【経済】黒字LRT、次の難題(2026.9.8)
芳賀・宇都宮LRTは本当に「成功」したのか――黒字化の先に見える次の難題
2023年8月に開業した芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)は、地方公共交通の「成功例」として語られることが増えています。
利用者数は当初予測を上回り、運行を担う宇都宮ライトレールは黒字を確保。累積損失の解消時期も当初計画より前倒しされる見通しです。
地方都市では公共交通の利用者減少が続き、鉄道やバス路線の維持そのものが難しくなっています。
そのなかで、新しく鉄道を造り、利用者を集め、しかも運行会社が利益を出している。
確かに、これは注目すべき成果です。
しかし、ここで一つ疑問があります。
芳賀・宇都宮LRTは、本当に「成功モデル」と呼べる段階まで来たのでしょうか。
数字を少し深く追っていくと、開業直後の成功とは別の局面に入りつつあることが見えてきます。
ポイントは、現在の黒字そのものではありません。
重要なのは、
「誰がインフラ投資を負担し、誰が利益を計上し、次の延伸で誰がリスクを負うのか」
という構造です。
開業3年で見えてきた「成長率の鈍化」
まず、宇都宮ライトレールの収支を見てみます。
2023年度は開業から約7カ月間で営業収益約7.9億円、純利益5697万1000円。
初めて通年運行となった2024年度には営業収益13億1500万円、純利益約1億9000万円まで拡大しました。
さらに2025年度は営業収益約13.5億円、純利益2億1829万円。
黒字は着実に拡大しています。
数字だけを見れば、順調そのものです。
ただし、ここで注目したいのは「利益が増えた」という事実ではなく、伸び方が変化していることです。
2024年度には純利益が大幅に伸びましたが、2025年度の伸び率は14.5%程度まで低下しています。
もちろん、これは経営悪化を意味するものではありません。
むしろ自然な現象です。
新しい交通インフラは開業直後に利用者が急増し、その後、需要がある程度定着すると成長率が落ち着いていきます。
いわば、典型的なS字カーブです。
芳賀・宇都宮LRTでも、開業直後に見られた「予測を2割以上上回る」という需要サプライズは一巡しつつあります。
現在は、
* 平日朝ラッシュ時の増便
* ダイヤの最適化
* ラッピング広告などの広告収入
* 運行効率の改善
といった施策によって、既存路線から得られる収益を高める段階へ移行しています。
つまり、LRTは「需要が爆発的に増えるフェーズ」から、既存需要を効率よく収益化するフェーズへ入りつつあると考えられます。
これは失敗の兆候ではありません。
むしろ、開業効果が一巡した交通インフラとしては正常な姿です。
ただし、「利用者が増え続け、利益も同じ勢いで増え続ける」というイメージとは分けて考える必要があります。
「黒字」の意味を変えた上下分離方式
芳賀・宇都宮LRTを理解するうえで、もう一つ重要なのが上下分離方式です。
LRTの整備費は約458億円。
そのうち約246億3400万円、約54%が補助金で賄われています。
そして道路や軌道などのインフラを自治体側が整備し、宇都宮ライトレールが運行を担当する仕組みになっています。
この方式には大きな意味があります。
通常の鉄道会社であれば、線路や駅など巨大なインフラ投資を自社のバランスシートで抱え、その減価償却費も負担します。
ところが上下分離方式では、その負担の多くが運行会社から切り離されます。
したがって、
「宇都宮ライトレールが黒字である」ことと、「LRT事業全体の投資が回収された」ことは同じではありません。
ここは非常に重要です。
宇都宮ライトレールの損益計算書に現れるのは、基本的には「運行事業」の収支です。
一方、
道路改良、軌道整備、インフラ更新、将来的な設備拡張などの資本的負担は自治体側にも残ります。
だからこそ宇都宮方式は、他都市から注目されています。
巨大なインフラ投資を運行会社から切り離すことで、公共交通事業を経営的に成立させやすくできるからです。
しかし同時に、この仕組みは事業全体としての投資回収率を見えにくくする側面も持っています。
「黒字だから成功」と単純化すると、この構造を見落とします。
本当の試験は「西側延伸」
そして、芳賀・宇都宮LRTの評価を大きく左右するのが西側延伸です。
現在のライトラインはJR宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地方面へ伸びています。
これをJR宇都宮駅西側へ延伸する構想が進んでいます。
ところが、この計画ではすでに大きな変化が起きています。
2024年11月の宇都宮市長選で、佐藤栄一市長は西側延伸について2030年開業への前倒しを掲げました。
しかし2025年8月になると、市は2030年開業について「厳しい」との認識を示します。
そして同年10月に公表された計画では、開業目標は2036年3月となりました。
わずか約1年で、目標は6年後ろへ動いたことになります。
市長自身も2030年開業が実現できないことについて謝罪しています。
なぜこれほど時間がかかるのでしょうか。
理由の一つが、JR宇都宮駅西側特有の都市構造です。
東側とは違い、中心市街地にはすでに、
* 上下水道
* ガス管
* 通信設備
* 電力設備
* 既存道路
* 商業施設
* 私有地
などが高密度に存在しています。
LRTの軌道を通すためには、こうした地下埋設物の移設や関係機関との調整が必要になります。
さらに用地補償も発生します。
いわば東側が「比較的新しい都市空間に交通軸を通す事業」だったのに対し、西側は既存都市の内部を作り替える事業なのです。
難易度がまったく違います。
458億円から約770億円へ
費用面でも変化は大きくなっています。
東側の整備費が約458億円だったのに対し、西側延伸の概算工事費は698億円、税込では約770億円規模とされています。
もちろん、距離や工事条件が異なるため単純比較はできません。
しかし重要なのは、これから2028年の着工までにも、
資材価格、人件費、建設労働者不足などによるコスト上昇リスクが残っていることです。
近年、大規模インフラ事業では建設費の上振れが世界的な問題になっています。
計画時点では合理的に見えた事業費が、着工時には大幅に上昇している。
芳賀・宇都宮LRTも、この問題と無関係ではありません。
つまり西側延伸は、現在の「LRT成功物語」をそのまま拡張する事業ではないのです。
むしろここから、宇都宮モデルの本当の耐久力が試されると考えたほうがよいでしょう。
東武宇都宮線との接続は「技術」だけの問題ではない
さらに将来構想として注目されているのが、東武宇都宮線との連携です。
技術的には乗り入れの可能性が指摘されています。
しかし、実際の実現には多くの課題があります。
軌間や電圧、車両規格、信号、運行管理システムなどの調整が必要になるからです。
そして、それ以上に重要なのが事業者間の利害調整です。
これは推論になりますが、東武鉄道にとってLRTとの接続が自社線の収益や利用者動線にどのような影響を与えるのかは、当然重要な経営判断になります。
自治体にとって望ましい「広域交通ネットワーク」と、民間鉄道会社にとって望ましい「収益構造」は必ずしも一致しません。
したがって東武線との連携は、
「技術的にできるか」
だけではなく、
「誰にどの程度の経済的メリットがあるのか」
という問題でもあります。
「宇都宮モデル」は全国に輸出できるのか
芳賀・宇都宮LRTには、京都、岐阜、那覇など他都市からも関心が集まっています。
人口減少社会の日本で、新しい公共交通を成立させた事例は貴重だからです。
しかし、ここにも注意が必要です。
宇都宮にはかなり特殊な条件があります。
東側には大規模な工業団地があり、通勤需要が集中しています。
そのため平日の朝夕に比較的安定した利用者を確保できます。
一方、京都や那覇のような都市では観光需要の比率が高く、季節や時間帯による需要変動も大きくなります。
同じLRTを導入しても、収益構造はまったく同じにはなりません。
さらに現在の宇都宮ライトレールの増益には、乗客数だけでなく広告収入やダイヤ改善なども寄与しています。
つまり「LRTを造れば黒字になる」のではありません。
より正確には、
都市構造、通勤需要、沿線開発、行政負担、運行設計を一つのパッケージとして成立させたことが宇都宮モデルの本質
なのだと思います。
成功か失敗かではなく「誰がコストを負担するか」
芳賀・宇都宮LRTを「成功」「失敗」という二択で評価すると、本質を見誤ります。
現時点で確認できる事実から言えば、東側区間の運行はかなり順調です。
利用者は予測を上回り、運行会社は黒字。
累積損失の解消も当初想定より早まる見通しです。
これは明確な成果です。
一方で、その成果は上下分離方式によって巨大なインフラ投資を運行会社から切り離した制度設計の上に成立しています。
そして次の西側延伸では、
2030年開業構想 → 2036年3月
という大幅なスケジュール変更がすでに発生しました。
事業費も約770億円規模になります。
ここから先は「新しいLRTを造ったら予想以上に乗客が来た」という開業時の成功とは別のゲームです。
問われるのは、
成熟した都市空間のなかで、巨大な追加投資をどこまで合理化できるか。
そして、その費用を自治体、国、運行会社、利用者の間でどう分担するかです。
芳賀・宇都宮LRTの本当の評価はこれから始まる
芳賀・宇都宮LRTは、日本の地方公共交通に一つの可能性を示しました。
自動車依存の強い地方都市でも、都市構造と交通政策を組み合わせれば、新しい公共交通に需要を生み出せる。
この意味で、宇都宮の挑戦には大きな価値があります。
しかし「成功したLRT」という現在の評価だけを全国へコピーするのは早計でしょう。
東側で成立したモデルが、より建設条件の厳しい西側でも成立するのか。
約770億円規模の追加投資に対して、どれだけの経済効果が生まれるのか。
沿線地価、企業立地、人口移動、中心市街地の売上、交通渋滞削減などを含めた社会的リターンは、公共負担を正当化できるのか。
そして、東武宇都宮線など既存交通との接続によって「一本のLRT」から「都市圏交通ネットワーク」へ進化できるのか。
この答えによって、芳賀・宇都宮LRTの意味は大きく変わります。
東側の黒字化はゴールではありません。
むしろ、それは第1段階の成功です。
宇都宮モデルが本当に日本の地方都市交通の新しい選択肢になるのか。
その本当の試験は、これから始まります。

