【アルゼンチン】料理/飲み物/お祭り/観光スポット/近年起きてきたこと
このコラムは、アルゼンチン旅行をご検討される方、アルゼンチンにご興味を持って下さっている方に向けて作成したものです。「参考資料」としてご活用頂けますと嬉しいです。
また、たまたまご覧になって下さった方々にとっても「面白い」と感じてもらえるよう、丹精を込めてテキストを作ってまいりました。追って、中米/南米/カリブ海諸国についても同様にアップしていきたいと思っています。
気に入って下さった方はフォローして頂けますと嬉しいです。
それではまずは料理からご紹介致します。
アサード/Asado

アサードはアルゼンチンを代表する伝統的なバーベキュー料理で、同国の食文化の中心的な存在です。この料理は、牛肉や豚肉、鶏肉、ソーセージ(チョリソーなど)を炭火でじっくり焼いた料理なのですが、単なる調理法だけでなく、家族や友人との社交的な食事の場を指すこともあります。
アサードは、炭火(parilla)を使い、ゆっくりと焼き上げていきます。そのため、肉には、薪や炭の香りが染み込むのです。味付けはシンプルで、たいていの場合、塩のみです。
なお、アルゼンチンは、世界第5位のランキングに入る牛肉生産国/輸出国です(2024年)。アルゼンチン牛肉の評判は上々(特にステーキが美味しい!)で日本でも食べることができますよ。
エンパナーダとチミチュリ/Empanada y Chimichurri

エンパナーダ(empanada)とチミチュリ(chimichurri)は、南米、特にアルゼンチンの食文化を象徴する人気の組み合わせです。
エンパナーダは具を包んだパンです。これはアルゼンチンのみならず南米各国で愛されている料理です。牛肉の挽き肉や角切り肉、タマネギ、ゆで卵、オリーブ、レーズン、パプリカ、クミンなどが具材として入っています。
一方、チミチュリは、アルゼンチンが発祥と考えられているハーブソースです。エンパナーダのみならず、BBQ料理にも出てきますよ。一説では、19世紀の移民文化から生まれたのではないかと言われています。
プロヴォレータ/Provoleta

プロヴォレータは、アルゼンチンを代表するグリルチーズ料理で、アサードの定番となる前菜です。エンパナーダやチミチュリと組み合わせて、肉料理の前に楽しむのが一般的です。
プロヴォレータは、アルゼンチン原産の「プロボローネ(Provolone)」チーズを厚切り(1-2cm)にして、グリルまたはオーブンで焼き、表面をカリッと、中をトロッとさせた料理です。この料理は、イタリア移民が19世紀にアルゼンチンに持ち込んだプロボローネチーズが由来となっています。
ロクロ/Locro

ロクロは、アルゼンチンのみならず、ボリビア、ペルー、チリなどでも出される、伝統的な煮込みスープです。
アルゼンチンでは、スペインからの独立のきっかけとなった五月革命の記念日(5月25日)や独立記念日(7月9日)に欠かせない国民食で、寒い冬に温まる家庭料理として愛されています。トウモロコシや豆、肉をベースにした濃厚な一品で、チミチュリやプロヴォレータと一緒に楽しむことが多いです。
ウミータ/Humita

ウミータは、アルゼンチン北部(特にサルタ州やフフイ州などのアンデス地域)で人気の伝統的な料理で、南米アンデス圏(ボリビア、ペルー、チリなど)で広く食べられるトウモロコシベースの軽食です。この料理は、新鮮なトウモロコシをペースト状にすりつぶし、トウモロコシの皮で包んで蒸したり茹でたりした「ちまき」のような一品です。
ウミータはインカ帝国の時代まで遡るとされる歴史のある料理で、夏の収穫期に家庭で作られていますよ。
うーん。どれも美味しそうですね。これをまとめていて私も食べたくなってきましたよ。
東京でも、アルゼンチン料理を食べられるか探してみた所、ありました!
「COSTA LATINA(目黒区駒場1-16-12)」さんです! 行きたい!

営業時間・定休日:
火、水: 17:00~翌0:00
木~日: 12:00~翌0:00
定休日:月
アクセス:
JR 渋谷駅 南口 徒歩15分
京王井の頭線 神泉駅・駒場東大前駅 徒歩5分
東急田園都市線 池尻大橋駅 徒歩10分
では、料理はここまでとして。次にアルゼンチンの飲み物を見てみましょうか。
キルミス/Quilmes

キルミスは、アルゼンチンで最も人気のビールブランドです。1890年代にイタリア移民のヨセフ・ビアンヴェヌーエが設立したキルメス社が生産しています。
肝心のビールですが、黄金色のラガービールで、味は軽やかで爽やかな味わいが特徴です。アルゼンチンの日常飲まれるビールとして定番で、BBQ(アサード)やサッカー観戦時には欠かせません。
アルコール度数は約5%。手頃な価格が魅力です。
マルベック/Malbec

マルベックは、その見た目から、「黒ワイン」とも呼ばれることがある、アルゼンチンを代表する赤ワインです。これは19世紀にアルゼンチンの入植者がフランスから導入したブドウ品種がその由来なのだと言われています。
味は、豊かな果実味(ブラックベリーやプラムのような)と滑らかなタンニン、ベリーの甘酸っぱさが特徴です。食事に合わせやすいため、世界的にも人気です。アサードとのペアリング、ばっちりですよ。アルゼンチン料理を楽しむ際にはぜひとも試してみたいですね。
フェルネット・コン・コカ/Fernet con Coca

フェルネット・コン・コカは、アルゼンチンの国民的カクテルです。イタリアの苦味リキュール「Fernet-Branca(フェルネット・ブランカ;ハーブやスパイスをベースにしたビターなリキュール酒)」とコカ・コーラを混ぜた飲み物で、ライムを添えるのが一般的です。
アルゼンチンではパーティーや親睦会では欠かせない飲み物です。苦味と甘みのバランスがクセになる味わいですよ。
カンパリ/Campari

カンパリは、イタリア発祥のビターな赤いリキュールで、イタリア移民がアルゼンチンに持ち込んだ赤いハーブリキュールです。この飲み物は、イタリア人「ガスパーレ・カンパリ」によって1860年に発明されました。
アルゼンチンのバーやカフェで日常的に見られ、前述のフェルネット同様、ビター文化の一部となっています。爽やかで苦甘い味わいは、アペリティフにぴったりですよ。
マテ茶/Mate

サッカーで世界的に有名なメッシもマテ茶が大好きです。
マテ(イェルバ・マテ)は、アルゼンチンの国民飲料で、ノンカフェインのハーブティーです。この葉っぱを容器に入れ、熱湯を注いでストローで飲むのがよく見られる飲み方です。
苦味と草のような風味が特徴で、アルゼンチンでは回し飲みをして飲む慣習が根強く残っています(コロナパンデミック時には回し飲みは自粛されましたが)。
アルゼンチンでは、1人あたり年間約6kgもマテの葉を消費するとも言われているほど。マテ茶はUNESCOの無形文化遺産に登録されていますよ。
アルゼンチンの「飲み物」はこれで以上です。読者の皆さまで飲みたくなるものはございましたでしょうか。
まだまだ素晴らしい飲み物はたくさんありますが、とりあえずはこんなところで。
では、次に「アルゼンチンのお祭り」を見てみましょうか。
1月下旬
コスキン・フォークロア祭/Festival Nacional de Folklore de Cosquín

コスキン・フォークロア祭は、アルゼンチンで最も重要なフォーク音楽フェスティバルで、ラテンアメリカ全体でもトップクラスのイベントです。アルゼンチンの伝統的なフォークロア(民謡、ダンス、物語)を祝うもので、毎年数万人の観客を集めます。
コルドバ州コスキン市で、毎年1月下旬の9日間開催されています。これは、コスキン市の守護聖人「ロザリオの聖母」の「9日間の祈り(Novena)」を由来としているのだとか。
1月下旬は、日本では真冬ですが、アルゼンチンでは真夏。真夏のフォークミュージック!――機会があればぜひ行きたいですね。
2月の毎週土曜日
グアレグアイチュ・カーニバル/Carnaval de Gualeguaychú

グアレグアイチュ・カーニバルはアルゼンチン最大級のカーニバルで、「国のかーニバル(El Carnaval del País)」と呼ばれるほど規模の大きなイベントです。これは、南半球最大級の「リオのカーニバル」に匹敵するとも言われるほど。
エントレ・リオス州グアレグアイチュ市(Gualeguaychú de Entre Ríos)で、1月の土曜日から3月上旬まで開催されますが、ピークとなるのは2月の毎週土曜日です。「コルソドロモ(Corsódromo)」と呼ばれる、カーニバル専用の大通りを使って開催されるこの催しではド派手なサンバパレードが展開され、スタンドの観客たちはビールやアサードを楽しみながら声援を送るのです。
5月の毎週日曜日
マタデーロス・フェア/Feria de Mataderos

マタデロス・フェアは、ブエノスアイレス郊外のマタデーロス地区で開催されるガウチョ(カウボーイ)文化の祭りです。年中開かれていますが、5月のものが規模が大きくおすすめとのこと。
300以上の露店で手工芸品(ポンチョ、革製品、銀細工)、地域料理が並び、フォークダンス、馬術競技、ライブ音楽が披露されています。なお、名前の「マタデーロス(Mataderos)」とは「家畜のと殺場」の意味。マタデロス地区は元々、肉の加工場が多くてこのように名付けられているのだそうですよ。
7月9日
独立記念日/Día de la Independencia

アルゼンチンの独立記念日は、毎年7月9日です。1816年のこの日、アルゼンチン(当時はリオ・デ・ラ・プラタ連合州)の代表者がトゥクマンに集まり、スペインからの完全な独立を宣言したのが、この記念日の由来です。当日は、全国でパレード、軍事デモンストレーション、スピーチ、花火が行われます。ブエノスアイレスでは「5月広場(Plaza de Mayo)」で大規模なイベントが開催されます。
ちなみにですが。このアルゼンチンの独立宣言は、アルゼンチン国民に独立不羈のアイデンティティを確立させることとなっただけでなく、南米の他の地域の独立運動にも影響を与える、インパクトの大きな出来事でした。
8月下旬から2週間
ブエノスアイレス・タンゴ祭/Festival de Tango de Buenos Aires

ブエノスアイレス・タンゴ祭は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで毎年開催される、世界最大級のタンゴイベントです。
アルゼンチンタンゴは19世紀末にブエノスアイレスの港湾地区(ラ・ボカ地区など)で生まれた、アルゼンチンが世界に誇る伝統文化で、この祭りはそれを世界に発信する役割を果たしています。「タンゴのワールドカップ」とも呼ばれるこのイベントには、世界中のタンゴ関係者とそのファンがブエノスアイレスに押し寄せるのです。
アルゼンチンのお祭りはこれで以上です。同国にはまだまだ素晴らしいフィエスタはたくさんありますが、とりあえずはこんなところで。
では、次に「アルゼンチンの観光スポット」を見てみましょう。
首都ブエノスアイレス/Buenos Aires

首都ブエノスアイレスは、南米を代表する文化と歴史の中心地です。ヨーロッパ風の建築、情熱的なタンゴ、美食、そして活気ある街並みが特徴で、観光客にとって魅力的な目的地です。
別名は「南米のパリ」。この街は、ヨーロッパの影響を強く受けた街並みと、ラテンアメリカの情熱が融合した独特の雰囲気を持っています。同市の人口は約300万人(都市圏では約1,500万人)で、アルゼンチンの政治、経済、文化の中心です。
気候は温暖で、春(9~11月)と秋(3~5月)が観光に最適なシーズンです。夏(12~2月)は暑く、冬(6~8月)は涼しいですが、雨が少ないため、ブエノスアイレスは通年で訪れやすい都市ですよ。
メンドーサ/Mendoza

メンドーサは、アンデス山脈の麓に位置するワインの都です。70%ものアルゼンチン産ワインがここで生産されていると言われていますーー「世界のワインの首都(Capital Mundial del Vino)」とも名づけられるのもうなずけますね。
この街の最大の目玉は、何と言ってもマルベック種のワイナリーツアーです。他には、アコンカグア山(西半球最高峰)でのハイキングが人気ですよ。メンドーサは、スペイン植民地時代の広場とブドウ畑が広がる穏やかな雰囲気で、ワイン好きにはぴったりの街です。
コルドバ/Córdoba

ブエノスアイレスから車で5時間のコルドバ(Córdoba)は、アルゼンチン中部に位置する歴史的で文化的な魅力あふれる都市です。植民地時代の大学が立ち並ぶ都市として知られるこの街の愛称は「ラ・ドクタ(La Docta)」――学術都市としての歴史やイエズス会の遺産、豊かな自然環境、活気ある文化が特徴です。
この街には、UNESCO世界遺産であるイエズス会ミッションの遺跡群や歴史的な教会や大聖堂が点在しており、観光客は時空を超えた壮大な歴史に圧倒されてしまうことでしょう。
いかがだったでしょうか。アルゼンチンの観光スポットは、他にもまだまだたくさんあるのですが、一応ここまでとさせて頂きます。まとめていて、私もアルゼンチンに行きたくなってきましたよ。
では、本コラムの最後を締めくくるものとして、アルゼンチンの社会情勢について特集していきたいと思います。「一体、何が起きてきているか」/「その背景には何があるのか」――これを読者の皆さまとともに考えていけたらと考えております。
こういったことを事前に知っておくと、旅行が一味違ったものとなるのかもしれません。最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。それではスタート致します。
インフレーション
長らくアルゼンチンを苦しめるインフレ
アルゼンチンは長年インフレに苦しみ続けている国です。アルゼンチンの経済規模は南米大陸ではブラジルに次ぐ第2位。それにもかかわらず、アルゼンチンはデフォルト(債務不履行)を9回も経験しているのです。一体、どうしてなのでしょうか。なぜアルゼンチンはこうまでインフレに苦しめられ続けているのでしょうか。

10回目のデフォルトもすでに懸念されている
また、国家財政についても大きな不安材料となっています。2018年のマクリ政権時には通貨危機が起こり、IMFから570億ドルの金融支援を受けました。しかし、景気の浮揚にはつながらず、結局、2020年5月には9回目のデフォルトとなってしまいました。
その後も苦境は相変わらずです。9回目のデフォルトから1年後の2021年6月には10回目のデフォルトも懸念される危機的状況にあったことが報道されているのです。
かつては経済大国であったアルゼンチン
このような度重なる経済危機に関する報道から、アルゼンチンに関してはインフレに長らく苦しめられている国というイメージが深く根付いてしまっているのかもしれません。ただ、歴史を遡ってみると、驚くべきことに、かつてアルゼンチンは世界でも屈指の経済大国だったのです。
「アルゼンチン・ブーム」と名付けられた1870年代
1860年代以降、肥沃な農地を生かし、小麦をはじめとした農畜産物輸出でアルゼンチンは成功をおさめていました。その後、徐々にアルゼンチン経済が活況を呈し始め、1870年代にはイギリスを主とした海外から資本が流入し始めます。この資本は鉄道インフラに注入され、アルゼンチン国内に鉄道網が広がっていくこととなりました。当時、アルゼンチン経済は好循環のサイクルの中にいたのです。そのトレンドは「アルゼンチン・ブーム」と名付けられるほどのものでした。
ところが、1920年代後半からその勢いに陰りが見られるようになり、以降は坂道を転がるように失速。現在の経済は、隆盛を極めていた時代と比べると見る影もない状況となっています。実際に、アルゼンチン経済に関わる近年の報道を見てみると、「ごみ処分場でごみを漁る人々」をはじめとする衝撃的な映像ばかりが目に飛び込んでくるのです。

https://www.reuters.com/world/americas/turning-garbage-dumps-survive-argentines-feel-pain-100-inflation-2022-10-13/
悪化の一途を辿るアルゼンチン経済
そして、経済が悪化し続ける中にして、コロナショック(2020年)、ウクライナ侵攻(2022年)によるロシア向け輸出の減少、2年連続の歴史的大干ばつ(2022年-2023年)が次々とアルゼンチンを襲ってしまったのです。この結果、ついにアルゼンチンのインフレ率は2023年前半に100%を超えてしまいました。これはアルゼンチン経済にとって30年ぶりの異常事態です。インフレ率100%とは端的に言うと商品価格が一昨年に比べ2倍になることを意味しています。何と言ってもこのインフレによる影響をダイレクトに被っていくのは他でもないアルゼンチン国民なのです。
1800万人以上のアルゼンチン国民が貧困に苦しんでいる
そしてこのインフレ率の悪化に伴い、アルゼンチンの貧困率は上昇。2023年には40%台を記録してしまったのです。これは1800万人以上のアルゼンチン国民が貧困に苦しんでいるという状況です。

しかし、いったいなぜアルゼンチンはインフレに苦しめられているのでしょうか。一体なぜなのでしょうか。なぜこれほどまでに長期間に渡ってインフレが続いているのでしょうか。
これについてはさまざまな見解が見られますが、この原因としては「膨れ上がった対外債務」、「外貨不足」、「脆弱な国家財政」、「バラマキ」とも批判される「ポピュリズム政策」などがよく挙げられています。
毀誉褒貶相半ばするフアン・ペロン大統領
労働者階級からの絶大な支持を受けたフアン・ペロン
それではここでテーマを「ポピュリズム政策」に変え、話を進めていきたいと思います。アルゼンチンのポピュリズム政策に関しては、語るに外すことのできない人物が一人います。その人物とは「フアン・ペロン大統領(在1946年-1955年、1973年-1974年)」です。

中産階級出身のフアン・ペロンは、軍人としてそのキャリアをスタートさせ、第二次大戦後の混乱期である1946年にアルゼンチン大統領に就任した人物です。彼の政策は労働者を優遇したものでした。具体的には労働組合の保護と労働者の賃上げです。これにより彼は労働者階級からの絶大な支持を受けることとなったのです。また、彼は、鉄道をはじめとする産業の国有化を推し進め、福祉政策の拡充にも努めることで貧困層救済にも注力しました。
軍によって起こされた革命で大統領の座から失脚する
しかし、自国経済の成長を超えた過度な労働者保護、国有化政策の行き詰まり等が相まってアルゼンチン経済は徐々に縮小していきます。そして、ペロンの政策に不満を持つ人たちが多くなっていき、人々はペロンに対して反発し始めるようになっていくのです。
また、10年にも渡った長い政権期間でペロンはカトリック教会や軍部を敵に回してしまうこととなりました。最終的には、1955年、軍によって起こされたリベルタドーラ革命で彼は大統領の座から引きずり降ろされてしまうのです。

ペロンは18年ぶりに大統領職に返り咲く
その後、ペロンはスペインに亡命。彼の亡命後、アルゼンチン経済は引き続き失速していき、軍部のクーデターが起きるなど、国内情勢は不安定なままでした。その状況は1970年代に入っても続きました。そのため、状況を打開させる人物としてペロンを推す声がアルゼンチン国内で高まりを見せていくのです。
1973年、アルゼンチン国民の熱いエールに応えペロンは18年ぶりにアルゼンチンの大統領職にカムバック。しかし、このとき彼はすでに78才。健康に問題を抱えていた彼は復帰後1年足らずにして心臓発作に倒れ、1974年、この世を去ってしまったのです。
死後も息づくペロンのイデオロギー
熱狂的な人気を勝ち得た彼の思想と一連の政策は、親しみを込めて「ペロニスモ」と呼ばれています。しかしその一方で、彼が行なった諸政策は「大衆迎合的」であったと批判されることも少なくありません。具体的には「国費のバラマキ」です。これを行なったことでアルゼンチン政府の債務が膨らんでしまい、のちに続くアルゼンチン経済の不況の元凶となったとも言われているのです。
それでも多くのアルゼンチン国民は依然としてフアン・ペロン大統領を慕っており、死後も彼のイデオロギーは受け継がれているのです。その具体例は現在の最大政党である「ペロン党(正式名称は「正義党」)」、ならびにその支持者「ペロニスタ」です。代表的なペロン党の政治家には、ネストル・キルチネル大統領(在2003年-2007年)、クリスティーナ・キルチネル大統領(在2007年―2015年)、アルベルト・フェルナンデス大統領(在2019年-2023年)がいます。

パワフルでエネルギーに満ち溢れた女性――エビータ
なお、ペロン大統領には3回の婚姻歴があります。うち、2番目の妻となったエバ・ペロンは特に有名で、彼女は「エビータ」の愛称でアルゼンチン国民に親しまれています。
エビータはクーデターでペロンが刑務所に収監された際にはラジオ放送を使って彼の釈放を国民に訴えるなど、パワフルでエネルギーに満ち溢れた女性でした。一方で、困窮する民衆に食料を分け与えたことや孤児院を設立するなどの慈悲深さも兼ね備えた人物でもありました。また、第二次世界大戦後の混乱期に女性参政権運動を牽引し、アルゼンチン女性の社会進出を推進させたことでも知られています。
その力強くも情に厚い生きざまでアルゼンチン国民のハートをわしづかみにしてきたエビータでしたが、1952年、彼女は子宮がんにより33才の若さでその短い生涯を終えてしまいます。

エビータの人気は夫を凌ぐほど
エビータの話は死後も続きます。後年、彼女の生涯はさまざまなミュージカルで取り上げられ、人気が再燃していきます。極めつけは何といっても1996年のハリウッド映画です。当時人気絶頂にあった歌手のマドンナを主演で起用したこの映画(題名「エビータ」)は世界的に大ヒット。のち、アカデミー賞では歌曲賞(曲名「You must love me」)を受賞、他4部門でもノミネートされ、映画は高い評価を受けることとなりました。母国アルゼンチンでは、エバ・ペロンは現在でも夫のフアン・ペロンを凌ぐほどの人気がある人物なのです。


ブルーレート/ブルーダラー
アルゼンチンには「非公式」の米ドル/ペソレートが存在する
アルゼンチンには、金融機関で扱われる「公式」の米ドル/ペソレートとは別に、闇市場において使われる「非公式」の米ドル/ペソレートが存在します。そのレートは「ブルーレート」、そこで取引されるドルは「ブルーダラー(ブルードル)」とそれぞれ呼ばれています。
インフレに長らく苦しめられてきたアルゼンチン国民は自国通貨であるアルゼンチンペソを信用していません。インフレのせいで、たとえ貯蓄していたとしてもペソの価値は目減りしていくことがわかっているためです。そのため、アルゼンチン国民は手元のペソをすぐに消費するかドルに交換するかの必要性に常に迫られているのです。

セポを導入して外貨準備高の減少を阻止していきたい政府
インフレ対策の一環として、アルゼンチン政府は外貨購入規制(通称「セポ(CEPO)」)を度々導入しています。セポとは外貨準備高の減少を阻止する目的で導入される政府の通貨規制です。セポが導入されると、一部の例外を除いてドルの購入には課税が行なわれます。つまり、ドルの購入者は割高な負担を強いられることとなるのです。
一方、ブルーダラーでの取引にすると、セポによる課税を回避し、かつ外貨購入可能枠以上のドルを入手することが可能です。そのため、ブルーダラーは特にインフレ進行時に、自国民はもちろんのこと旅行者にも重宝されているのです。
フロリダ通りではブルーダラーの取引が行なわれている
それではブルーダラーはどこで取引されているのでしょうか。ブエノスアイレス市内最大の繁華街であるフロリダ通りに行けば、ブルーダラーの両替商に出会うことができます。彼らは、道行く人々に対して「カンビオ(両替)」と声をかけてきます。たびたび行なわれるセポを嫌う人々からの大きなニーズがあるため、この両替商の数は増加傾向にあるとされています。

ブルーレートは実体経済を反映した「尺度」と見なされている
ブルーレートは市場動向に対して敏感に反応し、レートは激しく浮き沈みします。そのため、同レートは実態経済を反映した主要な経済指標の一つと見なされています。それに対して、「公式レート」は実情を照らしたものではないと見る向きがあり、しばしば「過大評価されている」と指摘を受けることがあります。
公式レートとブルーレートの間で起きる乖離
アルゼンチンが不透明な経済情勢下に陥った際には、ペソの切り下げが起こり、公式レートとブルーレートとの間で「大きな乖離(ギャップ)」が発生することがあります。具体的には、2022年、フェルナンデス政権下で対外債務交渉の陣頭指揮を執っていた経済担当大臣の辞任です。大臣の辞任により、同国経済の先行き不透明感が一層増したと市場は判断。ペソの大きな下振れが発生しました。そして、辞任の3週間後にはブルーレートと公式レートとの差は一時約160%に達するまでの広がりを見せることとなったのです。

米ドルの法定通貨化を訴えるハビエル・ミレイ
ハビエル・ミレイは「中央銀行をダイナマイトで爆破させたい」と主張
「私が中央銀行を焼き払うと言ったのはたとえ話ではない。本当にダイナマイトで爆破させたい。つまり、中央銀行を爆破し、木っ端みじんにするということだ」
インフレをコントロールできていない中央銀行をこのような強い言葉で罵倒し、その廃止を訴えてきたハビエル・ミレイ下院議員(52才)が大統領予備選(通称PASO)でトップ通過を果たしました。「与党連合候補か野党連合候補が本命」とメディアが予想する中で、第三勢力であり半ば泡沫候補とも見られていたミレイが番狂わせを起こしたのです。

歴代の政治家たちを「泥棒(ladrones)」呼ばわり
ミレイの立ち振る舞いは対立候補を罵倒するアメリカのドナルド・トランプ大統領そのものです。彼は、「キルチネリスモを葬り去る」と長年与党として政治を執ってきたペロン党を痛烈に批判。また、今までの政治を「寄生虫で役立たずの政治カースト」、インフレから脱却させてこなかった歴代の政治家たちを「泥棒(ladrones)」呼ばわりし、社会変革を求める人々からの熱狂的な支持を獲得していっているのです。
ミレイの支持者たちもまさにトランプの支持者さながらの熱狂ぶりを見せています。「Make Argentina Great Again(アルゼンチンを再び偉大に)」と書かれた野球帽をかぶり、彼らはミレイを熱烈に応援しているのです。

ミレイの支持者の多くは若年層
ここで、ハビエル・ミレイから脱線し、彼の支持者の情勢についてフォーカスしていきましょう。いくつかのメディアによると、ミレイの支持者の多くは若年層だとされています。では、なぜ若年層はミレイを支持しているのでしょうか。以下、アルゼンチンの若年層について簡単にまとめてみました。
多くのアルゼンチンの若者はアルゼンチン経済に失望しています。なぜなら若者たちは就職することですら困難な雇用環境に長年さらされ続けているからです。一例を示すと、2018年に出されたアルゼンチン政府のレポートです。これによると、16才から24才の失業率は19.3%です。つまり、5人に1人が失業状態にあるということです。アルゼンチンの若者は厳しい雇用環境下に置かれているのです。

「多くの若者はアルゼンチンを後にしている」
この若者を取り巻く厳しい情勢について、あるメディアは「ミレイは希望だ」とする当事者の声を取り上げています。若者は、「直近2つの政府(マクリ政権とフェルナンデス政権)は、私たちを完全に破壊した。このひどいインフレ下では進歩どころか貯蓄さえできない。さらに、インフレは収まる気配すらない。この状況に多くの若者はアルゼンチンを後にしている」と不満をこぼします。
このような声を考えるに、若者をはじめとして、現状を変えてほしいとする人々がミレイを熱烈に支持しているのかもしれません。

アルゼンチンの若者に見られる2つの流れ
では、アルゼンチンの若者にもう少し深堀りしていくこととしましょう。ここでは、アルゼンチンで見られている「若者の流れ」を取り上げていきます。実は、アルゼンチンにおける若者の出入国に関しては、次に挙げる2つの流れがメディアによって報じられているのです。
1つ目は、「将来に不安を持った人々、もしくは医者をはじめとする高度な専門知識を持つ人々の『海外流出』」です。これは、おもにアルゼンチンの高い失業率や収まりを見せないインフレを悲観視してアルゼンチンを出国していく若者の動きです。
2つ目は、「外国人学生の『流入』」です。これは、アルゼンチンの教育費が他国に比べて安いという背景から特に医学の分野において顕著に見られるもので、具体的には医学部の外国人学生の流入です。彼らは「将来、母国に戻って医者として働くことを念頭に置いてアルゼンチンで学んでいる」ことでも知られています。
この2つの若者の流れはアルゼンチン経済にどのような影響を与えているのでしょうか。
ハビエル・ミレイはアルゼンチン経済を再び復活させることができるのだろうか
では、話をハビエル・ミレイに戻しましょう。2023年10月に行なわれた大統領選挙では、セルヒオ・マッサ経済大臣が得票率で首位を飾り、ミレイは2位。しかし、規定の基準を超えることができなかったため、この選挙で大統領を選出することはできませんでした。そのため、11月の決選投票で大統領を決定することとなりました。
迎えた11月の決選投票。結果は開票率98%の時点で、ミレイは、マッサに対して11ポイント以上の票を獲得。ミレイは民衆の過半数の支持を得てついに大統領に選出されたのです。
ハビエル・ミレイは、2023年12月10日にアルゼンチンの大統領に就任します。彼は、アルゼンチン経済を再び復活させることができるのでしょうか。なお、この結果を受けて、トランプ前大統領は自身のソーシャルプラットフォームを通じてミレイの大統領選出を祝福。「(ミレイは)アルゼンチンを再び偉大にするだろう」とコメントしました。

ドル化/中央銀行の廃止を表明
なお、自らを「無政府資本主義者(anarcocapitalista)」と呼ぶミレイの公約はドラスティックなものばかりです。それらのうち、メディアの関心を強く集めているのが、アルゼンチンペソの放棄とそれに代わる「米ドルの法定通貨化」と前述した「中央銀行の廃止」です。また、彼はビットコインを支持しています。
ミレイは中国を「暗殺者」と非難
さらにはです。ミレイが覆すことになりそうなのは金融政策だけではないのです。ミレイは、中国を「暗殺者」と批判しており、中国と距離をとっていく姿勢を表明しているのです。このスタンスはアルゼンチンにとって大きな変革を呼び起こすでしょう。なぜなら、アルゼンチンと中国は近年経済的な結びつきを強めていたからです。実際に、2022年、アルゼンチンは、ラテンアメリカにおける中国からの直接投資先としてブラジルを抜いてトップに躍り出ていたのです。ミレイの対立候補であったマッサは両国における近年の親密さを皮肉り、「我々の国名は『アルゼンチン』ではなく『アルヘンチーナ(Argenchina)』と改名すべきだ」とジョークを飛ばしていたほどのものです。
アルゼンチンは親米路線へと足を踏み出すのだろうか
このミレイのスタンスは中国に限ったものではありません。BRICsとメルコスールに対しても痛烈な批判を展開しているのです。うち、BRICsに関しては、2024年1月に予定されている加盟について否定的な見解を表明しました。アルゼンチンはBRICsに加盟しないのかもしれません。また、メルコスールに関しては「加盟国に害を与える質の低い関税同盟」と非難。ミレイは、中国のみならずブラジルとも距離を置く姿勢を表明しているのです。
ドル化政策を提唱するミレイの登場により、2024年以降、アルゼンチンは従来の親ブラジル路線から親米路線へと大きな路線変更をしていくのかもしれません。
南米大陸を襲う干ばつ
直近60年間で最悪のレベルの干ばつ
アルゼンチンは、近年例を見ない干ばつに悩まされています。そのうち、2022年から2023年にかけて2年連続で起きた干ばつは直近60年間で最悪のレベルと言われています。実際に、大豆、トウモロコシ、小麦といった農作物への被害が報告されているのです。

水危機(La crisis del agua)
干ばつは、アルゼンチンのみならず、ウルグアイ、チリ、パラグアイ、ブラジル一帯でも報告されています。この干ばつによって引き起こされる一連の問題は、「水危機」とも言われ、近年メディアで盛んに取り上げられています。具体的には、「飲料水/生活用水/工業用水の不足」、「農作物生産量の減少と付随した食料品価格の高騰」です。さらには、次のような事象も報告されています。
ウルグアイでは水不足による緊急事態宣言が発令される
アルゼンチンでは、農産物輸出の際に欠かすことのできないパラナ川の水位が低下。パラナ川を使った従来の穀物輸送ルートを変更せざるをえなくなる事態となりました。また、ブラジル側においてもパラナ川が通行不可となり、トラック輸送への切り替えが議論されました。
ウルグアイでは、2023年6月、水不足により緊急事態宣言が発令されました。政府は、海水を濾過して家庭に水を供給していくことや、新しい貯水池の建設に着手すると発表ししたのです。また、この宣言時には、スーパーで売られているペットボトルの水の価格が3倍に跳ね上がりました。この記録的な干ばつは過去74年で最悪のレベルであったと報じられています。
ブラジルでは、世界最大の湿地帯であるパンタナウが水不足となり、火災が起きたことが報告されています。また、2021年の深刻な干ばつでは、イタイプダムが渇水となりました。この時、同ダムの水力発電は電力需要を賄うことができなかったため、大停電が起こるかもしれないという「電力危機」が懸念される事態となりました。
ウルグアイでは水不足による緊急事態宣言が発令される
アルゼンチンでは、農産物輸出の際に欠かすことのできないパラナ川の水位が低下。パラナ川を使った従来の穀物輸送ルートを変更せざるをえなくなる事態となりました。また、ブラジル側においてもパラナ川が通行不可となり、トラック輸送への切り替えが議論されました。
ウルグアイでは、2023年6月、水不足により緊急事態宣言が発令されました。政府は、海水を濾過して家庭に水を供給していくことや、新しい貯水池の建設に着手すると発表ししたのです。また、この宣言時には、スーパーで売られているペットボトルの水の価格が3倍に跳ね上がりました。この記録的な干ばつは過去74年で最悪のレベルであったと報じられています。
ブラジルでは、世界最大の湿地帯であるパンタナウが水不足となり、火災が起きたことが報告されています。また、2021年の深刻な干ばつでは、イタイプダムが渇水となりました。この時、同ダムの水力発電は電力需要を賄うことができなかったため、大停電が起こるかもしれないという「電力危機」が懸念される事態となりました。
干ばつはさらに深刻なものとなり、常態化していくのだろうか
この干ばつについては、日本の国立環境研究所が、南米南部を含めた世界各地で「(干ばつは)過去最大を超え、常態化していく」と予測し、大きな警鐘を鳴らしています。では、一体全体、なぜこんなにも南米諸国は干ばつに苦しめられているのでしょうか。この干ばつの原因は何なのでしょうか。これについてはさまざまな見解が見られますが、関連性についてよく取りざたされているのが「地球温暖化」と「エルニーニョ」です。
「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」
地球温暖化に関しては、何十年も前から「実際に起こっていること」として、メディアは毎年盛んに報じています。
2023年7月、世界の平均気温は観測史上最高を記録しました。この「不可逆的(元に戻れない)」とも感じられる2023年の猛暑を受け、アントニオ・グテーレス国連事務総長は「『地球温暖化(global warming)』の時代は終わり、『地球沸騰(global boiling)』の時代が到来した」と述べ、地球規模の異常な猛暑に警鐘を鳴らしました。

地球温暖化に関しては懐疑的な意見がある
地球温暖化は2024年以降も引き続き進展していくと考えてよいのでしょうか。なお、地球温暖化に関しては、懐疑的な意見があり、たびたび論争が巻き起こされています。代表的な懐疑論者は、アメリカのドナルド・トランプ大統領、ブラジルのジャイール・ボウソナーロ大統領、アルゼンチンのハビエル・ミレイです。
エルニーニョの原因は「地球温暖化」なのだろうか
また、エルニーニョに関しては、発生した場合、深刻な干ばつや熱波が世界各地で起きていることが確認されています。たとえばソマリアです。同国では、干ばつにより食糧危機が引き起こされ、人口の約40%が深刻な飢餓に陥っていると2022年に報告されました。ただし、エルニーニョと地球温暖化との関連性については、専門家の中でもさまざまな見解があり、現時点で定まった回答はないようです。
遺伝子組み換え小麦は世界に広がっていくのだろうか
頻発する干ばつに対して、アルゼンチン政府は「成すすべもない」と対策を諦めるようなことはしませんでした。2020年10月、アルゼンチン政府は干ばつに強い遺伝子組み換え小麦の栽培と消費を承認したのです。これにより、天候に左右されることのない小麦の収穫がアルゼンチン国内の一部で実現されることとなったのです。
もしこの遺伝子組み換え小麦のケースが成功すれば、アルゼンチン国内の食料自給問題は緩和されていくのかもしれません。また、アルゼンチンのケースが成功だと認知されていけば、干ばつで苦しむ他の国々にも遺伝子組み換え小麦の栽培が広がっていくのかもしれません。ただし、遺伝子組み換え小麦に関しては、「消費者の健康に悪影響を与える」、「自然環境を破壊する」といった懸念が指摘されています。なお、ブラジルは遺伝子組み換え小麦を原料とした小麦粉の商業販売を2023年に承認しました。
アルゼンチン

■ 国土面積:278万km2(日本の約7.3倍)
■ 人口:4551万人(2022年)
■ GDP(名目):6311億米ドル(2022年、世界第22位)
■ 主な言語:スペイン語、ケチュア語、グアラニー語など
■国土/人口分布
アルゼンチンは、ブラジルに次いで南米第2位、世界第8位という広大な国土面積を誇る国です。東方には大西洋に面する長い海岸線(4,275km)があり、西方にはチリとの国境を分けるアンデス山脈が南北に走っています。
地理上の分類では、大きくは次の6つに分けることができます。亜熱帯山岳気候に属し、サトウキビが生産されている「①北西部」、熱帯の半乾燥地域で人口まばらな平原が広がる「②(グラン)チャコ」、亜熱帯性気候に属し、マテ茶、茶、タバコ、綿花などが生産されている「③メソポタミア」、ワインの生産地として有名な「④クーヨ(クージョ)」、大草原が広がっている「⑤パンパ」、亜南極気候に属し荒涼とした大地が広がる「⑥パタゴニア」です。
人口はブエノスアイレスに集中し、パタゴニアと呼ばれるアルゼンチンの南部に人はあまり住んでいません(なお、南アメリカ大陸の南部は、「パタゴニア(Patagonia)」の他、「コーノ・スウ(Cono Sur)/コーニ・スウ(Cone Sul)」とも呼ばれています)。パタゴニアにある世界遺産ロス・グラシアレス国立公園ではそびえ立つ大氷河の絶景を見ることができます。
ブエノスアイレスから1,900km南下した位置にはフォークランド諸島(マルビーナス諸島)があります。同諸島は現在イギリス領であり、領有権を巡ってイギリスとアルゼンチンの間でたびたび軍事衝突が起こされています。
人口(2019年)は、大きい順に国内人口の1/3を抱えるブエノスアイレス(1517万人)、コルドバ(161万人)、ロサリオ(133万人)です。
■輸出/主要港湾
2021年の輸出額は779億3400万ドルです。うち、輸出品目は大きいものから、農畜産物加工品(39.7%)、一次産品(穀物、油糧種子)(28.0%)、工業製品(25.6%)です。
輸出国に関しては上位から、ブラジル(15.1%)、EU(12.7%)、中国(8.1%)です。日本はわずか0.9%です。なお、2018年6月、アルゼンチンの牛肉・羊肉については、パタゴニア産のものに限って日本への輸出が解禁され、関東と関西のスーパーマーケットでの販売が開始されています。
海上輸送での主要港湾は、ブエノスアイレス、サンタフェ、ロサリオ、マルデルプラタです。うち、サンタフェ、ロサリオはパラナ川沿岸に位置しており、輸出品はその水運を利用してラプラタ川へと運ばれています。
アルゼンチンについては以上です。最後までご覧下さり、ありがとうございました。
私は南米/中米/カリブ海諸国の時事コラムを作っております。今後、他の国についてもアップし続けていきますので、お手すきの際にあらためて立ち寄って頂けますと嬉しいです。
田町 崎(たまち さき)
