芋出し画像

ゞャングルず海〜2001タむ採集玀行日目、バンコックにお

チャトチャ・マヌケット


早朝、荷物を車の屋根に瞛り぀けお出発。朝日が茝いおいる。お手䌝いをしおくれた珟地のご倫婊が合掌する。われわれも合掌しお別れを告げる。このタむ人の挚拶の習慣は印象的である。こずに女性の合掌の姿は矎しい。車が動きだす。ひょうきんなラヌチンさんは出発の時はい぀もカヌステレオで音楜を鳎らし、気分を盛り䞊げおくれるのだった。

最初は驚きだった車窓から芋るタむの町䞊みや車の䜇たいも、だんだん慣れお圓たり前のものになっおきた。それでも、遠くに氎牛を䜿っお耕しおいる颚景に出䌚ったり、遠くに゚キゟチックな圢の寺院の屋根が芋えたりするず、嬉しくお぀いカメラを構えおしたう。

今回、タむの仏教寺院や遺跡などずは無瞁の旅だったが、ゞャングルの民家で、道々の家屋で、プラプヌムず呌ばれるミニチュア寺院のようなものが庭先に立っおいるのを芋かけた、䞀皮の粟霊信仰らしいが、そこにはお米や花が添えられおいるのだった。

持参した48ペヌゞの小型スケッチブックは、描くこずが倚すぎお、あず数枚を残すのみずなり、フィルムも予定の枚数をはるかにオヌバヌしお、400枚を軜く超えた。S氏がたっぷり䜙分なフィルムを持っおきおいたので、オレはそれをごっそり譲っおもらったのだ。

ドラむブむンで朝食。ずいっおもこれがタむヌヌドルの店で、屋台のノリなのである。ビヌフン米粉の麺だ。店先にガラスのショヌケヌスがあっお、そこに玠材が䞊んでいる。泚文するず具のかたがこや野菜などの材料を䞞いたな板で切り始め、寞胎鍋で麺ずずもに湯がく。それをどんぶりに入れスヌプをかけお出来䞊がり。

奥の厚房ではなく、これを店先で挔じるのだ。卓䞊には぀の調味料が登堎し、これを各自奜みで入れお行く。ナムプラプリック、也燥䞀味トりガラシ、ビネガヌの䞀皮、それに癜砂糖。パクチむやニンニクの揚げたものが茉っおいお、タむレモンの酞味がきいた味。麺のしこしこ感は日本人奜みだ。

皆は杯目をお代りしはじめた。オレは眮いおあるタむの新聞を眺める。タむ語の文字組やフォントの皮類に興味が湧いたのだ。

緑地の向こうから高局ビルが近付いおきた。

屋台の湯気の向こうに高局ビル。バンコックぱキサむティングな街だ

ふたたびバンコックぞ入る。喧噪の街ぞず車が入り蟌む。ラヌチンさんは昔カヌレヌスを趣味でやっおいただけあっお、スピヌドを出しおいおも恐さをそれほど感じない。枋滞に巻き蟌たれるず、前の車のナンバヌを読み取り

「ヘむ、231番 おたえはいったいどっちぞ行こうずしおるんだ」

などど叫び぀぀、クむッずハンドルを切っお抜き去り、

「よヌし、お次は572番、しゅしゅしゅしゅっ、今床はお前の番だ」

などずギャグを飛ばしながら車を走らせるのだった。

初日ずおなじホテルに着いた。無事垰り付いたこずにホッずするが、熱射ず排気ガスず隒音の街に降り立っお目眩も感じる。荷物を眮いお、ラヌチンさんず枡蟺の案内で、いざ土産物の買い出しだ

ケンの薊めでチャトチャず呌ばれる倧圢芳光マヌケットぞ。新しくできたばかりの高架電車に乗っお行く。

チャトチャの食堂で焌豚ラむスを食べる

チャトチャは以前は土日のみの定期垂だったらしいが、今は芳光客にも知られ、連日賑わう堎所らしい。たるで日本のアメ暪のような雰囲気だった。ちょうど昌時だったので、入り口近くの飯屋で昌食をずる。

ブタ肉のチャヌシュヌを刻んだものず高菜の挬け物のようなものや銙菜がたっぷりラむスに乗っおいるランチ、これが25バヌツ日本円で玄75円だ。

それにしおも暑い 呚りはバラックのような簡易テントのような建物の䞭に、小さな店がびっしりひしめき合い、冷房はなし。売り子も暑かろうず思うが、圌らは店の䞭に小さな扇颚機を眮いただけでにこにこしながら仕事をこなしおいる。

食埌はラヌチンさんず別行動になっお歩く。たずはTシャツなどを物色する。枚バヌツくらいから買える。嚘たちのお土産に服をいく぀か買い蟌んだ。

それぞれ自由行動ずいうこずで、手に分かれ、オレはケンずタッちゃんのあずに぀いお行く。途䞭途䞭に屋台が出おいお、ココダシにストロヌを差したゞュヌスを売っおいるのを芋぀けた。これを前から飲んでみたかったのだ。

ダシの実ゞュヌスず癜砂糖


衚面の殻を焌いおあり、その䞀郚を道具で割っお、そこにストロヌを差しおくれる。正真正銘、暹の実のナチュラルゞュヌスだ。

「期埅するほどのもんじゃないぜ」ずケンは蚀っおいたが、オレには非垞に矎味しく感じられた。ほんのり日本の竹を思い出させるような、爜やかな甘さだった。

ドリアンも、マンゎスチンも、バナナも、皆同じような皋床の甘味を感じた。しかし、このような倩然の果物が豊富でありながらタむに限らず暑い地方では砂糖たっぷりにスキムミルクを入れたどろどろの極甘コヌヒヌなどを飲む人が倚いのはなぜだろう 菓子類も極甘のが倚いのだ。果物より砂糖の方が安䟡で手っ取り早いからなのだろうか。

「甘味」は陰性であっお身䜓を冷やす䜜甚を持぀。「蟛味」もたた陰性であり熱垯の人々が果物や蟛い料理を奜むのは理に適っおいる。倩䞎の産物であり食の知恵ずいえるだろう。

だが人工的な癜砂糖は舌を刺激するだけの甘味の塊で、カロリヌはあっおも倩然の果物やスパむス・ハヌブのような栄逊玠は含たれおいない。しかも「極陰性」の食べ物だ。

䞖界的な自然食・マクロビオティックの祖、桜沢劂䞀の著曞には、アフリカの珟地人が難病で苊しむのを、砂糖を止めさせるこずで治しお行く蚘述がある。桜沢特有のカタカナの倚い文章だが抜き曞きしおみよう。

  ある日、私はオゎノェ河の岞でゞャングルのハズレにある䞀぀の小屋の前を通りたした。その時はその小屋の前に座っおいた半身䞍随の老いたラむ者によびずめられたした。圌は幎も前からDr.シュノァむツェル筆者泚アフリカで黒人の医療䌝道に埓事しノヌベル平和賞を受けるを助けお働いおいた土人です。幎前からラむになり、入院患者の䞀人になっおしたったのです。

 ──先生、いったいなぜこんなに病人が増えるのですか こずにラむが モヌ倧先生 le grand docteur が治療を始めおから40幎にもなるのに、病人は増えるばかりです。それに治療をうけたモノでも、たた病気になるのです。  私の幌い頃にはコンナニ病人はいたせんでした。  

 ドヌシタラわれわれは助かるのでしょう。ナれわれわれはコンナニ苊したなくおはならないのですか 神様なんおいないんですか 

 ──こんなに病人が増えおきたのはココ30幎でしょう

 ──その通りです。20幎か30幎のコトです。

 ──こんなになったのは、砂糖やチョコレヌトや、コンデンスミルクが茞入され、ミナが゜レを奜んで、ずりだしおからでしょう

 ──たったく゜ヌです。

 ──実を蚀うず、砂糖が君たちの皮族を滅がす最倧の敵なんだ。癜人は肉食者で含氎炭玠をわれわれのようにタクサンずらないので砂糖の害をタクサンはうけないけれど、君たちの䞻食、米や、マむスや、マニオクはミナわれわれのカラダの䞭で糖分になるのです。

君たちは日にキロ以䞊もマニオクを食べるでしょう。それは糖分の最倧限ギリギリなんです。そのうえ化孊的な癜い砂糖を食べたらモヌおしたいです。癜砂糖は米やマニオクの柱粉ずたったくちがっお、カラダに必芁な無機塩類、鉱物質や、ビタミンや、蛋癜や、脂肪を少しももっおいない。

癜砂糖はわれわれの血液を酞性にするし、そしおわれわれの抵抗力を䜎䞋させるばかりか、そのうえ結栞やその他の病因コトニ、アノむリナヌれ──腞内でビタミンB1を食い぀ぶしおしたうものを繁殖させ、匷力にする。

砂糖ず塩をここにおいおごらんなさい。アリや虫やむロむロな现菌は砂糖に匕き぀けられるが、塩にはよっおこない。゜レず同じコトがカラダの䞭でも起こる。それに、われわれは汗や、小氎で塩を毎日倱いたす。君も塩が虫や现菌を殺すコトは知っおいるでしょう。塩はわれわれのカラダに倧倉必芁なものです。゜レはビタミンより倧切なモノです。

君の病気だっお砂糖を党廃しないかぎりケッシテ治らないのです。君は他のアフリカ人ずちがっお、早くからサトヌをフンダンに甚い、コヌヒヌや茶に砂糖を入れ、チョコレヌトやボンボンをたべる癜人の生掻になれおいたでしょう。それがこの䞡足の病気のモトなんだ。  

私の即興的な説明がペクわかったかドヌカ、圌はすぐサトヌを党廃し、氎分を極床にぞらすコトを玄束したした。そしお次のような話をきかしおくれたした。

 ──先生の話で思い圓たるフシがありたす。ココから少し川䞊の倧きな湖のホトリに䜏んでいる黒人の䞀皮でラむになるモノがほずんどいないのがありたす。圌らはサトヌをたべないし、塩を非垞にタクサン甚いるのです。  

桜沢劂䞀『東掋医孊の哲孊』日本CI協䌚1973 

桜沢の陰陜理論によれば、砂糖のずりすぎによる陰性の病気は数倚い。食品添加物なども極陰性だが、珟代の成人病のほずんどが陰性過倚の病気ずいっおよいだろう。桜沢は食事指導だけで、むンド、日本、アフリカで数癟人のラむ患者を治した経隓があるずいう。

チャトチャの真実


ケンずタッちゃんの埌を付いお行くうちに、ここがずんでもないマヌケットであるこずに気付いた。その広倧さもさるこずながら、ペットショップ・動物売りのコヌナヌがあり、犬からリスから小鳥から魚から、はたたたトカゲやヘビたで売っおいるのである。

売り子がニシキヘビをショりケヌスから出しおお客に觊らせたりしおいるのだ。枡蟺たちは前にも来おいるらしく、その暗がりを飄々ず歩いおいく。うヌっサ゜リたで売っおいたぞ。

熱垯魚のコヌナヌも豪華絢爛だ。鉢の䞭に氎草が入っおいお、䞭にグッピヌみたいな極圩色の魚が日本の金魚のようにあたりたえに泳いでる。そうかここはタむなんだ こんな飌いかたにも南の異囜を感じるのであった。

熱気ず人ごみず、わけの分からない臭いずでクラクラしながら、いったん明るい倖ぞ出るず、屋台ずいうかもっず小さな芏暡なので、倩秀担ぎで移動しおいる行商のようなものでおばさんがコオロギやバッタやカむコのさなぎやタガメを売っおいる。

昆虫食専門の屋台。ここでタガメをゲット

油で揚げたようなのから、茹でたようなものたで、おらおらず赀くバッタの腹郚が光っおいる。虫が嫌いな人ならいっずきたりずも正芖できない光景だろう。写真を撮らせおもらっおいるず、若いタむ人女性がやっおきお、カむコのさなぎを買っおいった。圌女にずっおはスナック菓子のような感芚なのか 

オレも思いきっおタガメの空揚げを買っお食べおみるこずにした。1匹5バヌツ、日本円で15円だった。おばさんが矜をむしり、胎を半分に切っおくれ、卵の入っおいるお尻の方から食べろずいう。ずころがこれが、意倖にもむケルのである。海岞で食べたカブトガニの卵の味によく䌌おいるのだ。

腕の぀いた胎のほうは、カニのような旚味がある。カメムシの仲間なので、ぞっずするような臭いでもあるかず思ったのだが。

かなり怪しい雰囲気のペット売り堎。女性客も倚い

骚董や象の柄の織物や、銀の现工物、朚圫りの人圢など、觊手が動いたが結局買わずじたいであった。集合時間ずなったので埅ち合わせの駅にもどる。

路䞊はものすごく暑い。通りには盞倉わらずゎヌッず音をたおお車が行き亀っおいる。S氏ずTさんは骚董などの倧物を買った様子である。垰りの高架電車の窓からチャトチャの党貌が芋えた。小さな長屋根が海のように広がり波打っおいる。思っおいたよりはるかに広倧だ。ああ、迷わなくおペカッタ ず思った。

ホテルに戻り、小䌑止。情けない話だが、珟代日本に生たれたダワなわれわれには、アメリカンタむプのホテルは安䜏の地である。

「いやヌっ、お湯だよ、お湯だよ、倧内さん、いいっすねぇヌ颚呂っおえヌ」

同宀のタッちゃんが济宀ではしゃいでいる。そういえば熱い湯舟に浞かるのは䜕日ぶりになるだろう。でもオレは日蚘の敎理に忙しいのだ。たったく曞くネタには困らないよ、ここは  。

その埌倕刻たで時間が䜙ったのでオレはひずりタクシヌで垂内の寺院か矎術通を芋に行こうかず思ったが、䞇䞀のトラブルで皆に迷惑をかけるのを恐れ、近所のデパヌトの本屋ぞ行ったりした。オレには最初の海倖旅行でパスポヌトをすられた苊い経隓があるのだ。

途䞭に花屋で足を止め、タッちゃんの解説を聎く。タッちゃんは花だけでなく、氎性怍物や埮生物のこずなど、ずきにハッずするような専門知識を話すこずがあっお驚かされる。タッちゃんが英語をすらすら話せたら、チャラン先生ずもっず高床な䌚話や議論ができさぞかし面癜かったろうず思う。

近くのコンビニでむンスタントのタむヌヌドルやお菓子も買っおみた。これは軜くお安くお喜ばれるお土産なので、ケンたちの土産物の定番だずいう。タッちゃんもケンもしこたた買い蟌んでいる。S氏はホテル近くの骚董屋で叀い壷を買っおきた。倀切ったずいい぀぀も結構な倀段である。皆にブツを芋せおいるうちに

「こういうのは䞀番たがいものが倚いらしいよ」

「ダバむよ、ちょっず軜すぎるよこれ」

「最近、プラスチックの敎圢技術が発達しおるらしいからナヌ」

などず、さんざんなこずを蚀われおいるのだった。

最埌の宎

いよいよ倜の宎䌚に出発。タむ最埌の倜だ。ラヌチンさんずチャラン先生が遞んだのは、ホテルから歩いお10分くらいのシヌフヌドレストラン。西掋で蚀えばビストロ、日本の倧衆レストラン、ずいった颚情だ。メニュヌはすべおタむ語。ラヌチンさんずチャラン先生にお願いし、泚文しおもらう。

也杯の前にラヌチンさんの挚拶があり、

「今回の旅を皆が楜しんでくれた様子で本圓に嬉しい。たたい぀でもタむに来たずきは案内するから」ず蚀っおくれお、感動しおしたった。

オレは、次々ずやっおくるたたたた新たなタむのシヌフヌドの深さに驚き぀぀も、ラヌチンさんにちょっずはたずもな英語で感謝の気持ちを衚珟しなければ、ず思い、

「われわれ䞀行、最幎長の65歳のTさんをはじめ、みなスタミナを枩存しお旅を終えるこずができたのも、ラヌチンさんの手料理や、チャラン先生の優れたコヌディネヌトのおかげです。運転もすばらしかった。本圓に幞犏な時間だった。ありがずう」

ず蚀ったのだが、通じたかどうかは分からない。ずにかく、カタコトでも蚀わずにはおれないほど、このお二方がこたやかな配慮をしおくれたのを感じおいたのである。

日本のアカメのようなブラッカポム。癜身で矎味

Tさんは肉は苊手で魚が奜き、ずいうので今回の旅はずくに食事が矎味しく食べられたそうだ。南の旅は䞋痢に芋舞われたりするこずが倚いらしいがオレはぜんぜん平気だったし、食欲も萜ちず毎床タむの食の深さの䞀端に觊れお本圓に感動させられた。

このレストランも内装や食噚などは決しおいいものではないが、料理はすばらしかった。海苔のような海草の入ったスヌプ、空芯菜の炒めもの、ブラッカポムの蒞し物も実に鮮やかな味だった。そしお晩逐の極め぀きは牡蠣だった。それも生牡蠣だ。

日本でも、新期で、網走で、䞹埌半島で、倏の牡蠣を食べたこずがあるが、タむで生牡蠣に出䌚うずは倢にも思わなかった。殻のたた出され、自分たちで貝柱を切っお殻を開け、そこに、揚げたニンニク少々ず、マメ科の葉っぱのハヌブをちぎり、タむレモンを絞っお、長さcm幅cmはあろうかずいうぷりぷりず膚らんだ䞭身を䞀気にほおばるのだ。

「  ん  」

ずオレが声にもならない声を発し

「くぅヌっっっっ なんおミルキヌで芳醇な味なんだっ」ずケンが叫ぶ。

牡蠣の味わいに加えお薬味がすばらしい。チャラン先生はそのネムノキの萎んだような葉っぱのハヌブを指で぀たんでみせ、

「このハヌブは牡蠣の旚さを匕き出しおくれるのだ」ず蚀っおいる。

朚の新芜を摘んだものか ちょっず苊いような舌に匕っ掛かるような味だが、生牡蠣ずの盞性はたしかに絶劙だ。人数分ずったのだが、他のみんなは生食を恐れお遠慮しおいるので、オレずケンずで個づ぀ペロリず平らげおしたった。揚げニンニクのしゃりしゃり感、タむレモンの酞味、そしおハヌブの苊味  。

しかし本来タむのシヌフヌドの旬は秋だずいう。「いやぁいい店に圓たったねえ」ずケンに蚀ったら

「阿呆 こんな店はバンコックにいくらでもあるのだ」ず怒られおしたった。

いやたったくタむ料理恐るべしなのである。

満腹で倖に出る。ホテルたでの垰り道ラヌチンさんはたたしおも「ヘヌむTS」「S 調子はどうだ」などず叫んでる。オレは「ティングリヌ」や「ぜぜぜぜぜぜぜぜぜ」が出ないかなず期埅しながら埌を぀いおいく。ホテルに戻り、ラりンゞでコヌヒヌを飲みながら、皆で蚘念写真を撮ったりする。

いよいよ明日は垰囜。郚屋に戻り、ビヌルの栓を抜いおタバコをくゆらしおいるずこの旅でオレはふだん吞わないタバコを再開するこずずなった、同宀のタッちゃんが今回の感動をず぀ず぀ず語り始める。隣郚屋のS、T䞡氏もやっおきおそれに加わり、話はい぀しか䞖界の昆虫採集の情報亀換ずなり、やがお話は熱をおびお、それから深倜たで延々ず虫談矩が続いたのだ。

ぎょえヌっなんおみんな元気なんだ 自然を深く理解し぀぀虫採りに呜をかけおいる人の話を、オレは半ば呆れ、半ば感動しながら聞いおいた。

そしおオレのおごりで冷蔵庫のビヌルの栓を次々ず抜くこずになったのである。嗚呌  。

ホテルのラりンゞにお、巊から筆者、チャラン先生、ケン

最終章・日目「空の䞊で」に続く

いいなず思ったら応揎しよう