「うつ」って簡単になれるよ!
「うつ」って簡単に「なれるよ!」と言うとまるでうつがいいモノのように聞こえますが、もちろんそんな訳はありません。「なる」という表現を使わずに「なれるよ!」という表現を使ったのは、悪い条件さえそろえばいとも簡単にうつになるという事と、決してして欲しくはありませんが、他人をうつにしようと思えば割と簡単にうつに追い詰める事が出来るなと思い、あえてこんな表現にした次第です。
こんにちは。私はwaterと申します。ここまで来ると言うまでも無いかもしれませんが、私はうつです。あわせて適応障害と強迫性障害を持っています。私は医療関係者では無くただの患者です。したがって病気については自分の事実と主観によるものです。
私は保険会社に勤めていましたが、並行して母親の介護もしていました。母親は室内では捕まり歩きをして何とか歩けましたが1人で外出する事は出来ませんでした。そのため生活面の面倒は私が1人で観ていました。母1人子1人のため自分が面倒を観るのは当然だと思っていましたが、知らず知らず心身に負担がかかっていたのかもしれません。
そんな中、2022年4月に転勤で支店異動とあわせて初めて担当する部署に配属されました。会社の人に言わせれば異論はあるでしょうがその部署は私にとっては一番難しい部署でした。その部署は保険の支払いの電話対応や窓口対応が主な業務内容です。若い頃に経験していればまた違ったかもしれませんが、長くその会社で働き、いきなりそれなりのポジションになったためろくに研修等も無く、まわりの目も「そのポジションなら知ってて当たり前」という感じだったため私には厳しかったです。
もっとも部署内の人間関係も大きかったと思います、上司や同僚には正直言って恵まれなかったです。2人だけはいい人(そのうちの1人は精神疾患を患っていて仕事も休みがちでした)もいましたが、それ以外は難しい人か、人畜無害な人でした。その会社は全国的な会社でしたが、その全国の中で苦手な人5人のうち3人が同じ部署にいたのは不幸でした、その3人は私の事を嫌っている事を隠そうともしてませんでした。そういった人たちに仕事を教わりながら日々仕事をしていました。
自分が仕事が出来ていれば人間関係の悪さも何とかなったかもしれません、自分が甘いと言われればそうかもしれません。しかし自分の身体に異変が起き始めるのに時間はかかりませんでした。まず夜が寝られなくなりました。寝ても夜中に目が覚めました、そのため疲れが取れずに朝の車通勤時に事故になりそうな事も何度かありました。また会社に近づくと動悸が高まり、会社にいる間はずっと緊張していました。
5月のゴールデンウィークの平日に有給休暇を取っていた日があったので、病院に行こうと思い、まず内科に電話して症状等を説明すると心療内科を勧められました。内心「心療内科かあ…」と思いました、勝手なイメージですが精神病院をイメージしてました。正直怖かったです、精神病院の患者といえば狂人をイメージしていました、間違いなく偏見なのですが怖かったのは事実です。ですがここは素直に心療内科に行く事にしました。(心療内科と精神科の違いは今も分かりません)
心療内科のある病院を調べると、個人の医院があったのでそちらに行きました。行ってみると普通の病院でした。先生も表現が適切か分かりませんが普通の方に思えました。来院に至った経緯等を説明して診断を受けました。診断結果は「うつと適応障害」というもので「2か月の休職を要する。経過によって期間の変更はあり得る」という診断書をもらいました。
ゴールデンウィーク明けの出勤日に会社に電話し、上司に説明して休職となる前の形として有給休暇を消化する事でその日から会社を休み始めました。
こうしてうつと介護の共同生活が始まりました。
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