遠くを見ると、心も戻ってくる。
久しぶりに、外を歩いた。
しばらく行けない時期があった。
近くでクマの目撃情報が続いていたからだ。
散歩が習慣になっている人なら分かるかもしれない。
歩けない日が続くと、
身体だけではなく、
心まで少しずつ固まっていく。
だからその日、
久しぶりに外へ出たときは、
少しだけ緊張していた。
歩き始める。
すると身体が思い出した。
このリズム。
この空気。
足の裏から伝わる地面の感触。
風の匂い。
歩くたびに、
どこか眠っていた感覚が目を覚ましていく。
ふと顔を上げた。
遠くに山が見えた。
青く、
静かに、
ただそこにあった。
山は何も変わっていなかった。
私が歩けなかった日も。
雨の日も。
不安だった日も。
ずっと同じ場所にあったのだろう。
しばらく立ち止まって見ていた。
気づけば、
目の奥の疲れが少しだけ抜けていた。
画面を見続ける毎日で、
知らないうちに固まっていたものが、
ゆっくりとほどけていく。
遠くを見るとき、
休んでいるのは目だけじゃない。
何かを考えなくていい時間が、
そこにはある。
誰かに合わせなくていい。
正解を探さなくていい。
ただ、
山がある。
ただ、
空がある。
それだけでいい。
自然は何も聞いてこない。
何も求めてこない。
頑張れとも言わない。
もっとやれとも言わない。
ただ、
そこにいてくれる。
だから安心する。
帰り道、
呼吸が少し深くなっていた。
肩の力も抜けていた。
遠くを見ていただけなのに。
でも本当は、
遠くを見ていたのではなく、
置いてきてしまった自分を
迎えに行っていたのかもしれない。
心まで、
少し戻ってきた気がした。

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