国宝松江城を見る
お待たせしました。やっとこさ松江城とご対面です。

松江城は1607年に堀尾吉晴の次男、堀尾忠氏によって築かれてから改修を続けながら現存している国宝5城(姫路、彦根、松本、犬山)のうちの1つです。

明治に入ってから廃城令というのが出て、松江城の建造物は天守閣含め解体される予定でしたが、1873年(明治8年)に地元の有志によって天守閣が買い取られ無事に残ったそうですが、その額当時の金額で180円。
現在の価値に直すと当時の1円は約2万円ということで、現在で言うところの360万円で買われたそうですが、不当に安いですね。これは、建物としての売価というよりもスクラップとしての売価の意味合いが強かったからだそうです。
因みに当時の公務員の給料が月8~9円らしいので、頑張れば月賦で買えそう。
更に余談を重ねると、1890年(明治23年)に日本に教師としてやってきた小泉八雲の月給は100円。島根県知事に次ぐ月給だったそうです。

そういえば松江城といえば、オカルト愛好家の間で有名なのは松江城下では盆踊りをしてはならない、という伝承があること。
松江城を築城する際に、天守閣の石垣が何度積んでも崩れるので、人柱が必要だろうという話になり、堀尾吉晴が盆踊りを催し、そこで最も上手く踊っていた少女を攫い、人柱にした所無事に石垣も組み上がり城も落成しましたが、結局堀尾吉晴、堀尾忠氏とも早々に急死し、堀尾家は改易という憂き目を見ることに。その後、盆踊りを松江城城下で行うと城が揺れるので盆踊りを行うことは無くなった、と。
まさか、令和の現在になっても盆踊りをしていない訳は…と思って調べたら、松江市内ではいくつか盆踊り大会はあるものの、松江城下のエリアでは盆踊り大会は行われていませんでした。
学生時代に見たケーブルテレビの番組で、松江市役所に「いついつ〇〇(松江城下)で盆踊り大会をしたいんですけど」という問い合わせをすると、「いや、それはちょっと…」と濁されるという話をやっていましたので、割と真実かも。

松江城は現存天守ということで、足の短い自分が上り下りするには若干しんどかなと思ったので、登るのは止めて帰ることに。途中、城山稲荷という稲荷神社を発見。

堀尾氏→京極氏→松平氏と藩主が変わり、松平直政が夢のお告げが元で建てられた稲荷神社らしいです。

この石狐。すごい数があるな…と思ったらその数1000体。

石狐に圧倒されながら歩くと、立札を発見。

明治時代までは数千体もあったという石狐。調べるとサイトに寄っては小泉八雲は毎日の様にここに通ったという話が載っています。

小泉八雲が特に褒めたという2体。確かに愛嬌のある顔つきをしています。
