになることではなく、
自分らしく笑える時間が増えていくことなのかもしれない。

窓辺に飾った小さなガーベラが、春の陽射しを受けて揺れている。

そう、
揺れて見える。

私はコーヒーを飲みながら、彼とのメッセージを読み返していた。

まだ、この気持ちに名前はつけなくていい。

焦って答えを出さなくてもいい。

大人の恋は、ゆっくりと育っていけばいいのだから。

あの日の私は、ようやく誰かを好きになることを、自分に許し始めていた。

けれど、その優しい時間の中で、私はまだ気づいていなかった。

人は、大切に思う人だからこそ、すれ違ってしまうことがあるということを。

そして、
そのすれ違いが、言葉の重さを教えてくれる日が来ることを。



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