中米旅行記Ⅱ part5 石油禁輸下のキューバ首都ハバナを歩く(後編)
朝7時頃。
バチンという音で目が覚める。
ただ周りは真っ暗。
つまり停電である。


入国する前日は全土が停電したというキューバである。幸い今回の停電は1時間弱で回復したものの、こんな頻繁に停電されちゃ調理中のママとか溜まったものではないだろう。
これも全て国の電力供給の大半を担う火力発電所の施設老朽化と、そもそもの燃料となる石油が米帝に止められているためである。
キューバの石油の大半を占めていたベネズエラが1月に米帝にボコられて以降、この国の石油事情は最悪を常に更新し続けている。
オールドハバナの街中も、元々のインフラが脆弱なこともあってか石油不足の影響をモロに受けているようで、これまで訪れた中南米の都市の中では最も汚い部類に入るだろう。
なんせゴミ収集が機能してないので、通りの角には無限にゴミが積み上げられており、エグい悪臭が漂っている。
一部に至っては水道管のポンプも動いてないようで給水車に住民が集まる様も散見された。オールドハバナに限ればその不衛生さは、ダマスカスやラホールを越えてカブールに並ぶレベルか。






いくら新市街の方はインフラがまだ機能しているとはいえ、観光のメインとなるオールドハバナがこれではそりゃ外国から人は来ないだろう。万全の状態なら巷で言うようなレトロな街並みが見れたであろう片鱗が感じられることもあり残念極まりない。
さて、ボロい建物ばかりのオールドハバナばかり廻るのもあれなので、渡し舟に乗船してハバナ湾の対岸に向かう。なお船賃は僕が200ペソだったのに対して現地人は10ペソだった。これは詐欺ではないよ、とわざわざマダムが教えてくれたので外国人料金なのだろう。
渡し舟に外国人料金導入するとは資本主義に毒されてしまって悲しい限りである。



オールドハバナの対岸には、かつて港湾部を守っていたスペイン植民地時代の要塞群が聳え立っており、どれもが世界遺産になっている。
まず対岸側の船着き場から坂を10分ほど上がるとキリスト像が見えてくる。大してデカいわけでもないがここもハバナの観光名所らしい。ジモティ曰くリオのコルコバードのキリスト像と並び立つ存在とのこと。流石にリオに謝った方がいい。


このキリスト像から更に北側に20分ほど進むと手前側にカバーニャ要塞が、そして奥にモロ要塞が見えてくる。
カバーニャ要塞は1762年のイギリスによるハバナ占領後の1763年から約10年かけてスペインによって再建されたもので、よく見ると内陸側は五稜郭のような星型要塞となっている。
入場料は600ペソとお安いが、平時であれば多くの土産物屋が軒を連ねているのであろうと思われる商店街は今では一軒も営業しておらず寂しい限りである。また稜堡がカッコいい陸側と違って海側は割と単調なデザインなので微妙。




一方のモロ要塞はカバーニャから100年以上前の1640年に建設されたもの。敷地面積的にはカバーニャ側には及びもつかないが、当時のカリブ海世界で最強を誇った高さ20mを誇る城壁はなかなかに見事。
あのフランシス・ドレイクの攻撃をも退けた実績のある要塞であるためか、後付けされた灯台と含めて入場料はカバーニャを上回る1000ペソである。たしかに城塞として見るなら圧倒的にモロの方が戦闘用としての面構えをしており見応えがあった。
モロ側では幾つかの土産物屋が細々と開いていたので少し話を聞くと、今では観光客は1日20人来れば万々歳とのこと。キューバというかカリブ海屈指の世界遺産が今ではこれである。案の定ありとあらゆる品物を売り付けようとしてくるが、やはり期待外れの観光客であるので散々値切りした上に少ししか買わない(買っただけ偉い)




なお要塞群への道程にはキューバ軍の施設があり、古い東側の装備が屋外展示してあった。メインがMig21なあたり弱そうやなぁ…。
また港湾部をよく見るとキューバ海軍のリオ・ダムジ級フリゲートも停泊している。1975年に建造されたトロール漁船を魔改造したものである。これもまた…弱そう…。



再度渡し舟を使ってオールドハバナに帰還。改めて市内を散策をするも、オールドハバナ内の博物館系の施設は(カピトリオ以外)どれも開いている気配がない。一応有名らしいオールドハバナの西側を貫くマルティ通りも歩いてみても、両側はやっぱり廃墟(あるいは廃墟レベルにボロい建物)ばかりである。
革命博物館とかかなり興味があったのだが、こちらも閉館中で屋外展示してある展示品を遠目に眺めるしかない。てか対岸側の軍事施設にあった展示品こっちに持ってくればいいのに。
と、愚痴ってたら犬のうんこを踏んだ。最悪や。
なおここハバナにすら中華街はあった。グレートチャイナパワーや!




宿に戻って荷物を取り、連絡バスを使ってホセ・マルティ国際空港へ向かう。往路にも使ったこの連絡バスは掲示板を見る限りはオールドハバナの各地から出発しているはずなのだが、宿のオバチャン曰く、便数は半減してて使えるバス停も限定されているらしい。
実際往路と同様に中央公園からバス乗ったのだが、案内の上は幾つかのバス停に寄ってきたはずのそれは、明らかに始発の風体をしていた。より宿に近い渡し舟の乗り場付近にもバス停はあったが、大人しく中央公園まで歩くのが吉だろう。





中央公園からバスに乗り込み(このタイミングでも大勢の物乞いが押し寄せてきた。)、昨日ぶりにホセ・マルティ国際空港に戻ってきたが、相変わらずエネルギー不足なためエスカレーターすら機能してない。
たぶん米帝の制裁がない頃は素晴らしい観光立国なんだろうなというのが分かるような内装な土産物屋があるだけに悲しい限りである。
とりあえず米帝の悪行に怒りを覚えつつキューバを脱出、今度こそガチのリゾート地カンクンに向かう。ちゃんとキューバ出国スタンプは貰えたのでノルマは達成である。
※出国3日後にまた全土停電に陥ったらしい。


