ハードプリンの想い出 a Memory of the Baked Egg Flan
昭和四十九年。
うちの母は三十を少し過ぎたばかりだった。
いまで言うと天然というのだろうが、
当時はただ「おっちょこちょい」
そう呼ばれていた。
味噌汁に味噌を入れ忘れる。
財布を冷蔵庫から見つける。
鶏ムネ肉を買い物に行って、
なぜかササミを買ってきてたり。
そんな人だった。
ある日、近所のお母さんたちの
井戸端会議で「焼きプリン」の話になった。
「家で作れるらしいよ」
その一言で、
母の心に火がついた。
「うちの子にも食べさせたる!」
当時、プリンはちょっとしたごちそうだった。
スーパーで三つ入りを買う日もあれば、
お客さんが来た日にしか、
食べられない日もある。
だから母は、料理雑誌を開き、
何度も材料を読み返した。
卵、牛乳、砂糖。
「これだけでええんや」
私は台所の椅子に座り、
完成を心待ちにしていた。
ところが母は、
開始十分で最初の事件を起こす。
「カラメルって何色まで焦がすんやろ?」
考え込んでいるうちに、
ジュワッ。煙が立った。
「あっ!」
鍋は真っ黒。
家中が焦げた匂いになった。
「今日は練習や」
そう言って、母は笑った。
二回目。
今度は慎重だった。
慎重すぎて、砂糖はほんのり茶色。
「……これ、醤油ちゃう?」
私が言うと、
「まだや!」と言った直後、
一気に真っ黒になった。
また失敗。
三回目。
ようやくカラメルは成功した。
ところが今度は蒸し時間を間違えた。
蓋を開けると、
プリンが波打っていた。
「これは…プリンというより木綿豆腐やな」
母は真面目な顔で言った。
私は笑い転げた。
それでも母は諦めない。
四回目。
「今度こそ。」
そう言ってオーブンへ入れた。
ところが、近所の奥さんが
回覧板を持ってきた。
立ち話は五分のつもりだった。
十五分。
二十分。
三十分。
突然、母が叫ぶ。
「プリンっ!」
台所へ飛び込む。
私は「ああ、また失敗や」と思った。
ところが。
焼き上がったプリンは、
思ったより崩れていなかった。
むしろ、表面はツヤツヤ。
串を刺すと、すっと抜ける。
冷蔵庫で冷やし、
皿へ伏せる。
ぽこん。
気持ちのいい音とともに、
きれいな焼きプリンが現れた。
しかも少し長く焼かれたせいで、
中はしっかり固め。
スプーンを入れると、
「すーっ」
という抵抗がある。
そして濃いカラメルが、
ゆっくりと皿へ流れ出した。

ひと口食べる。
卵の香りが濃い。
少し苦めのカラメル。
もっちりした食感。
私は思わず叫んだ。
「お店のよりうまい!」
母は照れくさそうに笑った。
「ほんまか?」
「ほんま!」
すると母は胸を張って言った。
「これは計算や」
いや、違う。
どう考えても回覧板のおかげである。
けれど、その日以来、
我が家のプリンは少し長めに焼くようになった。
レシピには載っていない、
“回覧板の三十分”という工程が加わったのだ。
失敗は、たいてい笑い話になる。
そして、ごくまれに、
レシピよりおいしい思い出になる。
いまでも固めの焼きプリンを見るたびに思い出す。
あの焦げた匂い。
母の「あっ!」という声。
そして、偶然が生んだ、
世界一おいしいハードプリンのことを。

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