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世界のソロプレナー 016 エリック・バローン:一人で作った農場シミュレーションRPGが累計5,000万本に

シアトルの映画館で、もぎりのアルバイトをしながら生活費を稼ぐ20代の男性がいました。2011年にワシントン大学タコマ校でコンピュータサイエンスの学位を取ったものの、就職には結びつかない。そこで彼は、プログラミングの腕を証明するポートフォリオ代わりに、子どもの頃に夢中になった『牧場物語』のようなゲームを自分で作り始めます。2012年のことでした。

エリック・バローン(Eric Barone)氏、ハンドルネームConcernedApe。彼が4年半かけて完成させた農場シミュレーションRPG『Stardew Valley』は、2026年2月時点で累計出荷5,000万本を突破しました。プログラム、ドット絵、音楽、効果音、シナリオ、すべて一人の手によるものです。

「数か月で終わる」はずが、4年半になった

出発点は、ごく私的な不満でした。愛していた『牧場物語』シリーズが、90年代後半の名作以降、自分の理想から少しずつ離れていった。ならば「自分が遊びたかった続き」を作ろう、という動機です。当初の構想は数か月で仕上がる小品で、Xbox向けの小規模タイトルとして出すつもりでした。

ところが、作るほどに腕が上がってしまいます。腕が上がると、半年前に自分が描いた絵や書いたコードが粗く見える。描き直し、書き直し、その繰り返しに入りました。結果として、1日およそ10時間、週7日という作業を4年半にわたって続けることになります。ゲームの基礎部分は何度も作り替えられ、村人一人ひとりの会話や表情、四季ごとの音楽まで、すべて独学で仕上げていきました。

開発環境は決して恵まれたものではありませんでした。当時の作業机に並んでいたのは、父親がコストコで買ってきた安価なPCです。生活費を切り詰めるため、一時期は実家で暮らし、その後シアトルのキャピトルヒルへ移りました。

この4年半を支えたのが、当時の恋人であり現在の妻であるアンバー・ヘイグマンさんです。彼女は自身の学業と並行して2つの仕事を掛け持ちし、家計を背負いました。「そろそろちゃんと就職して」と言うかわりに、彼が本気で作りたがっているものを最後まで作らせる側に回った。のちに彼女は、ゲームが注目され始めてからの契約や事務まわりも引き受けており、バローン氏が制作に集中できる環境を裏側から整えていました。

なお制作の終盤には、設計上の大きな見落としに気づき、開発中止が頭をよぎるところまで追い込まれたと、後年のインタビューで振り返っています。資金調達もチームもない、文字通りゼロからの4年半でした。

発売2週間で100万本という爆発

2016年2月26日、価格14.99ドルで発売。パブリッシングは、当時イギリスの小規模スタジオだったChucklefishが担当しました。反響は即座に訪れ、2週間ほどで100万本を突破します。暴力もなく、派手な演出もない、荒れた農場を耕して村人と親交を深めるだけのゲームが、世界中のプレイヤーの心を掴んだのです。

このとき起きた現象として語り継がれているのが、コミュニティの動きです。「この作品を体験してほしいが、買えない人がいる」と知ったファンたちが、見知らぬ誰かのために自腹でコピーを贈り合いました。マーケティング予算ではなく、遊んだ人の善意が広告になったわけです。

その後もPlayStation、Xbox、Nintendo Switch、スマートフォンへと展開し、累計は5,000万本規模へ。2019年前後には自らパブリッシングを引き受ける体制へ移行し、収益構造もよりシンプルになりました。生涯売上の推定には幅がありますが、1億3,000万ドル(約200億円)から5億ドル(約750億円)超と見られています。大手パブリッシャーと利益を大きく分け合う構造ではないため、手元に残る比率が高いことも、この数字の重みを増しています。

有料DLCを、一度も出していない

特筆すべきは収益化の姿勢です。バローン氏は発売から10年間、有料DLCを一切販売していません。マルチプレイの実装、新エリアの追加、大量のコンテンツ拡張——1.1から1.6に至る大型アップデートは、すべて無料で提供され続けてきました。価格も、発売当時から大きくは変わっていません。

しかもその中身は、義務的な小改修ではありません。2024年のバージョン1.6へのアップデートは、新たなイベントや作物、祭り、膨大な追加テキストを含む、単体で有料販売できる規模のものでした。追加要素の一部はファン投票で決められたこともあり、たとえば南国のバナナの木は、プレイヤーの投票によって実装が決まっています。

短期の売上を最大化するなら、明らかに合理的ではない判断です。しかし結果として、この作品は「買った人が10年後も遊んでいて、新規購入者が絶えないタイトル」になりました。収益を取りに行かないことが、結果的に最大の収益源になったという逆説です。

会社にしない、という一貫性

2019年頃からは移植や運営面で少人数の支援を入れるようになりましたが、実質的な開発体制は長らく2人程度。コア部分は今も本人の手の中にあります。組織を拡大して量産する道を、彼は選びませんでした。

その理由を、彼は2025年のインタビューで率直に語っています。ゲームの土台をゼロから作る工程は退屈で、すでにある世界に思いついたものを足していくほうがずっと楽しい、と。効率でも戦略でもなく、単純に楽しいほうを選んでいるのです。

象徴的なのが続編の扱いです。2026年2月のインタビューで、彼は「Stardew Valley 2」を実際に少しだけ作っていたことを明かしました。しかし、既存作のファンを置き去りにしたくないという理由で、その計画を凍結しています。稼ぐ手段としては最短距離にある選択肢を、自ら手放したわけです。

ちなみにゲームを起動すると、ConcernedApeの顔のロゴが表示されます。これをクリックすると、彼が目を開き、シャッター音かガチョウの鳴き声が鳴る。5,000万本を売った今も残されているこの小さな悪ふざけが、この作品が誰の手によるものかを静かに示しています。

10年目のいま、まだ「グラインド」の途中

2026年2月26日、『Stardew Valley』は発売10周年を迎えました。バローン氏はアニバーサリー映像を公開し、初期ビルドの映像とともにこれまでの歩みを振り返り、プレイヤーへの感謝を伝えています。同時に予告されたのが、開発中のバージョン1.7へのアップデート。新たな結婚候補者2人の追加に加え、子どもに関する要素の拡張も含まれる見込みです。

並行して、2021年に発表された次回作『Haunted Chocolatier』の制作も続いています。発売日は依然として未定です。2026年6月25日のブログ更新で、彼は「まだここにいる、まだ地道に続けている」という趣旨のタイトルを掲げ、発売日は出さない、完成したら出すと改めて記しました。そのとき彼が取り組んでいたのは、チョコレートのレシピ画面のUIです。頻繁に触れる画面だから完璧でなければならない、というのが理由でした。

ソロプレナーとしての示唆

彼の軌跡から取り出せるものは、三つあります。

一つ目は、出発点が「作品」ではなく「ポートフォリオ」だったこと。売れる企画を探したのではなく、就職活動の代わりに自分が示せるものを積み上げた。その延長線上に、巨大事業が結果として生まれました。狙って作れる成功ではありませんが、狙わなかったからこそ4年半続けられたとも言えます。

二つ目は、低価格と無料更新で信頼を積み続けたこと。一人だからこそ、四半期の数字ではなく10年単位で判断できます。売上目標を持たない人だけが選べる長期戦略が、確かに存在します。

そして三つ目は、拡大しない自由です。5,000万本を売った今も、彼は一人分の速度でチョコレート屋の画面を作り直しています。ソロプレナーの究極形とは、稼ぐ規模ではなく、この「急がなくてよい」という状態そのものなのかもしれません。

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