毎年4月25日にやること|安全祈念
本日・4月25日は通常投稿をお休みしまして、鉄道の安全運行を願いたいと思います。
福知山線脱線事故
2005年4月25日(月)
福知山線(JR宝塚線)塚口~尼崎を走行中の快速電車が、制限速度を超過してカーブに進入して脱線転覆し、線路に隣接するマンションに激突するという事故が発生しました。
ここでは、わたしが当時の状況について情報収集するにあたり、参考にした外部サイトを3つ紹介します。
・1両目に乗車していたかたの手記
・乗務員と指令所の無線記録
・国土交通省 事故調査委員会報告書
現地を訪れ、何を思うか
事故が起きたあと、何度か現地(付近)を訪れています。
多くのかたが命を落とした場所を、部外者が訪れて写真を撮るという行為に対して、当事者のかたがご不快に感じたり、不謹慎だとのご批判もあるかもしれません。
それでも、「安全とはなにか」をつき詰めていくうえで、現地で現物をみて感じたことを、きちんと自分のなかに刻むことが重要だと考えました。
2005年5月 復旧前
事故翌月の5月は、事故調査や撤去作業が行われており、鉄道施設の復旧作業は5月31日に着手したとのことです。

京都方面からJR宝塚線経由で宝塚・新三田などへむかう普通電車については、宝塚線へ入線できないため尼崎折返しで運転していました。

このJR宝塚線が運休となっている間は、並行する阪急宝塚線などで振り替え輸送を実施しており、沿線利用者への影響も大きいものでした。
2005年8月 復旧後
事故現場となった、塚口駅から尼崎駅へと向かう、半径304mのカーブです。

快速電車が激突したマンション(エフュージョン尼崎)については、JR西日本が全戸買取という形をとり、2005年8月上旬までに全員の退去が完了したので、この写真を撮った時点では「空き家」の状態になっています。
その後は、
・思い出すとつらいので取り壊してほしい
・忘れてはならないので保存してほしい
という両方の意見があり、
長い期間をかけてとりまとめ、
「4階部分までを慰霊施設として保存する」
という形に決着しています。
2019年5月 「祈りの杜」訪問
慰霊施設「祈りの杜」は2018年9月に完成し、入口で記帳することで一般人も入場することができます。

祈りの杜には2019年5月に訪れました。
快速電車が激突したマンション駐車場部分に残る痕跡や、事故の詳細を伝えるパネル展示よりも、何よりも心に響いたのは、ご遺族から寄せられた手記でした。
平和な暮らしが続いていくなかで、
休日のリビングで新聞やパソコンを広げて、
「大きな事故が起きたんだなぁ」
と、眺めているだけでは得られない、
事故の実感や喪失感が、そこにはありました。
知ってほしいこと
この事故による犠牲者は、公式には「106名の乗客および運転士、計107名」とされています。
わたしの知る限りでは、事故による直接的な受傷ではない形で亡くなったかたが、複数いらっしゃいます。
「がれきの下の医療」を実践した医師
脱線事故が発生した直後に、現場から60km離れた滋賀県の栗東から駆けつけて「がれきの下の医療」を実践した医師のかたがいらっしゃいました。
冒頭で紹介した「1両目に乗車していたかた」の手記にも、クラッシュ症候群防止のために点滴を打った医師がいた…と言及されています。
この医師は、のちに過労により自ら命を絶たれました。
このほかにも、最愛のひとを事故で失ったことで、自ら命を絶ったかたもいらっしゃいました。
事故は、直接的な被害者のかたはもちろんのこと、関わったすべてのひとの人生を変えてしまいます。
4月25日は、鉄道の安全を願う日。
二度とこのようなことが起きないことを願っています。
