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今も続く地蔵信仰

 稲城市矢野口、小字塚戸の地蔵様の寄り合いに参加しました。そこで古い奉納額を眺めていると、思いがけず「榎本民蔵」という名前を発見しました。私の「民夫」という名前にもつながる大叔父です。日露戦争の時代を生きた人物で、その名が今も地域の地蔵堂に残されていたことに驚きました。


この地蔵尊は正徳3年(1713年)に建立されたと伝えられ、かつて矢野口の渡船場から続く道と川崎街道が交わる交通の要所にありました。昭和3年には道路拡幅のため現在地へ移され、銀杏の木も一緒に移植されています。

何百年もの地域の歴史の中に、自分の家族の名前が刻まれている。古い地蔵様を守り続けてきた地域の人々の営みと、自分の家の歴史が一本につながったような、不思議な感慨を覚えました。

なお「日露戦争の攘夷軍事」は、おそらく「日露戦争の従軍者」や「日露戦争に従軍した軍人」という意味でしょうか。そこが分かれば、歴史的に自然な表現に整えられます。

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