風鈴からの授かりもの 〜見えないものを観る〜
お盆が終わってしまいますね。
朝晩の涼しさが、体にやさしく感じられるようになりました。
ふと立ち寄った神社の境内の入り口。
そよ風に一斉に奏でられる風鈴の音とその余韻。そして、しばらく訪れる静寂(しじま)。
ここを通り抜ける参拝者を、御祭神がやさしく歓迎してくれているように感じます。
見えないものを「感じる」。
風そのものに、色も形もありません。
目で見ようとしても、決して捉えることはできません。
けれど、風を肌に感じることはできます。
そして、短冊が揺らぎ、澄んだ音色が境内に響いた瞬間、そこに確かな「風の通り道」を感じ取ります。
見えないものを「観る」。
それは、目に見えない相手の「まごころ」や、日々の微かな調和を大切にしてきた、日本古来の奥ゆかしい感性なのかもしれません。
私たちの心という器もまた、吹き抜ける風を感じられるよう、常に清らかな「凪」に整えておきたいと願います。
P.S.
この静涼なひとときに添える明治天皇の御製をご紹介させていただきます。
暑しとも いはじと思ふ ことの葉に 心すずしき 風ぞ吹きくる
「暑い」「厳しい」と環境を嘆く弱音を呑み込む。その刹那、心の内に曇りなき「凪」が生まれ、一筋の涼風が吹き抜けます。
