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「これからはWebtoon」と言われていた頃に仕事を始めた僕の“その後”の話

――Webtoonブームの入口から、現在の仕事になるまで

最近SNSでWebtoonについての議論をよく見かけます。

数年前には「これからはWebtoonだ」「Webtoonで世界を獲る」
といった言葉が、かなり勢いよく飛び交っていました。

僕がWebtoonの仕事を始めた2021年頃も、まさにそんな時期でした。

制作スタジオが次々と立ち上がり、漫画家やイラストレーターを対象にしたスカウトや求人もかなり活発だったように記憶しています。

ところが、それから数年が経ち、
制作スタジオの撤退や方針転換なども起きました。

最近では、当時Webtoonを強く推していた側からも「思ったようにはいかなかった」「Webtoonは難しかった」といった振り返りが出ているようです。

それに対して、
「あれだけ『これからはWebtoonだ』と言っていたのに、今になってそんなことを言うのか」

と反発する声も見かけます。

その気持ちも、なんとなく分かります。

一方で、新しい市場に期待して実際にやってみた結果、
「当初想定していたものとは違った」と認識を変えること自体は
別におかしなことではないとも思います。

また、最近の議論を追っていると、
そもそも韓国でWebtoonが生まれ発展した背景と、
それが日本へ持ち込まれたときの条件はかなり違っていたのではないか、
という話も出てきます。

韓国では従来の漫画市場が厳しい状況に置かれていた中でWebtoonという新しい形式が台頭した。
一方、日本にはすでに大きな漫画市場が存在していた。
そうした前提条件の違いをどこまで考えていたのか。

この辺りは僕自身も知らなかったことが多く、「そういう背景もあったのか」と興味深く議論を眺めています。

ただ、業界全体として何が正しかったのかを僕が判断することはできません。

これまでの記事でも書いてきましたが、
僕はスタジオを経営していたわけでも、
編集として企画を動かしていたわけでもありません。

あくまで分業制作の一工程で仕事をしてきた人間です。

以前、Webtoon業界の変化を自分の仕事の変化から振り返った記事を書きました。

そして前回は、Webtoonの分業制作について、ネームを担当している自分がどう作品と向き合っているのかを書きました。

今回は、もう少し個人的な話をしたいと思います。

「これからはWebtoonだ」と言われていた頃に、
その入口から入った一人の人間がその後どうなったのか。

僕自身の話です。



1.漫画の仕事で食べたい。でも、まだ食べられなかった

僕がWebtoonの仕事を始めたのは2021年です。

当時から、漫画の仕事で食べていきたいとは思っていましたし、
漫画の仕事をまったくしていなかったわけではありません。

ただ、それだけで生活できるほど仕事につながっていたかというと、そうではありませんでした。

「漫画の仕事をしている」と「漫画の仕事で生活している」の間にはまだ結構な距離がありました。

そんな時期に、Webtoon制作の仕事が一気に増え始めました。

当時のWebtoon業界は、かなり積極的に人材を探していた印象があります。

すでに商業漫画で実績のある漫画家だけではなく、漫画家志望者やイラストレーターなど、それまで既存の漫画市場では十分に仕事へ結びついていなかった人たちにも、広く声をかけていたように思います。

もちろん、これは僕から見えていた範囲での印象です。

ただ、少なくとも僕自身は、まさにそこから入った一人でした。

当時は、Webtoon制作に関わる人を「漫画家」と呼ぶこと自体に抵抗を感じる人も、今より多かったように思います。

縦スクロールという形式もそうですし、原作・ネーム・作画・着彩などを複数人で担当する制作方法も、それまで日本で一般的にイメージされていた「漫画家」とはかなり違いました。

僕自身も、まさかそこから自分の漫画の仕事が大きく広がっていくとは思っていませんでした。


2.最初にやったのは、ネームではなく背景だった

現在僕は、Webtoonでは主にネームを担当しています。
でも、最初からネームをやっていたわけではありません。

実は最初に始めたのは背景制作でした。

ところが、これがなかなか軌道に乗りませんでした。

担当する予定だった作品が連載までたどり着かなかったり、途中で担当編集が辞めたり。

仕事の話はあるけれど、それが継続的な仕事になかなかつながらない、
そんな状態が続きました。

その頃、別のところからネームのトライアルを受けないかという話をもらいました。

そこで僕が考えたのは、ものすごく現実的なことでした。

「ネームの方が回転を速くできそうだし、複数の仕事を掛け持ちしやすそうだな」

それでトライアルを受け、徐々にネームの仕事へ移っていきました。

今振り返ると、何か明確なキャリアプランがあって「自分はWebtoonのネームを専門にやっていこう」と決めたわけではありません。

そのとき仕事として成立しそうなものを試してみた。

結果として、それが今まで続いている。

それくらいの始まりでした。


3.気づけば4社くらい掛け持ちしていた

その後、Webtoon制作スタジオが一気に増えていきました。

いわゆる黎明期のバブルのような時期です。

一時期は僕も、4社くらいの仕事を掛け持ちしていました。

「これからはWebtoonだ」という当時の言葉が正しかったのかどうかは分かりません。

ただ、仕事を受ける側にいた僕から見ても、

「ものすごい勢いで人を集めているな」

という感覚は確かにありました。

それまで漫画の仕事だけでは十分な収入になっていなかった僕にとって、Webtoonは漫画の仕事で生活していくための、大きなきっかけの一つになりました。

ただし、ずっとその勢いのままだったわけではありません。


4.仕事の入口そのものが変わっていった

しばらくすると、制作スタジオが一気に増えていた時期も少しずつ落ち着いてきました。

僕自身も仕事を増やそうと、改めて営業をかける時期がありました。

そういうとき、まず声をかけるのは過去に一緒に仕事をしたことのある会社です。
以前、一緒に連載を作り、それなりに結果も出たスタジオがありました。

まったく知らない会社へ営業するより、すでに仕事をした実績があるところの方が話は早いだろうと思って連絡しました。

ところが、その間にクリエイターの採用や作品へのアサイン方法が大きく変わっていたのです。

新しい仕組みでは、各ポジションごとにトライアルを受け、その評価によってバッジが付与されます。

バッジにはランクがあり、そのランクに応じたコンペに参加できる。
そしてコンペを通過すれば作品へアサインされる、という仕組みでした。

仕組みそのものの良し悪しについて、ここで論じるつもりはありません。
ただ、僕の場合ちょっと不思議なことが起きました。

そのスタジオではすでにネーム担当として連載を経験していたのですが、新しい制度上ではネームのバッジを持っていない状態になっていました。

一方、連載まで至らなかった背景制作の方には、なぜか最初からゴールドのバッジが付いていました。

背景のトライアルを受けたのは、ネームの仕事を始めるより前です。

ネームでもトライアルを受け、その後実際に連載を担当しています。

なので、

「ネームの方は連載までやっているんですが、こちらにはバッジが付かないんでしょうか?」

と一度問い合わせました。

ただ、これ以上やり取りしても水掛け論になりそうだったので、特に食い下がることはせず、新しい仕組みに従って改めてトライアルを受けました。

そして、無事にバッジを取得しました。


5.バッジを取得した頃には自分の状況が変わっていた

これでコンペにも参加できるようになりました。
実際、今でもコンペの案内はかなり頻繁に届きます。

ところが、その頃には別のスタジオから継続的なネーム案件が入るようになっていました。

さらに、それとは別に進めていた成人向け商業漫画の仕事も本格的に回り始めました。

今度は僕の方に、コンペへ参加するスケジュールの余裕がなくなりました。

そのため、せっかく取得したバッジは持っているものの、一度もコンペには参加していません。

あれだけ「バッジがないんですが」と問い合わせて、改めてトライアルまで受けたのに、いざ取った頃には僕の方が忙しくなっていた。

なかなかタイミングの合わない話です。

ただ、この経験は結構印象に残っています。

Webtoonの仕事を始めた頃は、制作会社が次々と人を探していて、僕自身も複数社を掛け持ちしていました。

それが数年経つと、以前仕事をした会社であっても、新しく作られた仕組みの入口から入り直すことがある。

会社や業界のフェーズが変われば、仕事を得るためのルールそのものも変わる。

新しくできた市場の中で働くというのは、そういう変化にも付き合っていくことなのだと思います。


6.Webtoonとは別に、自分の漫画も作りたかった

ここまでの流れだけ読むと、

「Webtoonの仕事が不安定だったから、別の仕事として成人向け漫画を始めたのかな?」と思われるかもしれません。

でも、実際の時系列は少し違います。

成人向け漫画に向けた活動を始めたのは、先ほど書いたスタジオの制度変更より前です。

そもそもの動機も、Webtoonから逃げ道を作ることではありませんでした。

分業Webtoonでは、僕は一工程を担当します。

ネームならネームを作って、そこから先は作画や着彩を担当する人へ渡します。

それはそれで漫画を作る仕事として面白い。

ただ、それとは別に、

自分で一本の漫画を最初から最後まで作り上げる経験もしたい。
という思いがありました。

そして、漫画家としてもっと画力もつけたかった。

そのために始めた活動の一つが成人向け漫画でした。

それがどうやって実際の商業仕事につながっていったのかについては、以前別の記事で詳しく記録しています。


7.最初から「二刀流」を目指していたわけでもない

結果として、現在の僕はWebtoonのネームをやりながら、商業の成人向け漫画も描いています。

仕事の仕方はかなり違います。

Webtoonでは、分業の一工程としてネームを作る。

成人向け漫画では、自分で話を考えて、ネームを切って、作画して完成させる。

今となっては、この二つが僕の漫画家としての仕事の大きな柱になっています。

ただ、最初からこういう形を設計していたわけではありません。

背景制作がなかなか継続しなかった。

そこへネームの話が来て、「こっちの方が仕事として回しやすそうだ」と思ってやってみた。

一方、自分で漫画を完成させる経験と画力が欲しくて、別に成人向け漫画を描き始めた。

それぞれ、その時点では別々の理由で始めたことでした。

後から振り返ると一本のキャリアに見えるけれど、当時の僕に今の形が見えていたわけではありません。

その時々で必要だと思ったことをやっていたら、結果として複数の漫画の仕事を持つようになっていました。


8.「Webtoonは成功した/失敗した」だけでは拾えないもの

Webtoonが日本で成功したのか、失敗したのか。

「Webtoonで世界を獲る」という当時の大きな目標が、どこまで達成されたのか。

僕には、それを判定できるだけのものは見えていません。

ただ、一人の制作者として経験したことなら話せます。

2021年。

漫画の仕事で食べていきたいけれど、まだそれだけでは生活できなかった僕が、Webtoonの仕事を始めました。

最初は背景でした。

それがうまく継続せず、ネームのトライアルを受けました。

その後は複数のスタジオで仕事をするようになり、業界や会社の仕組みが変わる中で、仕事の取り方も変わりました。

その間、別の理由から自分自身の漫画も作り始め、それが成人向けの商業仕事につながりました。

そして今も、Webtoonのネームを仕事にしています。

だから僕にとって、

「これからはWebtoonだ」という言葉も、
「Webtoonはダメだった」という言葉も、
少し大きすぎます。

Webtoonは、僕が漫画の仕事で生きていくきっかけの一つになりました。

でも、そこから一本のレールの上を走って、今にたどり着いたわけではありません。

業界が変われば自分も動いたし、自分がやりたいことがあれば別の場所でも動きました。

業界の成功や失敗と、その中にいた一人の人間のキャリアは、必ずしも同じ物語ではない。

最近のWebtoonをめぐる議論を眺めながら、そんなことを考えていました。

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