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論文紹介 習近平はいかにナショナリズムを政治的に活用しているのか?

2012年に政権を発足させて以来、習近平は自らの支配体制にナショナリズムを利用するようになっています。中華民族の復活という長期目標を達成するため、この10年で国民に対する思想の統制は厳格化されており、「習近平思想」の学習がさまざまな形で推し進められています。

以下の論文は、中国の習近平がナショナリズムを利用する方法を分析した研究であり、習近平が文化的ナショナリズムのイデオロギーを利用して、自らを特権的な指導者として権威付けようとしていることが明らかにされています。

Lin, J. C. (2024). The rising China is not a ‘sick man’anymore: Cultural nationalism in the Xi Jinping era. Journal of Contemporary China, 33(145), 83-100. https://doi.org/10.1080/10670564.2023.2214513

中国のイデオロギーを分析するために、著者は文化的ナショナリズム(cultural nationalism)という概念を用いています。文化的ナショナリズムとは、国民文化の独自性や誇りを強調し、その文化を国民は維持しなければならないとするイデオロギーです。ここでの文化には、社会の規範、宗教、芸術、価値観、言語など多岐にわたる要素が含まれており、これらがナショナリズムと結びついて不可分のものになります。

文化的ナショナリズムは雑多な属性を持つ人々に、国民という画一的なアイデンティティを持たせることで、対外的な一体性を確保することを強化する手段となります。同時に、異なる文化、特に地方に独特な文化を抑圧する動きを引き起こすこともあります。例えば、中国は香港という地方に住む人々に固有のアイデンティティを抑圧し、ヨーロッパでは移民に対する敵対意識が高まり、ロシアでも少数民族の文化とロシアの文化との間には緊張が生じています。

それでは、現代中国の文化的ナショナリズムにはどのような特徴があるのでしょうか。著者は、習近平体制における政府広報の内容を分析し、習近平が文化的ナショナリズムを構築する背後にある潜在的な理由を探り、それが中国社会に与える影響について考察しています。そこで注目しているのは政府が文化を構築し、政治化して習近平のナショナリズムの利益に奉仕する方法であり、民間レベルにおける非公式のナショナリズムの言説は分析対象から除外されています。

調査手法としては、2012年12月1日から2022年7月31日までの中国の中央人民政府の公式ウェブサイト(https://www.gov.cn/)に掲載されたテキストに対する総括的コンテンツ分析を採用しています。具体的には、「西洋文化」「中国文化」「文化的自信」「国家」「国家的屈辱」「大国」「民族復興」などを含む801件の検索結果を検討し、文化的ナショナリズムに関連する84件のテキストを選定した上で、「国家的屈辱、『病人』の比喩、そして文化」、「『大国』の物語と文化」、「民族復興と文化」という3つのテーマに沿ってコンテンツ分析を実施しています。

分析結果で著者が注目しているのは、過去の中国政治に見られたナショナリズムと習近平の文化的ナショナリズムの違いです。過去の中国のナショナリズムではアヘン戦争以降に中国が味わった国家的屈辱の経験が負の歴史として描き出されますが、習近平はそのことを取り上げることは避けています。その代わりに中国を大国として描いて文化的な優越を印象付け、民族復興の未来に目を向けさせようとしています。

習近平は公式声明で中国文化が「開放的で包括的」であるのに対して、西洋の文化は「排他的」、「自己中心的」、「物質的貪欲」だと批判することで、中国が優越していると印象付けようとしています。著者が調べたところ、このメッセージは全体として一貫性を保つことはできておらず、別の文書で習近平は「文化に高低や善悪はない」とも述べています。ただ、全体として自民族中心の視点は打ち出されており、だからこそ中国は大国になることができたというメッセージが組み立てられています。

84件の文書のうち約35%(29件)が、中国文化を民族復興の重要な要素として位置づけており、それは「アヘン戦争以来、中国人の最大の夢」だとされています。注目すべきは、習近平は自分こそがこの夢を実現できる存在だと主張し、自分自身を中国の救世主として描写していることです。習近平は、自身の外交ビジョンは中国文化に根差した「中国の知恵」だと説明しますが、実際には政治的意図を隠すための方略にすぎないと著者は評価しています。

習近平の文化的ナショナリズムがもたらす社会的リスクについて特に懸念すべきは、文化的多様性の抑圧であり、その漢民族中心の視点は少数民族の文化を不正確に表現し、あるいは抑圧することに繋がります。また、文化が政治化され、習近平の思想に反する傾向が許されなくなると、人々は自己検閲を行うようになり、文化的な創造の自由が制限されることにもなるでしょう。また、政治的には民主主義、女性の権利、信仰の自由、環境問題などの課題は軽視され、対外関係では文化的排外主義の姿勢が強まることが懸念されます。

政治学では、指導者の意思決定を分析する上でどのような信念体系を保有しているのかを明らかにすることが重要であることが指摘されてきましたが、著者の研究もその知見を踏まえたものであるといえます。習近平の文化的ナショナリズムが個人崇拝の傾向を強めているという知見は、中国政治の権力構造が集団指導から個人独裁に移行しているという研究の知見とも合致するものであり、2012年以降の中国がそれまでの中国から大きく変化していることを改めて認識させる研究成果だと思います。

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