パーパス経営は上滑っていないか
少し前に「パーパス経営」というワードが流行りました。
パーパス経営とは単純に言えば、目的を持った経営。目的を意識して経営しましょう、ということだと思います。
ですが、こんな当たり前のことはないと思ってしまうわけです……。
なぜなら「経営」というのは「この世界を良くする、何かしらの目的を達成するための手段」だから。「パーパス経営」という言葉が登場するということ自体「いかに手段だけの経営になってしまっていたか?」を示してしまっている気がするんです。
よって「うちはパーパス経営をやっています!」と宣言するのは、言ってみればすごく恥ずかしい言葉のようにも思えてきます。
しかも企業の「パーパス」は上滑ったものになりがちです。
「我が社のパーパスは、環境に配慮しながら、いいものをたくさんの人に提供することです」とか「社会をより良く、より楽しくしたい」など、どうしてもそれっぽい言葉になってしまう。
それが本心だったとしても、本気だったとしても「それっぽく」聞こえてしまう。それが「パーパス」というものの問題である気がします。
というわけで提唱したいのが……
そこで僕が提唱したいのが「社長の言葉経営」です。
(また我田引水かいと言われそうですが、だってしょうがないじゃないか……)
社長の言葉経営。それは社長の言葉によってドライブされる経営です。
「パーパス経営」も「社長の言葉経営」も一緒じゃないかと思われそうですが、パーパス経営というのは、上滑っていて綺麗ごとに聞こえるもの。一方で社長の言葉経営は社長という個人が責任を持って熱を込めて語るものです。よって、上滑ることなく芯を食ったものになります。
今の日本の企業に足りないのは情熱であり、温度感であり、肉声ではないか。そう思っています。そこで社長自身が、人間として、個人としての言葉で伝える。それがもっとも効果的ですし、結果的にもっとも本質的な「パーパス経営」ができるのではないかと思うわけです。
言葉を発信することは、経営そのもの
社長の言葉を発信するというのは「ただの情報発信」には留まりません。
SNSなどでの情報発信は、広報、IR、採用ブランディングというだけでなく「経営そのもの」だと思うわけです。
発信と聞くと表面的なイメージもあります。既に伝えるべき何かがあって、それを「ただ伝える」ことが発信のように思える。
しかし「企業が何を発信するか?」を精査し、整理することは、もはや経営の根幹なのです。企業がどういうことを考え、どういう世界を目指し、何をやっていくのか? そこを決めて、社内外に発信する。それは決して表面的な話ではなく、企業の背骨の部分、企業の本質の部分です。そこを触るというのは経営そのものである、というのが私の言いたいことです。
つまり、発信は「プラスアルファ」ではない。
経営という何かがそこにあって、その表面の部分をただ外に見せることが発信というわけではない。発信自体が本質です。何を考え、何を発信して、何を発信しないか? そういった部分も含めて、経営の重要な部分であると僕は思います。
「どのような世界にしていきたいか」を提示せよ
世界は混沌としています。
今後どうなるかわからない。AIの進展によって労働者が減るのではないかといったことも言われています。誰も未来のことはわかりません。
これだけ世界が混沌としている中で、未来を確実に予測することは不可能に近い。
そこで重要なのは「世界がどうなるか?」ではなく、自分たちが「世界をどのようにしていきたいか」を発信することです。世界が混沌としているからこそ、企業自身が牽引する必要性は増していると思うのです。
企業は、ただ環境に合わせて生き延びていく存在ではないと僕は思います。「どういう世界にしていきたいのか?」を考え、提示して、人、物、お金を集めて、推進していく。未来を予測して合わせにいくのではなく、むしろ自らが未来を作っていく存在になるべきです。そして、それこそが企業活動の核心、本質の部分なのではないかと僕は思います。
