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戦争の試練によってヨーロッパの近代国家は育まれた『強制・資本・欧州諸国、990-1992』

国境で区画された領土と、その内部で居住する人民を支配する主権を持った近代国家の原型はヨーロッパで成立しました。この近代国家の制度は、欧米列強が世界進出するにつれて、世界各国で普及するようになり、日本でも1867年の大政奉還以降にはヨーロッパ式の国家制度を採用していくようになります。

アメリカの社会学者チャールズ・ティリー(Charles Tilly, 1929-2008)はこのような国家の近代化の研究で成果を残した人物として知られており、特に1990年代以降の研究動向に大きな影響を及ぼしました。

ティリーの主要業績である1990年の著作『強制・資本・欧州諸国、990-1992(Coercion, Capital, and European States, AD 990-1992)』はヨーロッパにおける国家の近代化を論じたものであり、それも10世紀から20世紀までの1000年という長期にわたってヨーロッパにおける国家の近代化を説明することが目指されています。

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ティリーは他の地域の国々に先んじて、ヨーロッパで国家の近代化が起きた理由を考察し、ヨーロッパで相次いで起きていた戦争に対処するため、大規模な軍事力を維持し、あるいは増強する必要に迫られたためではないかと主張しています。つまり、近代国家は厳しい戦争状態に適応するために形成されたのだと考えられているのです。

前近代の国家は素朴な組織で運営されていました。王族を中核とする血縁集団が権力を握っており、その地位は相続される資産のように見なされていました。周囲に侍る家臣や側近の忠誠は国王から配分される領地や俸給によって維持されていたため、国土に対する権力は地方の領主ごとに分割されており、国王の権力行使は地方領主の権力行使によって阻止されることもありました。

ティリーはこのような状況を踏まえ、国家の近代化の本質が支配者が被支配者の行動を統制する強制(coercion)の拡大にあると考えました。これは強制を実行する役割を担う軍隊が、国家の内部で一元的に管理され、拡大されていくプロセスとして描き出されています。

さらにティリーは国家の近代化を強制の集約化だけで捉えることはできないとも考えていました。ティリーが軍隊の一元化と並ぶ重要な要素として注目したのが資本(capital)であり、より具体的には資本を所有する資本家の役割が重要だったと主張しています。なぜなら、ヨーロッパの歴史において、資本家は武器や糧食などを調達するための軍事費を国家が調達するために不可欠な役割を果たしたためです。強制と資本は、この著作の表題にも使われているように、ティリーの研究のキーワードであり、近代国家の原動力だったと考えられています。

強制と資本は常に国家の近代化に一定の方向性を与えたわけではありません。確かに、度重なる戦争の混乱の中で列強は生き残りを図るために、軍隊の整備と資本の充実を余儀なくされていました。もし敵対勢力より劣弱な軍備しか持っていなければ、そのような国家は容赦なく淘汰されました。ティリーは15世紀のヨーロッパには500以上の政治的勢力が存在したにもかかわらず、20世紀には30ほどの独立国家が残されているに過ぎないことを指摘することによって、このプロセスがいかに熾烈なものであったのかを読者に印象付けています。

ただし、単に戦争への適応性を追求した結果として、強制と資本が結合し、近代国家が誕生したと考えるならば、あらゆる国家制度には一定の類似性があるはずです。しかし、実際のヨーロッパの国々の政治制度には驚くほどの多様性があることにティリーは着目しました。ヨーロッパの列強であるイギリス、フランス、ドイツ、ロシアなどは、いずれも独特な仕方で近代化を経験しており、それぞれ異なる制度を発展させています。ティリーはこの点を説明するため、ある分類方法を提案しています。

ティリーの議論でポイントとなるのは、各国の社会経済的な特性の違いです。ティリーは資本の蓄積が容易な地域かどうかという社会経済的特性の違いに応じて、国家の近代化が異なる経路で進むのではないかと考えました。

例えば、イタリア、スイス、オランダは、いずれも金融や貿易が盛んな地域でしたが、国家が資本家の協力を要請し、彼らから資金の提供を受けることによって、軍隊を整備する資本集約型(capital-intensive)の近代化が進められました。このような近代化を遂げた国は資本家の自由を保証することができるような国家体制を発展させる傾向があります。

これに対して、貿易や金融の発達が遅れたフィンランド、スウェーデン、ロシアでは資本家が階級として台頭せず、権力者は軍隊に強く依存した強制集約型(coercion-intensive)の近代化を進めることになりました。これらの国々では自由を保証する制度があまり発達しておらず、政府の権限が強くなる傾向があります。

資本の集約を先行させる資本集約型の国家の近代化と、軍隊の集約を先行させる強制集約型の中間に位置づけることができるのが資本化強制型(capitalized coercion)の近代化です。これは資本家を国家の内部に取り入れるパターンであるとティリーは説明しており、フランスやイングランド、さらに後のプロイセンの近代化はこの近代化の類型に該当します。そして、このグループこそが近代的な国民国家の形態に効率的に到達できたグループであったともティリーは考えています。

これは国家の近代化を考える上で実に興味深い議論です。ティリーの説によれば、資本主義経済の発達の程度によって国家権力が軍隊に依存する度合いが決まり、それによって国家の近代化の速さにも違いが生じてくると考えられます。

もちろん、この議論には問題もあります。例えば、ティリーは資本化強制型という近代化のパターンを辿った国としてイングランドとフランスを同じ分類に入れましたが、少なくともフランス革命までのイングランドとフランスとの間では軍事制度の形態や経済発展の進展に大きな違いがあります。イングランドは戦時国債を調達する際に、フランスよりはるかに有利な金利で戦費を集めることができており、資本主義経済の発展の程度も進んでいました。

おそらく、ティリーは1000年という長いスパンで国家形態の歴史的変遷を定性的方法で捉えようとしたことに限界があったのでしょう。ティリーの眼から見て、イングランドとフランスの相違が、オランダやロシアとの相違よりも小さいと判断できることは理解できますが、それでも資本集約型、強制集約型、資本化強制型という分類は、長期的視野で国家の近代化を考える上で重要な視点を与えてくれるものです。

ちなみに、ティリーのアプローチとまったく異なった方法で世界史におけるヨーロッパの台頭を説明した著作についても紹介しているので、よろしければまた文献調査のご参考になさってください。


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