内戦を考える政治経済学『貪欲と不満(Greed and Grievance)』の紹介
19世紀にプロイセンの軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦争を政治的交渉の延長と捉えていましたが、現代の研究では政治と経済の関係がますます緊密になっている状況を踏まえ、戦争を経済的交渉の延長と捉える必要があると主張する声もあります。
これは長期にわたって継続する内戦の分析に携わっている研究者の間で支持されている見解であり、『貪欲と不満(Greed and Grievance)』(2000)はその代表的な研究成果です。この著作は内戦を終結させるためには、内戦の当事者を武力攻撃へと駆り立てる経済的な利害関係を理解しなければならないことを明らかにした重要な業績です。

経済の視点で内戦を理解することの重要性が分かる
この著作では複数の論文がまとめられているのですが、その著者の一人であるデイヴィッド・キーン(David Keen)は、第2章で内戦が経済活動に悪影響をもたらすばかりであり、またその当事者に経済的な合理性がない、などと想定することは間違っていると述べています。なぜなら、内戦の遂行を通じて一部のエリートが経済的な利益を追求できる場合があるためです。
例えば、内戦で引き起こされた無法状態を利用すれば、非合法的な麻薬を製造し、それを国外に輸出して利益を得ることが考えられます。内戦をビジネスの好機と見る勢力にとって、内戦それ自体が経済的な利益を生み出すこともあり得るのです。この傾向は世界経済の一体化で強まっていると著者の一人マーク・ダフィールド(Mark Duffield)は指摘しており、第4章で「今日、いわゆる軍閥や失敗国家は局地的に活動するかもしれないが、生き残るためには世界的な視野を持って考えなければならない」と述べています(84)。世界経済の一体化が進めば、非国家主体であったとしても、その活動の資金を調達することは容易になります。
第6章を担当したインドラ・デ・ソイサ(Indra de Soysa)の分析では天然資源と内戦の関係が示されています。ここでは経済と内戦の関係を考える上で示唆に富んだ成果が示されています。まず、その国の経済が閉鎖的だと、経済成長が停滞したまま人口密度が高まった際に、紛争のリスクは大きくなる傾向があることが分かりました。興味深いことに、民族の分布が紛争を引き起こすという仮説を裏付ける証拠はほとんど得られなかったと報告されています。
むしろ、資源の問題の方が紛争のリスクを左右する可能性が高いと評価されています。ただ、農地や森林などの再生可能な天然資源と、油田や鉱床などの再生不可能な天然資源の両方を合計した総量を計算しても、紛争のリスクと一定の関係を見つけることはできません。この2種類の資源は分けて考える必要があり、再生不可能な天然資源は多くなるほど紛争のリスクを高めますが、再生可能な天然資源は少なくなるほど紛争のリスクを高めると考えられています。
統計的アプローチではなく、地域研究のアプローチで経済と内戦の関係を分析しているのが第8章のガンバ(Virginia Gamba)とコーンウェル(Richard Cornwell)です。彼らは歴史的な経緯からアフリカには治安維持能力を持たない失敗国家が数多く存在しており、武装勢力が行政機能を提供する主体になることが多いとしています。アンゴラはその典型的な事例であり、ポルトガルの植民地支配から脱却する際に、キューバ、ソ連の援助を受けた勢力と、米国、南アフリカの援助を受けた勢力が25年近くにわたって断続的な内戦が繰り広げました。
中国から軍事援助を受けて1966年に設立され、米国や南アフリカからの援助を受けながら内戦を戦っていたアンゴラ全面独立民族同盟(União Nacional para a Independência Total de Angola, UNITA)という組織があります。この組織は米国とソ連の冷戦が終結し、外国の援助が途絶えた後も、ダイヤモンド鉱床を確保し、内戦を継続するための収入を確保しました。
その後も内戦が続いたために、紛争を終結させようと1998年に国際連合安全保障理事会は経済制裁を発動し、アンゴラ産ダイヤモンドの取引を国際市場から排除しました。これにより戦費の調達は難しくなり、第三国を通じた密輸を行うなど戦費調達を工夫しなければなりませんでした。この著作は2000年の出版であるため触れられていませんが、アンゴラ全面独立民族同盟は軍事的に劣勢に立たされ、幹部も相次いで殺害され、2002年に和平に応じました。
さらに学びを深めたい方のために
本書は経済と内戦の関係を考える上で重要な貢献を果たした一冊だと思います。内戦当事者の経済的な利害関係を研究することは、内戦を引き起こしているメカニズムを理解することであり、政治がいかに経済と深い関係を持っているのかを再確認することに繋がります。
この著作から派生した研究は数が多く、今でも研究が活発です。最後に私が読んだ中で、本書の研究内容と直接的な関係があり、かつ重要な研究成果だと思うものを3つ選んで簡単に紹介しておきます。
内戦と経済の関係を探る業績であり、続編として位置づけることができる著作です。ミャンマー、コロンビア、コソボ、パプアニューギニア、スリランカなどの事例研究が含まれており、現代の内戦がグローバル経済とどれほど密接な関係にあるのかがよく分かると思います。
Lujala, P. (2010). The spoils of nature: Armed civil conflict and rebel access to natural resources. Journal of Peace Research, 47(1), 15–28. https://doi.org/10.1177/0022343309350015
経済と内戦の関係を考える上で地理の要因が重要であると主張している論文です。例えば、石油のような再生不可能な天然資源が集中している国では紛争のリスクが高い傾向にありますが、もし油田が海上にあると、陸上に油田がある場合に比べて紛争のリスクに影響をおよぼないことが指摘されています。海上にある油田は軍事的に攻略奪取することが難しいために、反乱軍がそれを目標に軍事行動を開始することを思いとどまるためであると説明しています。
Koubi, V., Spilker, G., Böhmelt, T., & Bernauer, T. (2014). Do natural resources matter for interstate and intrastate armed conflict? Journal of Peace Research, 51(2), 227–243. https://doi.org/10.1177/0022343313493455
インドラ・デ・ソイサの議論として、天然資源が紛争の発生確率を規定する可能性が高いと主張されていたことを先ほど紹介しましたが、この2014年の論文では、その理論的説明の妥当性に疑問をさしはさむ余地があると指摘されています。デ・ソイサによれば、再生可能かどうかにかかわらず、その国で天然資源の量が多くなるほど紛争のリスクは高まっている可能性があります。ただし、著者らは内戦だけでなく、国家間の戦争も含めて検討を行っている点に注意が必要でしょう。
これ以外にも経済と内戦に関してはさまざまな研究が続けられている分野ですので、ご興味があればぜひ調べてみてください。
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