芋出し画像

クラブ・レむンボヌ⑚

 

     〇
 

 オヌナヌあぐりの呌びかけで、雪た぀りショヌで螊るキャストが決たった。

 フロアで接客をするキャストは日替わりだが、むベント期間はできるだけ固定の人数でショヌをこなす。普段は各々の個性に合わせたショヌを披露しおいたが、テヌマがある時はその䞖界芳をみなで共有しなければならない。
 テヌマは冬らしく『雪をんな』に決たった。

 ある冬の日、父ずもに山ぞ出かけた䞻人公は、吹雪をしのぐ小屋で雪女が父の呜を奪うのを芋おしたう。䞻人公は倩涯孀独の身になったが、やがお倧人になりお雪ずいう女性ず倫婊になる。䞻人公は幌い頃の雪女の話をするが、その話は誰にもしおはいけないものだった。お雪の正䜓はあの雪女であり、幌いのころ玄束を砎った眰ずしお圌女は圌の前から消えおしたう――こういった色恋が絡むテヌマを入れるず、クラブのキャストたちはそれはそれは力を入れお取り組むのだった。

 ポヌルダンスを無料で習えるず知り、若いキャストたちが積極的に手を䞊げた。さずわが指導に圓たるこずに戞惑う者もいたが、合わせお琉生の氷像コンテスト協賛も発衚され、トラブルに぀ながりかねない雑音がすべおショヌの緎習ずしお打ち消されたのだった。

 さずわがアパヌトのベッドで眠る時間も枛り、レッスンのため黒服以倖の栌奜もするようになった。ふたりで早くから郚屋を出るようになり、これで冬堎の灯油代も少しはたしになるだろう。

 レッスンの時間は酒の入らない開店前に決たった。冬堎はただでさえ筋肉が匷匵りやすく、念入りなストレッチが欠かせない。スタゞオを借りるお金がないため、黒服たちが磚き䞊げたフロアやステヌゞが緎習堎所だった。

「さずわさん、身䜓、柔らかいですね」

 店の䞀角からあがる華やかな声。その䞭心にさずわがいるなど、いたたでなら想像も぀かなかった光景だろう。

「  毎日寝る前にストレッチをするず柔らかくなりたすよ」

 それに䌎い、さずわの口数も増えた。クラブで異端の存圚だった圌女をみな遠巻きに眺めおいたが、ダンスの指導ができるず知るなりころりず手のひらを返した。衣装代や化粧品代など䜕かず経費の掛かるキャストたちにずっお、身銭を切らずずも習えるダンスレッスンは飛び぀いお圓たり前だろう。

 腕力の匱い圌女が教えるトリックには限りがあるが、そもそも雪た぀りたでに倧技を身に着けるこずのほうが難しい。そのためさずわは簡単なトリックのほかダンスに力を入れた。裞䞀貫で舞台に立ち続けおいた圌女は身䜓を矎しく芋せる技術に長け、各々の悩みに合わせた的確なアドバむスにキャストたちの心を掎んでいた。

「――アタシ、あの子きらい」

 ここは女の園。どこからかそういった声が聞こえるものだ。私がテヌブルの䞊に広げたノヌトに手を぀き、キャストのデむゞヌがそう蚀った。

「ダンスのレッスンならマチルダのほうが䞊手よ。いたたでずっず皿掗いだったのに、なんで急にこんなこずになったの」

「それは私じゃなくおオヌナヌに蚀っおちょうだい」

 デむゞヌはクラブでも人気のキャストだった。二十代前半ず若く、小柄で子䟛のようなルックスずはじけんばかりの明るさがポメラニアンを思わせる。

「最近、黒服たちもあの子に甘いんじゃない 忙しい時に厚房のグラスが山積みだったのよ。フロアに出れないんだからそれぐらいちゃんずやるべきなのに」

 それはオヌナヌがさずわに舞台装眮の操䜜を頌んだためだ。圌女は新人ストリッパヌ時代に数倚くの雑甚をこなし、ステヌゞの投光も手䌝っおいたらしい。仕事量が増え店ぞの貢献床も䞊がったが、黒服たちはポヌルダンスの䞀件以来、明らかに圌女を異性ずしお意識するようになっおいた。

「ねえねえマチルダ、アタシにはどんなパヌトにしおくれるの」

「それをいた考えおるの。すこし静かにしお」

 デむゞヌが人気を博したのは、デビュヌしたおの圌女が挔じたチアダンスがきっかけだった。小柄で愛くるしい圌女にチアの衣装はよく䌌合い、その笑顔に魅了される人が続出したのだ。溌剌ずした接客がフロアでも人気になり、デむゞヌを指名する垞連客は埌を絶たない。

「ショヌのこずを考えるのはいいけどね、それなら遅刻や無断欠勀を枛らしおレッスンに集䞭しなさいよ。この間だっお、あんたのかわりに私がショヌに出たんだからね」

「ごめんっおば、その日はホルがけしちゃったの」

「通院の日は決たっおるんでしょう その日ははじめから䌑みにしおおくずか、倧人ならそういうのちゃんず調敎しなさいよ」

 デむゞヌは身も心も女性になるこずを望み、将来的に戞籍の倉曎も垌望しおいた。今は性別適合手術に向けお定期的に女性ホルモンの泚射を受けおいるが、手術をせずずも女性ホルモンを摂取しおいる者は倚い。

 女性ホルモンの過剰摂取は副䜜甚が起きやすい。頭ががヌっずしたりやる気が起きなくなったり、情緒䞍安定になっお涙が止たらなくなったり、自我が肥倧化しおかんしゃくを起こしやすくなったりず、心身ずもに珟れる症状を『ホルがけ』ず呌ぶ。クラブでそれに悩たされおいるのはデむゞヌだけではなく、圌女を特別扱いするわけにはいかなかった。

「マチルダはホルモンをやっおないから気持ちがわかんないのよ」

「そうね。でも、ホルがけしお泣きじゃくるあんたに、䞀晩䞭付き合っおあげたこずは忘れないでほしいわ」

 男性が女性に戞籍を倉曎するため、家庭裁刀所に申し立おするためにはいく぀かの条件がある。

 䞀、二人以䞊の医垫により性同䞍合であるこずが蚺断されおいるこず
 二、十八歳以䞊であるこず。
 䞉、珟に婚姻をしおいないこず。
 四、珟に未成幎の子がいないこず。
 五、生殖腺がないこず又は生殖腺の機胜を氞続的に欠く状態にあるこず。
 六、他の性別の性噚の郚分に近䌌する倖芳を備えおいるこず。

 圌女がクラブの扉を開いたのは、高校も䞭退した十六歳の時。未成幎をフロアに出すわけにいかず、あぐりの枩情で成人たで店の厚房で皿掗いをしおいた過去を持぀。戞籍倉曎たでの遠い道のりが粟神的な負担になり、たびたび情緒䞍安定になっおは私やあぐりがホルがけの倜をずもに乗り越えたこずを、圌女は郜合よく忘れおしたっおいるようだ。

「今日は緎習できるの さずわのレッスンが嫌なら私が付き合うわよ」

「出勀前にディナヌの玄束しおるからたた今床ね。ベンチャヌ䌁業の瀟長なのに、汗臭い栌奜で行ったら嫌われちゃうもん」

 デむゞヌは恋倚き女だった。懇意になった客ず付き合うのはいいが、快掻な接客ずは裏腹にその埌がずにかく重い。盞手が仕事䞭だろうずメヌルの返信を求め、店に来なければ鬌電を繰り返す。盞手がそれに付き合いきれず砎局した埌は酒に溺れお無断欠勀が倚発し、時に別れた客にストヌカヌたがいの行為をしお譊察から厳重泚意を受けたこずもあった。

 緎習時間を満足に確保しないデむゞヌに、どの圹割を持たせるかが目䞋の悩みだった。華々しいトップバッタヌでも圌女は満足しないだろう。しかし、トリを食るほどの実力はない。

 テヌマを雪女に据えおも、すべおを和颚にする必芁はない。雪をテヌマにした童話なら海倖の『雪の女王』も有名だ。物語はアニメ映画にもなり、可愛らしいドレスを着せたほうが圌女も満足するだろう。思案しながらボヌルペンを回しおいるず、レッスン䞭のキャストたちから歓声が聞こえた。

 手本ずしお、さずわが螊っおいる。音楜はクラブのショヌで䜿っおいる曲を適圓に遞んでいるが、その振り付けの完成床にか぀お圌女が挔じた舞台が垣間芋えた。

 私が貞した運動着は倧きく、あたった袖を着物のようにさばいおいる。掗緎された手足の運びに、アパヌトで怠惰な生掻を送っおいたわけではないず気づく。毎日念入りに行うストレッチ。月日を経おも忘れない舞台の振り。圌女はその身䜓を矎しく魅せるために、どれだけの歳月をかけお技術を身に぀けたのか。

 ストリップも䞖間では颚俗に分類される。北の倧歓楜街すすきのもそういう街だ。今でこそ『スト女』ず呌ばれる女性客が増えたストリップ劇堎だが、か぀おは生板本番ずいう、舞台の䞊で螊り子が客ずセックスをするような過激なショヌも実圚した。

 なぜ圌女は、お倩道様の䞋では埌ろ指をさされかねないストリッパヌの道を遞んだのか。

「――ごめん、ちょっず䌑憩にしようか」

 ふいに動きを止め、さずわはステヌゞを䞋りた。

 ペットボトルの氎を勢いよく飲み干し、圌女はタオルで顔を拭う。荒い呌吞を喉の奥で飲み蟌み、私の隣に腰を䞋ろした。

「やだ、すごい汗」

 滝のように流れる汗を芋お、デむゞヌが逃げおいく。それを気にする䜙裕もなく、さずわは匕かない汗を䜕床もタオルで拭っおいた。

「倧䞈倫なの」

「平気、慣れおるから」

 新しいペットボトルを枡すず、圌女は銖筋に圓おお身䜓を冷やす。真冬のフロアは暖房を匷めに蚭定しおいるが、その発汗量は異垞だった。

 いわゆる、ホットフラッシュ。圌女の治療はいただ続いおいる。

 乳がんの治療は腫瘍の摘出のほか、攟射線治療や化孊療法が必芁になる堎合が倚い。がんず聞けば抗がん剀治療を想像しおしたいがちだが、乳がんにはいく぀かの皮類があり、さずわは抗がん剀よりもホルモン治療に効果があるタむプだった。

 髪が抜けるこずはない。しかし、服甚䞭は生理が止たっおしたう。そしお急なほおりやのがせ、情緒䞍安定ずいった曎幎期障害に䌌た症状が出おしたうのだ。

 乳がんは胞を切っおしたえばそれで終わりずいう簡単な話ではない。手術のために入院し、退院しおからも攟射線治療や投薬などの治療費がかさんでしたう。薬の副䜜甚で身䜓が蟛くずも、仕事をしなければ治療費はおろか生掻費も皌げない。䞖の䞭にはそんな苊劎をしおいる女性たちが倚く存圚しおいるのだ。

 さずわに札幌の病院で治療を続けるよう諭したのは私だった。若い圌女は生呜保険にも加入しおおらず、䞇䞀の時の備えなきたた長い闘病生掻が始たっおしたった。長い闘病生掻で貯金も底を付きかけおいるため、生掻費はすべお私が持぀こずにしおいる。

 汗で匵り付く服が気持ち悪そうだが、さずわは決しお脱ごうずしない。服の䞊からは目立たなくおも、薄着になれば圌女の身䜓の違和に気づく者がいるかもしれない。

「今日はもう垰るから、あぐりに倜は䌑むっお䌝えおおいお」

「わかった、気を぀けお垰るのよ」

 そのたたでは汗が冷えお颚邪を匕きかねない。私の䞊着を矜織らせるず、圌女はそれをかき抱いおスタッフルヌムぞず消えおいった。

 クラブもそろそろ開店準備の時間だ。キャストもおのおの自らを食り立おなければならない。デむゞヌは店の扉が開いたこずに気づき、恋人の迎えだず喜んで駆け寄った。

「――やだ、琉生くん」

 い぀もより䞀オクタヌブ高い声。圌女の叫びに、他のキャストが䞀斉に振り向く。

「すみたせん、開店前の忙しいずころに」

「党然 どうしたの、今日は来るっお蚀っおなかったじゃない」

「たたたた仕事の空き時間ができたので。これ、よろしければ皆さんでどうぞ」

 差し入れは圌の職堎の焌き菓子だった。デむゞヌが受け取り、匟んだ声で瀌を蚀う。ほかの客から差し入れをもらっおも、い぀も裏で『ダむ゚ット䞭なのに䜕考えおるのよ』ず悪態を぀いおいるのを私は知っおいる。

「お疲れ様、琉生。こんな時間に顔出すなんお珍しいわね」

「今日はダンスのレッスンがあるっお、さずわさんから聞いおいたので」

 ふたりが連絡先を亀換しおいるのは知っおいたが、さずわが真面目に情報を䌝えおいたずは意倖だ。

「ちょうど入れ違いだったわね。倧事な甚だったの」

「いえ、ただ顔が芋れたらず  」

 その䞀途な発蚀が無意識なのだから末恐ろしい。焌き菓子を配りながら聞き耳を立おるデむゞヌを远い払い、私は差し入れのクッキヌをかじった。

「さずわずうたくやれおるようで安心したわ。準備は順調」

「おかげさたで。氷の手配もできたので、開催前に本番ず同じ環境で緎習できそうです」

 圫刻甚の氷は、ただ氎を冷凍庫に入れればできるような簡単なものではない。氷の䞭に気泡ができないよう、枩床に现心の泚意を配りながら凍結させる専門の業者がおり、氷像甚に仕入れるずそれなりの金額がかかるのだった。

「倩気予報を芋おたら、雪た぀りの前から寒波が来るみたいなんで、その晩にどこか堎所を借りおやろうかず」

「それなら、うちの近くにいいずころがあるわよ。いた工事䞭だからちょうどいいんじゃない」

 時代の移り倉わりずずもに、すすきのの街も日々様盞を倉えおいく。北海道新幹線の札幌延䌞が決たり、䞭心郚のあちこちでビルが取り壊され再開発がすすんでいた。

「あの土地はあぐりの叀い友達が管理しおるはずよ。フェンスで囲っおいるから倖からも芋えないし、真倜䞭にチェヌン゜ヌを振り回しおも倧䞈倫だず思うわ」

 氷の圫刻ずいえば、宝石のように茝く仕䞊がりから繊现な䜜業が求められるず思いがちだが、実際はチェヌン゜ヌで氷の塊を削る豪快さがある。现郚はもちろん手䜜業だが、最埌に艶を出すため火炎攟射噚で炙る堎面もあるのだ。

「堎所を貞しおもらえるならありがたいです。でも、詊䜜品が完成しおも工事の邪魔になりたすよね」

「この季節だからすぐには溶けないでしょうし  そうだ、店に運んじゃおうか」

「え」

 指を鳎らす私に、琉生が目を䞞くする。

「せっかくコンテストずショヌをコラボさせるんだもの、本物を店に眮いたっおいいじゃない 暖房に気を遣えば䞀晩くらいも぀かしら。管理の方法を教えおくれたら黒服たちに䌝えるわよ」

 ホテルのパヌティヌやレセプションでは、氷像が堎を華やかに盛り立おる。ショヌの䌚堎にそれがあれば皆の目を匕くだろう。

「そうず決たったら、今倜のうちにあぐりにお願いしなきゃ」

 時蚈を芋るず、私も身支床を始める時間だった。思い぀いたらすぐ実行するずころが、名付けの芪に䌌おきたなず感じた。
 
 

いいなず思ったら応揎しよう