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「デジタル証券の虚像」その先へ トークン化に意味がある時、ない時


#日経COMEMO #NIKKEI

2026年9月3日付の日本経済新聞は、三菱UFJアセットマネジメントが、短期国債で運用する投資信託のトークン化に向けて実証実験を始めたと報じた。

実証対象は、残存期間3カ月以下の短期国債に投資し、日々購入・解約できる円建て投信である。記事によれば、将来の商品化を視野に、ステーブルコインなどの決済手段を使った購入・解約の仕組みを検討するという。

「ステーブルコインやトークン化預金との連携が実現すれば、機動的な売買が可能になる見込みだ」

従来の投信では、換金の申込みから代金の受渡しまでに3日程度を要する。これに対して、24時間365日稼働するデジタル基盤上で、短期国債投信とデジタルマネーを接続する。

この記事を読んで、これはこれまで私が一部疑問を呈してきた「デジタル証券」とは、性質が違うと思った。

トークン化そのものに価値がある、という主張には、今も賛成しない。

ただし、何をトークン化し、何と接続するかによっては、実質的な金融機能の改善になり得る。

これまで書いてきたこと

このシリーズでは、トークン化をめぐる説明に、いくつか注意すべき点があると書いてきた。

不動産をトークン化しても、不動産そのものの流動性が高まるわけではない。売却には買い手を探し、物件を評価し、融資や契約の条件を整える時間が必要である。

ファンド持分をSTにしても、従来の組合持分や信託受益権と経済的な権利が同じなら、トークンという器自体が価値を生むわけではない。

「トークン化すれば流動性が生まれる」という説明には、特に慎重であるべきだと思う。流動性は技術ではなく、売り手と買い手、価格、情報、法的な権利、決済資金によって生まれるからだ。

RWAと呼ばれる実物資産のトークン化も、同じ論点を持つ。実物資産は結局、保管、信託、SPV、カストディなどによって、オフチェーンで法的に押さえなければならない。

国境を越えた販売についても、トークン化したから自由に海外へ売れるわけではない。各国の金融ライセンス、販売会社、KYC/AML、税制が本質である。

これらの整理は、技術に反対するためのものではない。技術の名前だけで、経済的な制約まで消えるように語ることへの異議である。

短期国債投信は、何が違うのか

今回の短期国債投信は、もともと現金に近い、高流動性の金融資産である。

裏付けとなる短期国債には価格があり、市場がある。日々の設定・解約にも対応できる。投資家にとっての主な課題は、資産そのものを売れるかどうかではなく、売買と決済にかかる時間と手続である。

ここでトークン化投信がステーブルコインやトークン化預金と接続されれば、次のような流れが現実味を持つ。

ステーブルコインを保有する。待機資金を短期国債投信に移し、利回りを得る。決済が必要になれば、投信を解約してデジタルマネーに戻し、そのまま支払いに使う。

これは、単に「投資商品をトークンにした」話ではない。

現金と運用資産の境界を薄くする話である。

短期国債やMMFは、伝統的な金融でも、企業や金融機関が余裕資金を置く場所として機能してきた。そこにデジタルな決済手段との相互運用性が加われば、資金は決済に備えながら、より短い時間でも運用に回りやすくなる。

非流動資産に、見せかけの流動性を与えようとするトークン化とは、ここが決定的に違う。

もともと流動的な金融資産と決済手段を、同じデジタルインフラ上で滑らかに接続しようとしているのだ。

「資産のトークン化」ではなく、金融インフラのトークン化

このテーマを「資産をトークンにする」と捉えると、本質を見失いやすい。

重要なのは、短期国債投信、ステーブルコイン、トークン化預金、カストディ、本人確認、決済、会計記録が、どこまで安全に接続されるかである。

つまり、トークン化の真価は、金融商品のラベルをデジタルに替えることではない。

金融の”配管”を作り替えることにある。

現在の金融では、資産の保有、売買、送金、決済、担保管理が、それぞれ別のシステムと時間軸で動いている。そこには長年の実務と規制に支えられた安全性がある一方、待ち時間、照合、資金拘束という摩擦もある。

短期国債投信とデジタルマネーを同じインフラ上でつなぐ試みは、この摩擦を減らす。だからこそ、単なる話題性以上の意味がある。

米国でトークン化がMMFから広がっていることにも、同じ理由があるのだろう。現金に近い安全資産を、決済可能なデジタル資産の近くに置く。そこには、実需がある。

摩擦が消えれば、緩衝材も消える

もっとも、即時化は無条件に良いことではない。

IMFの2026年のワーキングペーパーは、トークン化による効率化の一方、現在の金融市場インフラが担うネッティング、流動性管理、危機時の裁量などの機能をどう確保するかを論じている。ここは軽視すべきではない。

The Evolution of Financial Market Infrastructures in a Tokenized Economy, IMF Working Paper WP/26/136
https://www.imf.org/-/media/files/publications/wp/2026/english/wpiea2026136-source-pdf.pdf

即時決済には明確な利点がある。決済リスクを減らせる。資金移動は速くなる。市場が閉まっている時間を減らし、24時間利用しやすくなる。

一方で、現在の清算機関が行うネッティング、つまり多数の取引を差し引きして最終的な受払額を小さくする機能が弱まれば、その分だけ市場参加者に必要な流動性は増えるかもしれない。

担保請求や清算も即時化しやすくなる。平時には効率的でも、市場が動揺する局面では、資金・担保の移動がより速く、より広く連鎖するおそれがある。

摩擦はコストである。しかし、すべての摩擦が無駄とは限らない。

少し遅いこと、差し引くこと、待つことが、危機の際には市場を支える緩衝材になっている場合もある。

だから、技術的に可能だから即時化する、という発想では足りない。どの取引を即時化し、どの場面に流動性の備えを求め、どのリスクを誰が負担するのかを設計しなければならない。

トークン化は、目的ではない

三菱UFJアセットマネジメントの実証には、まだ制度上の課題もある。日経記事が指摘する通り、現行の投信法ではトークン化投信を第三者に譲渡することには制約がある。

これは、ブロックチェーンを使ったからといって、既存の法制度や投資家保護の論点がなくなるわけではないことを示している。

ただ、だからと言って、この実証は価値が無いわけではない。

むしろ、どのような制度、決済手段、運用商品を組み合わせれば、金融機能として意味のある改善になるのか。その問いを具体化する実証になる可能性がある。

何を、何のためにトークン化するのか。

非流動資産を魔法のように流動化することが、トークン化の価値ではない。本当に意味があるのは、もともと流動性のある金融資産と決済手段を同じインフラ上で接続し、金融の配管を作り替えることではないか。

その配管は、目立たない。

しかし、水道の蛇口をひねれば水が出ることが便利なように、見えない配管の変化こそが、金融の使われ方を静かに変えていくのかもしれない。

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