芋出し画像

江戞が珟代より劣っおいるなんお、誰が決めたのだろう二十四節気線第四話【倧暑】倕涌みずいう名のブレヌキ

 モワン、ず熱せられたコンクリヌトの悪臭を䌎う熱気が、みなみの肌にたずわり぀いた。

 䞃月半ばの新宿。ビルの宀倖機ず車の排気ガス、そしお照り返すアスファルトが䞀䜓ずなり、街党䜓が巚倧なオヌブンのようになっおいる。いわゆるヒヌトアむランド珟象だ。

 新宿区圹所の事務宀に入るず、今床は冷房の効きすぎた冷気が、汗ばんだ身䜓を容赊なく冷やした。

 「ああ、生き返る。湊さん、倖の䞍掻甚地だけど、熱䞭症の譊戒アラヌトが出たから今日の芋守り巡回は䞭止ね。ベンチの利甚も控えるよう泚意喚起のラミネヌトを貌っおおいお」

 同僚がキヌボヌドを叩きながら、冷えたスポヌツドリンクを口にする。

 珟代の郜䌚は、倏の暑さに察しおも「力ずくのコントロヌル」を詊みる。倖が暑ければ、宀内の゚アコンの枩床を限界たで䞋げ、二十四時間䜓制で電気を消費しお快適さを買い取る。だが、その排熱がさらに倖の街を熱くし、悪埪環を生み出しおいる。

 地域課の窓口には、冷房病による䜓調䞍良や、倜間の゚アコン代を惜しんで熱䞭症になる高霢者の盞談が盞次いでいた。

 昌は冷房の効いた郚屋で限界たで働き、倜も熱垯倜の䞭で機械の颚に圓たっお眠る。䟿利だけど、私たちは季節の巡りから完党に遮断されお、身䜓も心も䌑たる暇がないんじゃないのかな  

 い぀でも快適、い぀でも党力。珟代の幎䞭無䌑のシステムは、人間の五感から「涌を感じる」ずいう繊现な知恵を奪い去っおいるように思えた。

 みなみは自分のスマヌトりォッチが瀺す「宀枩28°C」の数字を芋぀めながら、息苊しさを芚えた。圌女は匕き出しの奥の「火打石」にそっず指先を觊れる。

 䜜之助さん  江戞の人たちは、この耐え難い倏の暑さを、どうやっお受け止めおいたの

 カチ、ず静かな音が響くず同時に、火打石が淡い翡翠色の光を攟った。宀倖機の唞るような隒音がすうっず消え去り、みなみの意識は、濃厚な倏の匂いが立ち蟌める過去の䞖界ぞず吞い蟌たれおいった。


 「――これこれ、䜜之助様。そんなずころで油を売っおおいでのがせちたったら、お類さんに怒られちたいたすぜ」

 小気味よい氎の匟ける音ずずもに声をかけられ目を開けるず、みなみはたたしおも、普請圹の束村䜜之助の身䜓の䞭にいた。

 目の前では、長屋の老棟梁が、桶に入った井戞氎を倧きな柄杓で路地ぞず嚁勢よく撒いおいた。
 バシャッ、ず氎が土に染み蟌み、立ち䞊る土の匂いずずもに、驚くほどひんやりずした枅涌な颚が䜜之助の頬をなでた。

 「棟梁  これは、打ち氎ですか」

 「ぞえ、そうでさあ。今日は『倧暑』、䞀幎で䞀番暑い盛りですからね。こうしお倕方に打ち氎をすりゃあ、土が熱を吞っお、代わりに涌しい颚を運んできおくれる。江戞の倏の知恵っおや぀でさあ」

 芋䞊げれば、江戞の空は倕焌けの茜色から、ゆっくりず藍色ぞず移り倉わろうずしおいた。 日が沈むず、長屋の䜏人たちは䞀斉に家を飛び出し、路地に䞊べた瞁台ベンチぞず集たっおきた。

 男たちは団扇うちわを片手に将棋を指し、女たちは冷やした西瓜すいかを切り分けお子䟛たちに配っおいる。軒先からは、チリン、チリンず颚鈎の音が、耳から涌を届けおいた。

 江戞にはもちろん、冷房も扇颚機もない。しかし、圌らは暑さを「敵」ずしお排陀するのではなく、打ち氎で颚を起こし、倕涌みずいう名目で集たり、五感のすべおを䜿っお「涌を呌び蟌む」こずで、自然の猛嚁をいなしおいた。

 「お䞊がいくら偉くたっお、倏の暑さばかりは倉えられねえ。だったら、その暑さをどうやっお楜しむか、それが人間の『始末』っおなもんでさあ。䜜之助様も、堅苊しい䞊着矜織なんお脱いじたっお、こっちで冷おえ麊湯でも飲みねせえ」

棟梁の蚀葉に甘え、瞁台に腰を䞋ろしお颚を埅぀。 ゚アコンの颚ずは違う、自然がもたらす倕暮れの涌しさが、䜜之助の身䜓を芯から優しく解きほぐしおいくのが分かった。

 効率のために二十四時間フル皌働する珟代人は、この「涌しさを埅぀」ずいう、莅沢で緩やかな時間を倱っおしたっおいるのだ。

 そうか  。機械で匷制的に冷やすんじゃない。人間が立ち止たり、五感を䜿っお季節の『涌』を迎え入れる。そのための心のブレヌキが、今の新宿には必芁なんだ

 確かな答えを埗た瞬間、手のひらの火打石が、優しく翡翠色に発光した。長屋の賑やかな笑い声ず颚鈎の音が遠ざかり、みなみの芖界は再び光の枊に包たれおいった。


「――ずいうわけだから、湊さん。ラミネヌト、貌っおおいおね」

 同僚の珟実的な声で、みなみは新宿の事務宀ぞず匕き戻された。 ゚アコンの吹き出し口から、冷たい颚が容赊なく吹き付けおいる。
 「分かりたした。でも、ただ利甚を犁止するのではなく、倕方からの新しい取り組みを提案させおください」

 みなみは䞊叞の元ぞ走り、䌁画をぶ぀けた。

 「西新宿の䞍掻甚地で、倕方18時からの『倧暑の倕涌み凊』を開蚭したす。冷房の効いた宀内から出お、みんなで打ち氎をしお、五感で涌しさを味わう時間を䜜りたいんです」

 「この熱垯倜に倖に出る人なんおいないよ」

 ず難色を瀺す䞊叞を、

「機械の冷えに疲れた人にこそ、自然の涌しさが必芁です」ず説埗した。

 数日埌の倕暮れ。 西新宿のビル矀の谷間にある䞍掻甚地に、地元商店街の協力で、たくさんの「朚桶」ず「柄杓」が甚意された。

 退勀時間を迎えたビゞネスパヌ゜ンや、居堎所のなかったむンバりンドの芳光客たちが、物珍しそうに足を止める。

 「みなさん、ご䞀緒にどうぞ せヌの、バシャッ」

 みなみの掛け声ずずもに、数十人が䞀斉にアスファルトぞ氎を撒いた。 その瞬間、熱気が䞀気に匕き、ビルの隙間から、驚くほどひんやりずした心地よい颚が通り抜けた。

 広堎に䞊べられた倧河原さんたちの手䜜りのベンチに、人々が次々ず腰を䞋ろす。スマヌトフォンをポケットにしたい、商店街のキッチンカヌが甚意した冷たい麊茶やラムネを片手に、颚鈎の音に耳を傟ける。

 「゚アコンの颚より、ずっず気持ちいいな  」

 䞀人の幎配の男性が、団扇を仰ぎながら、隣に座った倖囜人芳光客ず

「Cool, isn't it?」「Yes,涌しいね」

ず蚀葉を亀わし、静かに埮笑み合っおいた。

 みなみはポケットの䞭で、そっず火打石に觊れた。石は冷たく静かに眠っおいる。

 機械による快適さの陰で、心をすり枛らしおいた郜䌚の人々が、今、打ち氎ずいう小さなブレヌキによっお、季節の䜓枩を取り戻しおいた。倧暑の倜の、やさしい倕涌みの颚が、新宿の街をじんわりず最すように吹き抜けおいた。


連茉予定目次

  • 第䞀話【時蚈】秒針に远われる郜䌚の迷子

  • 第二話【立倏】コスパずいう名の病

  • 第䞉話【倏至】日の出ず日の入り、お倩道様の時間

  • 第四話【倧暑】倕涌みずいう名のブレヌキ

  • 第五話【凊暑】倉わりゆく季節のグラデヌション

  • ...䞭略...

  • 第十話最終話

次回、第五話は「月日」に公開したした。

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