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北陸豪雨、水害とは、ときに「土地の歴史が復活する現象」である

8月26日の石川・富山豪雨。前日の時点で100mmを超える雨量予報が出ていて、レーダーを見ながら「これはかなりまずいことになるのでは」と感じていた。

1m海水面を下げたシミュレーション画像

実際に浸水域を見ていて強く思うのは、豪雨になると、土地がかつての姿を取り戻すということだ。

近代になって消滅した潟湖の輪郭が現れる

羽咋には、邑知潟(おうちがた)を中心とした巨大な低地がある。邑知潟は、もともと海や潟湖として形成されてきた場所で、その周辺には広大な湿地が広がっていた。人間は長い時間をかけてそこを干拓し、排水し、農地や市街地へと変えてきた。

氷見も同じだ。現在の氷見市街地の南側には、かつて十二町潟が広がっていた。さらに時間を遡れば、この一帯は「布勢の海」と呼ばれた水の世界でもあった。

道路を造り、川を付け替え、湿地を排水し、田んぼを乾かし、家を建てる。そうすると、現在の地図の上では、どこも同じ「土地」に見える。

けれど豪雨が降ると、それまで隠れていた地形の性格が突然現れる。

かつて潟だった場所。後背湿地だった場所。旧河道だった場所。水を溜める場所だった場所。そこに再び水が集まる。

今回の浸水域を見ていると、単に「大雨が降ったから水没した」というより、近代土木によって一時的に見えなくなっていた古い地形が、豪雨によって浮かび上がったように見える。

もちろん、これだけの雨が降れば、どんな土地でも被害は起こる。けれど「どこが浸かるか」は偶然ではない。土地には来歴がある。

川だったところは川に戻ろうとする。潟だったところは水を溜めようとする。湿地だったところには水が集まる。

少し言い換えるなら、近代の地図は「いま何があるか」を描いているけれど、地形は「この土地が何をする場所なのか」を記憶している。

ここ130年間の近代治水の中で、日本はかなりの勢いで、その土地の来歴を消しながら国土を造ってきた。

干拓する。埋め立てる。河川を直線化する。堤防で水を閉じ込める。ポンプで排水する。そこに住宅地を造る。そして「水は来ない」ことを前提に暮らすようになった。その方法は、ある意味では圧倒的に成功した。だからこそ、僕たちはそこがかつて水だったことすら忘れた。

しかし今後、これまでの想定を超える豪雨が珍しくなくなってくるなら、近代の国土設計だけでは持たないのかもしれない。必要なのは、さらに巨大な堤防を造り、さらに強力なポンプで水を排除することだけではなく

「水が戻ってくる場所」をあらかじめ国土の中に残しておくこと

なのではないかと思う。

遊水地。湿地。田んぼ。霞堤。旧河道。氾濫原。

昔の人は、水を完全に排除することができなかったからこそ、「水が来る土地」と折り合って暮らしていた。

近代はその制約を克服した。けれど気候現象が大きくなってきた今、もう一度、土地そのものの記憶を読み直さなければならない時代に入っているのかもしれない。

豪雨災害や大地震災害を見るたびに思う。災害の地図と古地図を重ねると、しばしば昔の川や潟や湿地が浮かび上がってくる。水害とは、ときに「土地の歴史が復活する現象」なのだ。

そしてこれからの国土を考えるには、現在の地図だけではなく、その土地が、かつて何だったのか。そこから始める必要があるのだと思う。

九頭竜川の元の地名が物語る記憶

そして、土地の記憶を残しているのは、地形だけではない。人間の側にも、その土地が何をする場所なのかを伝えてきた「記憶」がある。その一つが、地名だ。

8月30日は福井県で集中豪雨が起こった。九頭竜川水系が大きく動いている。こういう時に、あらためて「地名が物語るもの」の大きさを思う。九頭竜川には、中世に「崩川(くずれがわ)」という呼び名があったという。大雨のたびに氾濫し、流路を変え、平野を水に戻してしまう川。その性質そのものが、名前として残されていた。

長良川カンパニー制作の源流遊行絵図より、九頭竜川部分

小田原の酒匂川も古くは「逆川」と呼ばれ、潮の影響で水が逆流する、普通ではない挙動をする川として認識されていた。昔の地名は、その土地で何が起きるのかを圧縮して残した、一種の記憶装置だったのだと思う。

龍・蛇・崩・荒・暴・裂・切・押・落・逆・沼・潟・沢

みたいな字・音を持つ河川地名は、実際の洪水履歴・旧河道・氾濫原と重ねると、この構造が浮かび上がってくるように考えている。

一方で近代以降、潟を埋め、湿地を干拓し、川を堤防の中へ閉じ込め、土地をより均質で、利用しやすい空間へと作り変えてきた。それ自体は、人口を支え、農地や都市を広げるために必要だった面も大きい。ただ興味深いのは、その過程で起きていることが、地形だけではないということだ。

潟は宅地になり、旧河道は道路になり、蛇行する川は直線化される。

そして同時に、「崩れる」「逆らう」といった土地の荒々しい性格を刻んだ名前も、次第に美しい漢字や、由来の見えにくい地名へと置き換わっていく。

つまり近代化とは、土地そのものを作り変えることと、その土地についての記憶を書き換えることが、同時に進む過程でもあった。普段は、その上書きされた風景の中で何の問題もなく暮らしているように思っているだけだ。

けれど極端な豪雨が来ると、潟だった場所に水が集まり、旧河道に水が走り、かつて「崩れ川」と呼ばれた川が、再びその性質を見せる。その時に現れるのは、突然生まれた異常というより、普段は見えなくなっていた土地の来歴なのだと思う。

地名や古地図を読むことは、昔を懐かしむことではなく、現在の風景の下に、どんな地形と記憶が折り畳まれているのかを読むことなのかもしれない。龍の名を持つ川に龍が顕現する、という感覚も、そう考えると単なる比喩ではなくなる。


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