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「ビジネス」はもう、流行ってない

僕は「顧問編集者」として経営者の発信をお手伝いしています。

日々経営者の方を取材して、その人の言葉をコンテンツにして、採用やブランディングにつなげていく。

そんな仕事をする中で、最近なんとなく感じていることがあります。

それはタイトルにもある通り、

「ビジネス」はもう流行らないんじゃないか? ということです。

「ビジネス」に夢があった時代

そもそも「ビジネスが流行っていた」というのも、僕の勝手な主観に過ぎないのですが……体感として、この20年、30年ぐらいのあいだは「ビジネス」がすごく流行っていた気がします。

みんなが「ビジネス」というものに夢を持っていたんです。

2000年代のITバブルで、ホリエモンさんやサイバーの藤田さんたちを筆頭に起業ブームが起きました。「ヒルズ族」なんて言葉も生まれて、インターネット業界で若手の起業家たちが次々と名乗りを上げていった。

それを第一次「ビジネス」ブームとするなら、そのあとのSmartHR、メルカリのようなSaaS/スタートアップブームは、第二次なのかもしれません。(適当です。)

その当時僕は出版社にいましたが、やっぱり「年収1000万円を目指す」とか「デキる人の仕事術」みたいな本がバンバン売れていました。FIRE本みたいなものもすごく売れていた。

お金持ちになりたい。いい車に乗りたい。タワマンに住みたい。デキる人になりたい。そういう分かりやすい憧れが、多くの人の中にあったのだと思います。

ビジネスより生活、ビジネスより人生

でも今は、世の中の空気感が違ってきているなと思います。

「起業」「上場」「成功」「お金持ちになる」という大きなストーリーでは、なかなか人の心が動かなくなっている気がするのです。

そのひとつには、市況の変化もあるかもしれません。

ビッグドリームを追い求めて起業しようにも、もう市場にはスキマがない。なんとか商機を見出したとして、スケールさせるための資金調達も難しくなっていると聞きます。以前のような派手なリターンはなかなか望めない。

AIの登場もデカいです。

面白いアイデアさえあれば、少人数で事業を作って売却、なんてこともできる。最近のタイムラインを見ていても、投資や個人開発のような話題に注目が集まりやすくなっているように感じます。

働き方も変わってきています。最低限稼いで、あとは家でNetflixを観たり、たまに旅行ができればそれでいい、という価値観も広がっています。

「ビジネス」というより「人生」「生活」を大切にする時代になってきている実感があります。

私生活を投げ打って、創業期のベンチャーで会社に寝泊まりしながら猛烈に働き、その先に大きなリターンを得るーー。

かつてそうした働き方にも宿っていたような「ビジネス」の夢や熱気が、薄れつつあるように感じるのです。

商売への回帰

ここまで「ビジネスは流行っていた」なんてお話をしてきましたが、ビジネスそのものは資本主義社会のど真ん中にあるものです。これからも存在し続けるし、社会に影響を与え続けていくのは間違いない。

本来のビジネスは流行り廃りに左右されるようなものではありません。

そう考えると、流行らなくなったのはビジネスそのものではなく、お金稼ぎの手段として、人生の一発逆転の手段としてうまくやっていく、カギカッコ付きの「ビジネス」なのでしょう。かつてはそこに、みんなが夢を見すぎていたのかもしれません。

でも本来のビジネスは、もっと「商売」に近いものだと思います。

ここでいう商売というのは、マネーゲームとしてのビジネスではなく、もっと手元にある、人間の血が通った「商い」のことです。ひとりの人生、価値観、違和感、美意識、怒りや願いから生まれる、もっと血の通った営み。

……これも肌感でしかないのですが、AIの登場もあってか、いま人はより「手触り感」や「嘘っぽくなさ」を求めるようになっていると思います。

そう考えると、いま人を魅了するのは、誰かの人生がにじむ「商売」なのではないか。そんな感覚があります。

会社を主語にしない

「ビジネス」のメッキが剥がれていく中で、企業にとっては「なぜわざわざこの会社に集まるべきなのか?」を語る必要性が高まっているように思います。

表面的な「ビジネス」を掲げていては人も集まらないし、エンゲージメントも高まらない。

では、どうすればいいのか?

僕はビジネスをもう一度「商売」に戻していく作業が必要なのではないかと思っています。

重要だと思っているのは「人」が前に出ることです。

たとえば、社内のエンゲージメントを高めようと考えたとき、ビジョンやパーパスを作り直そう! と思う企業は多くあります。

そこで「デジタルの力で明るい未来をつくる」「笑顔あふれる社会をつくる」といった言葉を並べるわけですが、それで社員はついてくるでしょうか? 「またやってんな」と思われるのがオチではないでしょうか?

すみません。いや、もちろんそういう言葉も大事ですが、それでは人はなかなかついてこないのではないか、とも思うわけです。

原因は会社が主語になっているから。だから「商売」を感じられない。人の血が通っていない(ように見える)んですね。

「会社としてここまで踏み込んで言うと、角が立つかもしれない」「将来の事業展開がしづらくなるかもしれない」「この部署のメンバーが言及されていないコピーになってしまう」……会社の規模が大きくなればなるほど、考えることは増えます。そのぶん、言葉の抽象度も上がっていく。

そうして「みんなの総意」になった言葉は、どうしても「ビジネス」っぽいものになってしまうんですよね。どうにも惹かれない。

江戸時代の商売は、店頭で店主が「これはいいよ〜」「いらんかね〜」と直接お客さんに声をかけて物を売っていたといいます。商品をカゴなんかに入れて練り歩きながら「いらんかね〜」とやっていた。

そこには、その店の、その店主の、個性が色濃く出ていたはずです。商品そのものはもちろんですが、もしかすると人は、その店主の人柄や佇まいに魅力を感じて、ひいきにする店を決めていたのかもしれません。

現代のビジネスも、そういう血の通った商売にしていくことが求められているのではないかと思うのです。

「人生」に共感した仲間を集める

僕らがいま、基本的には「経営者」という「人」に絞ってお仕事をお受けしているのも、そういう思いがあるからです。

もちろん、前に出るべき「人」は経営者だけではありません。ただ、会社の思想や商売の原点をいちばん濃く背負っているのは、多くの場合、経営者であるはずです。

僕らは、それぞれの人生や価値観、ストーリーを深掘りして、それをコンテンツにしていきます。会社としての正しさや組織としての建前ではなく、その人が何を見てきて、何に怒り、何を信じ、どんな世界をつくろうとしているのか。そういう、個人の奥にあるものを言葉にしていく。

こんな変化の激しい時代にそんなことやってる暇ないよ、と思われるかもしれません。

いや、逆なのです。

変化の激しい時代だからこそ、人の言葉が不可欠なのです。

その「ビジネス」感のなさ、嘘っぽさのなさが、いまは人の心を動かすはずです。

僕が目指したいのは、表面的な「ビジネス」に人を集めるのではなく、「人」に人を集めること。個人の人生がきっかけになって、人が集まってくることです。

「〇〇の事業をやってます」「福利厚生はこれこれです」「給料は40万円です」みたいな条件だけではなく、「あ、この人と一緒にやったら楽しそうだな!」「この人が描いている世界はなんだかいいな!」みたいな普遍的な共感や好意で、人が集まってくる。そのほうが企業のエンゲージメントも高まるはずです。

それにビジネスの世界も、もっと面白くなりそうじゃないですか?

☺️

とはいえ正直言うと、僕自身もまだまだビジネス(経営)については勉強中の身です。

それでも、いまのビジネスの世界には、あまりワクワクできない。もっと人間の血が通った営みとして、ビジネスを捉え直したい。

そんな思いもあり、さらなるパワーアップのために、この春から早稲田の大学院に通っています

大衆にとっての「面白さ」や「わかりやすさ」だけではなく、経営全般の基礎知識もきちんと身につけたうえで、ビジネスの世界をもっと面白く編集したい。

最強の顧問編集者を目指して、勉強に励みます!

(ビジネススクールでの学びも、今後noteにアップしていくつもりです✏️)



編集: 豊﨑花

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