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映像と音の新たな設計:オリベル・ラシェ監督『SIRAT シラート』(2025/スペイン・フランス)

カンディング・レイのテクノが、「映画音楽」なんて枠を超えて、映画と一体化している。

音響監督:ライア・カサノバスの音響設計の妙という部分も大きい。

そのタッグによって、他に類をみない音楽と映像が一体化した作品になっていた。


「音楽的な映画」というと、ニーノ・ロータが音楽を担当した諸作や、ヘンリー・マンシーニの『ひまわり』とか、音楽の旋律と映像とが奇跡的な融合を果たしたものを想像する。
でも、音楽というのは、その旋律というのは、映像に大きな力を与えることもあると同時に、映像の力を奪ってしまう(映像を喰ってしまう)場合も多い。まさに、薬にもなるけれど、毒にもなるというか。

そういう意味で、カンディング・レイのテクノ(レイヴ)ミュージックは、リズムと反復。いわゆる旋律ではないから、映像を殺すことなく一体化していく。

こんな映像と音楽の結合、今までなかったんじゃないだろうか?


わたしはレイヴ・カルチャーに詳しくないので、
パンフレットもとても参考になった。

この映画は、どう読んでもいいような作りになっているのだけれど、
この映画を、極めて現実的に読み解こうとすると、パンフレットの三田格さんの指摘(「さまよえるミュージック・トラベラーズ」)のようになるのだと、勉強になった。

また、もうちょっと広い「抵抗の音楽/共同体」的な見方として、宇川直宏さんの評(「帰還不能なレイヴ巡礼者の為の「シラート」講座」)も勉強になった。


わたし個人としては、登場人物に障害者が多いのがとても気になった。
三田格さんの指摘によると、【1980年代後半にイギリスで拡大したレイヴ・カルチャーはこうした富裕層の文化が様々なファッショニスタとして枝分かれしながら一般に浸透し、ドレスコードを理由にナイトクラビングのブームから締め出された労働者や移民二世のカウンター・ムーブメントと結びつくことによって巨大な坩堝と化し、レアなサブカル空間へと膨張したものである。ビートルズやセックス・ピストルズ、オアシスやレディオヘッドといったイギリスの不良バンドが少なからず労働党政権と結びついていたのに対し、無数のDJやサウンドシステムによって狂乱が導かれたレイヴ・カルチャーは保守党政権下で中産階級を呑み込んで爆発的な成長を遂げ、初期には移民たちのパーティばかりを狙い撃ちしていた警察が総入れ替えを余儀なくされるほど大きな対抗文化へと発展していったものの、90年代後半には再びミドル以上とアンダークラスに分離し、様々な立場や階級の人々に共有されたオルタナティヴ空間の輝きもそこまでとなる。服装に惑わされやすいけれど、『シラート』で描かれるレイヴ・トラヴェラーの多くはフェリーでトラックごと地中海を渡ることができるミドル以上であり、かつてのジェットセット族同様、彼らも遠慮なくリゾート地に踏み込み、大規模な照明機材を設置するほど好き勝手に砂漠をカスタマイズしていく。】(「さまよえるミュージック・トラベラーズ」より)とのこと。

この映画を「リアリズム」的に観た場合には、この映画でレイヴに集っている人たちは、中産階級以上、平たく言ってしまえば「お金持ち」ということになる。

もちろん、リアリズムではなく捉えることもできるから、このレイヴに集っているのを、底辺の人たちみたいに解釈することだってできる。

少なくとも、「障害」みたいな部分だけで言えば、そうとも取れるのであり。

ただ、白眉なのは、それを「弱者」とか「かわいそうな人たち」というニュアンスではなく、フラットに描いている。いや、フラット以上かな。

例えば、クリストフ・シュリンゲンジーフ監督(寺山修司なども)が、障害などを、「個性の武器」として扱ったのに似ている。

その凄みにも、圧倒された。

だから、わたしは、どちらかと言えば、リアリズムではなくて、より抽象的な意味で、砂漠に集まった人くらいに観ていた。


また、物語も、「娘探し」が展開していくのかと思いきや、
どんどん逸脱していく。

そして突然、、、、

その辺は、ヤンチョー・ミクローシュ『赤と白』でも感じた、人生の不条理。
「物語」になんてならない、生の無軌道性について。

ラストシーンを見ながら、
①「戦争って、こういう不条理そのものだよね」と思いながら、同時に、
②「いや、平和に見える日常を送っていても、人生とは同様に突然物語から逸脱するもの、不条理なもの」とも思っていた。

わたしは事故にあってから、心底そう思う。

この映画は、世界の比喩であり、人生の比喩でもある。


音楽と映像の新たな可能性としても、とんでもなく衝撃的だったし、
関連して、音響設計のすべても、とんでもない作品だった。

そして、「物語/非物語」としても、とてもとても、身につまされたのでした。

監督は、「パンフレット」のコメントに【私たちが『シラート』を通して伝えたいもの、それは闇から浮かび上がる光です。】とのこと。

これは、「それでも」希望の物語なのだと。

あ~~~、いざ生きめやも。

スゴい作品を、ありがとうございました。


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