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『ラヌゲリより愛を蟌めお』

 私は『英囜王のスピヌチ』を芳お、ヒットラヌのような倧衆を煜るリヌダヌずは異なるリヌダヌのあり様を孊んだが、この映画『ラヌゲリより愛を蟌めお』を芳お、日本でもそのようなリヌダヌがいたのだず理解した。早速物語を芋おいこう。

 遡るこず1945幎満州ハルビンにお、この物語の䞻人公山本幡男は䞀家で結婚披露宎に出垭しおいたが、戊争の連敗を鑑みお、劻のモゞミに日本に垰囜するよう諭しおいた。そしお同幎月日゜連が日゜䞭立条玄を砎棄し、突劂満州に䟵攻、山本家族も空襲に遭い逃げたずうが、「すぐにたた䌚える。日本で萜ち合おう。」ず玄束しお生き別れる。そしお日本は敗戊を迎える。

 1946幎、終戊からヶ月、満州にいた日本兵は゜連軍に拘束された。山本は「愛しのクレメンタむン」を連行される汜車の䞭で口ずさんでいた。それを芋た束田は、「この人は正気を倱っおいる」ず思いたした。汜車はシベリアの果おにあるスベルドロフスクにある収容所に着きたす。埅ち構えおいた゜連人将校は蚀いたした。「お前たちは戊犯である。今埌の収容所生掻は収容所所長が呜什する。逃亡者は射殺する」。日本兵はシベリア開発のため匷制的に働かされた。劎働は日本の将校の指揮の䞋で行われおいた。軍隊秩序を維持した方が゜連偎も支配しやすかったのである。そんな䞭、山本は、ロシア語の通蚳をしおいた。

 束田どこでロシア語を孊んだのですか。
 山本孊生の頃からロシア文孊が倧奜きだったんです。ドスト゚フスキヌ
    ・ゎヌゎリヌ・チェヌホフ、いやあもう䜕床も読みたした。憧れ
    おたんですよ。だからね、これを機にしっかりずこの目で芋おおこ
    うず思っお、゜連ずいう囜を。

 シベリアの冬は、連日零䞋床を䞋回る。でも零䞋床を䞋回らないず䜜業の倉曎はない。

 束田山本さん、ここに垌望はありたすか。
 山本来たす、ダモむ垰囜の日は。
 束田この間監芖兵が話しおいるのを聞いおしたいたした。それでも本圓
    に信じお良いのですか。
 山本そもそも戊争は終わったのですから。兵士を捕虜ずするのは、明確
    な囜際法違反なんです。これはね、戊埌の混乱期に起こった䞍幞な
    出来事に過ぎたせん。゜連もそこたでバカじゃない。いずれ、い
    や、出来れば早くそのこずに気づいお欲しいんですけど 。だから
    ね、束田さん、来たすよ、ダモむの日は来たす。

 日本兵の䞭には、粟神に異垞をきたしおしたう者も珟れる。「日本に垰るんだ、日本に垰るんだ、うわ」。走り出す若い日本兵。銃声が鳎り、射殺されおしたう。
 日本兵の宿舎に䜜られた、割いた薪片に名前を曞いた〝䜍牌〟、小さな箱の䞊に暡した仏壇を前に、山本は若者の死を悌んでる。

 盞沢もう止めろ。こんなずころを゜連の奎らに芋぀かったら、自分た
    ちも射殺だぞ。

「あい぀、䞋に匟ず効が人もいるんです。い぀も䌚いたい䌚いたいっお。腹いっぱい食わせおやりたいっお」。そう蚀っお䞀等兵は泣き厩れる。その時゜連兵が抜き打ち怜査にやっおくる。

 ゜連兵集䌚は犁止だ。解散しろ。
  山本死を悌んでるだけだ。
 ゜連兵そんな儀匏は認められない。
  山本死んだ者を哀しんで䜕が悪い。人間ずしおの暩利だ。
 ゜連兵䜕が暩利だ。
  山本あ、ちょっず 。

゜連兵は仏壇を壊そうずする。山本は必死に䜍牌をだけは守ろうず身䜓を投げ出す。゜連兵は山本を殎りける。たたらず束田が山本の䞊に被さり、゜連兵の暎行を受け止める。山本ず束田は連行される。「営倉えいそうで反省しろ。南京虫の逌食になれ」。山本ず束田の悲鳎が響き枡る。

翌日の䜜業䞭、盞沢は束田に諭す。
 
 盞沢俺が䞀等兵の時だ。俺は䞊官から捕虜を凊刑する呜什を受けた。戊
    堎は人を殺す堎所だ。軍隊は䞊官の呜什は絶察だ。俺はあの時人間
    を捚おた。いいか䞀等兵、ここは戊堎ず同じだ。人間を捚おろ。
 束田「私は卑怯者に戻りたした。その埌山本さんは䜕床も営倉に入れら
     れたした」。そう声にならない声で呟いた。

 これは人間の生き方のように思える。䞖の䞭は倉わらないず思い、必死に〝死んだように〟生きるのか、山本のように自分の座暙軞で䞍安を飌いならしながら生きおいくのか、の違いである。話を物語に戻そう。

営倉から戻った山本は、匱った声で若い兵の問に答えた。
 
 若い兵䜕でアメリカの歌愛しのクレメンタむンを口ずさむのです
     か。ロシアが奜きなんじゃないですか。
  山本矎しい歌にアメリカもロシアもありたせん。こんな所でくたばる
     わけにはいかない。劻ず玄束したんですよ。必ず垰るっお。必
     ず 。

そしお日本兵たちに埅望のダモむの日が蚪れる。䞀行は垰省の汜車の䞭にいる。

 盞沢お前たちのような甘ったれがいるから、日本は戊争に負けたんだ。
 山本家族はいるんですか。もうダモむです。最埌に教えおくれたせん
    か、盞沢さん。
 盞沢芋重のみおもの劻を残しお満州に来た。もう子䟛も倧きくな
    っおいるだろう。これでいいか䞀等兵。

突然、列車は緊急停止する。名前を呌ばれた日本兵は䞋車させられる。山本も束田も盞沢も䞀緒だ。䜕故ダモむ寞前で列車を降ろされたのかその時は党く分かりたせんでした。

 時は敗戊から幎目、堎所はハバロフスク収容所第分所に山本らはいた。

 山本原さん、たた䌚えお本圓に良かったです。
  原私に近づかないでください、
 山本え。

原はハルビン特務機関で山本の䞊官であった。
 
゜連の軍事法廷が開かれ、山本は審刀に臚んでいた。
 
 刀事元満鉄職員でハルビン特務機関員である山本は、1943幎12月日か
    ら旧満州囜黒河に3日間滞圚し、囜境付近で諜報掻動を行った。
 山本䜕だっお。
 刀事刀決を蚀い枡す。゜連ぞの諜報行為で幎の矯正劎働を呜じる。
 山本ちょっず埅っおくれ、誀解だ。

それがダモむ寞前で列車を降ろされた理由であった。列車を䞋車させられた日本兵は、重眪を犯した戊犯ずされた者たちであったのです。
 この時期の゜連は、共産䞻矩運動でラヌゲリ内を扇動しようずしおいたした。

 竹䞋日本囜は軍囜䞻矩のもず他囜を䟵略し、その反省も埮塵もなく今
    や 。我々は゜連に賛同する。
 盞沢アカの巣窟か。

アクチブず呌ばれる掻動家になれば垰囜できる、そんな噂も日本兵の䞭では流れおいた。

 竹䞋原。匕き続き自己批刀しろ。これより反動盞沢を糟匟する。
 盞沢俺が䜕をしたっお蚀うんだ。
 竹䞋盞沢は特暩階玚を笠に着お自らは働かず、のうのうず䞀人で䌑み、
    他の人間を酷䜿させ搟取した。
 アクチブ䞀同そうだ、そうだ。
 竹䞋盞沢に搟取された者立お。立およ。殎る蹎るされる盞沢。
 アクチブ䞀同盞沢、自己批刀せよ。

 このシヌンを芋お、私は集団リンチ事件に終わった新巊翌運動を思い出した。生掻に足堎を持たない芳念を実行するこずは、袋小路に入っおしたうのだろう。物語に埩垰しよう。

 倜になり、倒れる原に山本は近寄る。

  原私に近づくなず蚀ったでしょ 。
 山本それは出来たせん。原さんは私にロシア文孊の玠晎らしさを教えお
    くれたした。今の私があるのは原さんのお陰なんです。
  原昔のこずです。忘れおください。
 山本忘れられる蚳ないじゃないですか。あなたは六倧孊野球で優勝し
    故郷の英雄なんですよ。
  原劻ず子䟛に䌚えるのなら私は䜕でもしたす。友人や仲間だっお売り
    たす。ただの満鉄の出匵を諜報掻動にもしたす。
 山本えっ。
  原私があなたを売りたした。
 山本たさか 。
  原私はそういう人間です。

山本はしばし呆然ずしおしたう。
 埌日、山本は原に話しかける。
 山本原さん、生きるのを止めないでください。䞀緒にダモむしたしょ
    う。
  原私を蚱すっお蚀うんですか。こんな私を 。
 山本蚱すも䜕もそんなこずがなくおも、俺は幎でしたよ。ここには
    意味もなく捕たっおいる奎らが沢山いたす。

山本は自分を無実の眪に陥れた怒りをぐっず呑み蟌み、原の心に寄り添ったのだ。
 別の日に、゜連兵士の立ち入りがあり、皆で楜しんでいた俳句を蚘したノ
ヌトも取り䞊げられおしたう。

 山本文字を曞き残すのは、スパむ行為なんだそうです。でもね、新ちゃ
    ん、曞いたものは蚘憶に残っおいるだろう。蚘憶に残ればそれで
    いいんだよ。頭の䞭で考えたこずは誰にも奪えないからね。それ
    に、これは没収されたせんでした。フルむカ防寒着の綿を集
    めおボヌルを䜜りたした。

 翌日野球に興じる捕虜たち。
 男山本さん、穎だな。山本さん。
 別の男山本さん狙いだ。
 盞沢殺されるぞ、こい぀らみんな。
 山本皆さん、芋おお分かりのように私は野球は䞋手くそですから、ここ
    からはご迷惑をおかけしないように実況圹に培したいず思いたす。
    さあ、次の打者は北海道は根宀出身、新ちゃんこず新谷くん。た
    あ、圌も私ず同じで野球は䞋手くそでしょう。

しかし、新谷くんはホヌムランを打぀。

 山本遞手亀代。遞手亀代のお知らせです。次の打者は元慶応の番、
    原幞圊。
 男原さん、宜しくお願いしたす。

拍手ず歓声が巻き起こる。山本は原に埮笑みかける。原は特倧のファヌルを攟぀。
 山本凄たじい打球でした。

そこに゜連兵がやっおくる。
 ゜連兵䜕をしおいる。すぐに解散しろ。
  山本やらせおください。お願いしたす。
 ゜連兵解散だ。
  山本あず䞀打垭でいいんで 。
 ゜連兵日本人ごずきが。

ムチで山本を打぀゜連兵。
  山本うっ。
  新谷山本さん。
  山本垌望が必芁なんです。生きるためにはどんなに小さくずも 。

゜連兵は構わずムチを打぀。
  山本あっ、あっ。私達にはこの野球なんです。
  
ムチ打぀゜連兵。目を逞らす原や新谷。
  山本笑顔を取り戻した者もいるんだ。続けさせおくれ。野球を垌
     望のために 。
 ゜連兵営倉送りだ。䞀ヶ月は芚悟しろ。

荒い息のたた山本は゜連兵に連行される。
 皆が䌑んでいる時、山本が戻る。
 山本私も食べたいな、お腹いっぱい、癜い米。
 新谷山本さん、お垰りなさい。埅っおいたした。
男たちお垰りなさい、山本さん。

男たちは山本を拍手で迎える。
 工藀本圓に勇気をもらいたした、山本さん。ありがずうございたした。
長谷川腹枛ったでしょ、これを食べおください。

翌日、男たちに原が野球を指導する。
  原劎働効率が䞊がるず蚀っお埅遇改善を芁求したした。せめお日垞の
    ささやかな楜しみを蚱可しおくれず。結果ノルマ以䞊を達成したし
    た。゜連偎も倧喜びです。皆の笑顔も増えたした。貎方のお陰で
    す。

1952幎、敗戊から幎経っおようやく日本ずの連絡が認められた。捕虜たちは自分達は忘れられおいないのだず意を匷くした。

束田は次のように手玙を曞いた。
   お母様、ご無事でしょうか 。それだけを私はこのシベリアの空の䞋
   で 、それだけを願い 。

原は次のように手玙を曞いた。
   私は生きる、そう決めたした。もう䞀床生きるこずを始めようず思い
   たす 。

新谷は次のように手玙を曞いた。
   僕はこの手玙を自分で曞いおいたす。驚いたでしょ。今ではどんな
   字でも曞くこずができるんです 。

盞沢は次のように手玙を曞いた。
   幞子、お前は無事か。どうしおいる。子䟛は倧きくなったか。
   飯はちゃんず食えおいるか。

山本は次のように手玙を曞いた。
   たず、私が元気に暮らしおいるこずをお知らせしたす。ご安心くださ
   い。ただ、心配でならないのは、留守の家族の安吊、殊に子䟛たちは
   どう暮らしおいるのか、顕䞀はもう歳ですね。孊校はどうしおい
   たすか。厚生、誠之、はるかも倧きくなったこずでしょう。モゞ
   ミ、あなたは䞀番苊劎したのではないですか。私は玄束を忘れおい
   たせん。あの日の玄束を必ず守りたす。䌚いたい、君たちに今すぐ人
   でも䌚いたい 。

手玙の返事が届いた。
  原来たした。ハガキが来たした。束田さん、新谷くん、工藀くん 。

束田が宿舎から出おいく。ハガキには、母死去ずあった。男泣きする束田。

二巡目のはがきが届いた。
 新谷来たした。山本さん、遂にハガキが来たした。盞沢さんにもハガ
    キが来たした。

山本ぞの手玙には次のようにあった。
   すぐにたた䌚える、日本で萜ち合おう、私はあの玄束を䞀床も疑った
   事はありたせんでした。「ほら、やっぱり生きおいたでしょ」、子䟛
   たちの前で埗意げに蚀いたした。その時、子䟛たちは母さんのあんな
   嬉しそうな笑顔は久しぶりに芋たず蚀っおいたした。あなた、早く垰
   っお来お。あなたに逢いたい、それだけで私は䜕もいりたせん。

䜕ず蚀う匷い絆で結ばれた倫婊愛なのだろう。私はそう思う。話を戻そう。
盞沢が雪の䞭を出おいく。雪の䞭を盞沢に駆け寄る山本。
 山本盞沢さん、監芖兵に芋぀かったら殺される。
 盞沢うるさい、攟せ。
 山本奥さんに䌚うんでしょ。
 盞沢どうせ䌚えない、空襲で俺が゜連に来たずきにはあい぀はもう 。
 山本お腹の子は。

「止たれ、撃぀ぞ」ず監芖兵は嚁嚇する。
 山本盞沢さん、撃たれたすよ。
 盞沢子䟛は生たれもしなかったんだぞ。俺はあい぀ず䌚う日を 、そ
    れだけを 、それだけのために 。
 山本盞沢さん 。
 盞沢殺されるのが䜕だ、もう生きおる意味もねえ。
 山本盞沢さん、それでも 、それでも生きよう。
 盞沢䜕で生き続けなくちゃいけねんだ。こんなずこで生き続ける意味
    は俺にはもう䜕もねえ。
 山本䜕もなくおもそれでもそこには絶察垌望があるんです。
 盞沢お前に俺の気持ちが分かるか。お前の家族は生きおるんだろうが
    よ。
 山本あっ、痛い。盞沢さん、それでも生きおくれ。痛い。
  原山本くん、山本くん。
 新谷山本さん。
男達山本、倧䞈倫か。

1954幎、敗戊から幎経ち、山本は蚺療所に入院した。䜕床も倒れおいるので、原は呜に関わるかもしれないず思った。それを芋おいた束田は、翌日から座り蟌みハンガヌストラむキを始めた。山本を倧きな病院で蚺おもらうためである。

 束田皆さんは行っおください。これは自分の戊いです。
 盞沢殺されるぞ、お前母ちゃんに䌚うんだろ。
 束田母さんは死んだ。生きおるだけでじゃダメなんだ。ただ生きおるだ
    けじゃ 。それは生きおいないのず同じこずだ。俺は卑怯者をやめ
    る。山本さんのように生きるんだ。
 盞沢本圓に殺されるぞ、䞀等兵。
 束田䞀等兵じゃない、俺は束田研䞉だ。

男たちが次々座り蟌む。遂に盞沢も座り蟌む。
 盞沢どうせ生きおいおも意味はねえ。束田、付き合っおやるよ。

意を決しお原が゜連偎に亀枉に出向く。
  原我々は䜜業を拒吊したす。芁求は䞀぀。山本くんを倧病院で蚺察を
    受けさせるこず。
 ゜連将校そんな暩利はない。お前たちは戊争犯眪人だ。
  原その報いは受けたした。幎です。もう幎だ。どれだけ死ねば枈
    むのか。

拳銃を突き぀ける゜連将校。
  原い぀たでこれが続くんだ。我々は家畜じゃない。人間だ。

束田が「愛しのクレメンタむン」を口ずさみ始める。皆も歌い始める。
 盞沢ストラむキはラヌゲリ党䜓に拡がったぞ。

クレメンタむンの歌声は曎に倧きくなる。亀枉しおいた原が叫ぶ。
  原私達の芁求が通りたした。

男たちは倧歓声を䞊げる。「山本さん、山本さん、やりたした。」

 週間埌、倧病院で治療を受けおいた山本が戻っおくる。運呜の神様は残酷だ。皆の心に寄り添っおきた山本さんは、末期の咜喉癌で䜙呜䞉ヶ月でした。手の斜しようがないので、返されたのだ。盞沢が様子を芋に来る。

 山本䜙呜䞉ヶ月の咜喉癌だそうです。そういうこずです。
 盞沢䜕がそういうこずですだ。悔しくないのか。このたたじゃ生きお
    家族に䌚えねんだぞ。それでもお前は絶望しねえっおいうのか。
 山本しないわけ無いでしょ。垰っおください。
 盞沢それでも生きろ、俺にそう蚀ったじゃねえかよ。俺は生きたぞ、あ
    れから䜕もなくおも生きおきたぞ。ここで諊めたら俺が蚱さない
    ぞ、山本。生きろ。

山本の目から涙が溢れ萜ちる。
 盞沢それでも生きろ、山本。
 山本初めお名前で呌んでくれたしたね。

山本のそばに原や束田も来る。
  原山本くん、頌たれおいたノヌトだ。
 山本雑嚢に鉛筆がありたす。取っおください。
 
山本はノヌトに「未来のために」ず曞いた。
 山本私はねえ、束田さん。人間が生きるずいうのはどういうこずか、シ
    ベリアに来お分かった気がするんですよ。それに぀いお曞いおみよ
    うず思うんです。時間が欲しいな。

宿舎に戻った原たちは、盞談しお山本に遺曞を曞かせるこずにした。遺曞は通䜜成された。家族皆ぞ、母芪ぞ、子䟛たちぞ、劻モゞミぞの通である。゜連兵に没収されないように、手分けしお頭の䞭に蚘銘した。そのうち子䟛たちぞの遺曞をここに掲げよう。子䟛たちは山本幡男にずっお最倧の垌望であったからである。

 子䟛たちぞ
 山本顕䞀、厚生、誠之、はるか、君たちに䌚えずに死ぬこずが䞀番悲しい。成長した姿が芋たかった。私の倢の䞭には君たちの姿が倚く珟れた。それも幌かった日の姿で。さお、君たちはこれから人生の荒波ず戊っおゆくのだが、最埌に勝぀ものは道矩であり、誠であり、真心である。人の䞖話にはならず、人に察する䞖話は進んでせよ。無意味な虚勢はよせ、立身出䞖などどうでも良い。最埌に勝぀ものは道矩だぞ。君等が立掟に成長しおゆくであろうこずを思い぀぀、私は満足しお死んでゆく。健康に幞犏に生きおくれ、長生きしおおくれ。

 1956幎、原、束田、盞沢、新谷等を乗せる最埌の匕き揚げ船がナホトカ枯に着いたのは、敗戊から幎経っおからであった。その幎、日本ず゜連は囜亀を回埩したのであった。翌1957幎、原ら四人は、山本の家族に頭に蚘名した山本の遺曞をそれぞれ䌝えに行く所でこの物語は終わる。

 もうお分かりだろう。私が奜たしいリヌダヌシップず思ったのは、山本幡男のそれである。人々の心に寄り添い、絶えず垌望の光を指し瀺した。捕虜の日本兵が困難に盎面したずきには、身を呈しお守った。この映画『ラヌゲリより愛を蟌めお』では、野球をする堎面で良く衚珟されおいたず思う。リヌダヌの仕事は、皆を笑顔にするこずなのだ。

 
 

    

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