【海を越えるまで】#1 なぜ私はアメリカ移住を選んだのか〜フィアンセビザという道〜
このシリーズでは、フィアンセビザ申請から
移住までの道のりを記録していこうと思います。
同じように海外移住を考えている方や国際恋愛をしている方と気持ちを分かち合えたら嬉しいです🌷
もちろん、「そんなこともあるんだな〜」と気軽に読んでもらえるだけでも大歓迎です!
●パラグアイでの出会い
彼とは、実はパラグアイ🇵🇾での海外ボランティアで出会いました。
彼を、ここでは「タツ」と書くことにします。
タツは2024年1月から1年間、私は3月から7ヶ月間、パラグアイの田舎でボランティアをしていました。
ボランティア中は、仲のよい仲間の一人で、
「良い人だな〜」という印象でした😊
担当のプロジェクトは違ったけど、
食事のときとかよく話してたなぁ。
タツは、スペイン語も割と話せて
(パラグアイはスペイン語&グアラニー語)、
現地の人ともすぐ仲良くなってました。
一緒にサッカーしたり、悩み相談聞いたり。
フレンドリーで壁がない姿が良いなと思ってた🙊
そのときは、まさか数年後に結婚を考える相手になるなんて思ってもいませんでした。
パラグアイでの活動はまた別の機会に書きたいなと思っています😊
●遠距離恋愛
私が日本に帰国してからすぐ。ほんとすぐ。
私の中に、ある思いが芽生えました。
「タツと、これからも関わり続けたいな」
そんな気持ちです。
彼はアメリカ、私は日本。
普通の友達のままなら、一度か二度は、旅行で会えるかもしれない。でも、そんなに何度も会える距離ではありません。
このまま会えなくなることを想像したら寂しくなりました。
これからも関わり続けたいなと思ったんです。
そんなとき、タツから連絡があった。
彼は、「パラグアイでたくさん助けてもらったし、本当に尊敬している」と伝えてくれました。
そして交流が始まることに✩
気づけば、将来の話をすることも増えていました。
今思えば、わりと早い段階からお互い結婚を意識していたのかも。
●アメリカで暮らす決断
タツは日本アメリカ人で、日本も大好き。
はじめは日本に住みたがっていました。
彼は日本語が話せる(敬語や漢字は難しい)。
日本に1年間一人暮らししたこともある。
私は英語がほとんど話せません。
正直、日本に残ったほうが安心です。
家族もいるし、友達もいる。
彼が日本に来たほうが負担が少ないんじゃないか?
はじめは日本に住もうと話していました。
でも、お互い考え直したんですよね。
彼は、「経済的には、自分がアメリカで仕事続けたほうがいいのではないか?」
私は、「自分の負担が少ないから日本に残る」のか。それとも、「やってみたい気持ち」を大切にするのか。
それに、新しい世界をもっと見たい。
知らなかったことを知りたい。自分の目で。
英語も不安。
アメリカ生活も未知の世界。
それでも、自分の心の声を信じて、2人で一歩踏み出すことにしました!
次回は、フィアンセビザ申請の第一歩を踏み出した頃を書いてみようと思います☕
