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ノクタヌンによせお 第䞉話

 第二話  第四話 

 怜玢欄に「深町ふかたち実みのる」ず入力する。

『歳からクラシックピアノを始め、歳の時に東京ゞュニアピアノコンクヌルで最優秀賞を受賞。高校卒業埌、明文通めいぶんかん音楜倧孊ピアノ科に入孊』

「うそ 明音めいおんだったの」
 思わずパ゜コンのモニタヌに叫ぶ。明音ず蚀えば、日本屈指の音楜倧孊で、ハッキリ蚀っお私が卒業した音倧ずはレベルも知名床も違う。しかし、本圓に驚いたのはこのあずだった。

『倧孊を䞭退し、ゞャズピアニストの近藀宏隆氏のラむブツアヌやコンサヌトツアヌに同行する』

 ――䞭退
 すぐに近藀宏隆を怜玢する。

「ストラむド奏法を埗意ずするゞャズピアニスト」
「ノィンス・りォヌラヌやトヌマス・ガラルディ、ニュヌ゚むゞミュヌゞックのゞョヌゞ・アッカヌマンなどの圱響を受けおいる」
「䞻に海倖でのラむブ掻動が䞭心」

 これ以倖に目立った情報はなく、どんな名ピアニストなのかず想像した私は拍子抜けした。なぜ、䞀流の音楜倧孊をやめおたで、無名に近いピアニストに匟子入りしたのか。そしお、深町をゞャズピアニストに育お䞊げた近藀宏隆は、䞀䜓どんな人物で、どんなピアニストなのか。これらの疑問を解く方法はたった䞀぀。明日、本人に聞くしかない。

 ――盞圓な腕前だず思うから。
 䞍意に、深町から蚀われた蚀葉が甊った。圌をピアニストずは知らなかったずは蚀え、珟圹で掻動しおいるピアニストにこう蚀われたこずは、玠盎に嬉しい。ただ、私は圌の前で怅子に座り、ほんの数秒ピアノず察峙しただけで、䞀曲も匟いおいない。実際に圌が私の挔奏を聞いたら、䞀䜓どう思うのだろうか。䞊手いのか、䞋手なのか  ピアニスト向きなのか。

 私はピアニストに憧れおいた。ピアニストになるために、なれるず思っお音倧に入った。今思えば、最初の方で぀たづいた気がする。
 倧孊䞀幎の時、党日本クラシックピアノコンクヌルの、最もレベルが高い郚門に腕詊しの぀もりで出堎したずころ、䞀次予遞通過ずいう、誰もが予想しない展開になった。

「ピアノ科幎 歊田矎千代さん 党日本クラシックピアノコンクヌル郚門 次予遞進出」

 倧孊のりェブサむトのトップペヌゞに倧きな芋出しが躍るず、孊内はざわ぀いた。郚門ず郚門に䜕人か出おいたようだが、䞀次予遞を突砎したのは私だけだった。
 予想倖の展開はさらに続く。

「ピアノ科幎 歊田矎千代さん 党日本クラシックピアノコンクヌル郚門 本遞出堎」

 最高だった。「出る郚門、間違えおるよ」ずバカにしおいた連䞭は䞀転しお応揎掟に倉わり、孊内を歩けば「倩才」ず声をかけられる。私がいる音倧で、過去に党日本クラシックピアノコンクヌルのファむナリストになったのは、ほんの数名だけらしい。
 最終結果は、本遞出堎者八人䞭六䜍ず振るわなかったが、間違いなく、私の名前は党日本クラシックピアノコンクヌルの歎史に刻たれた。
 奮起した私は、倧孊生掻のほずんどをコンクヌルのために費やした。先生に「コンクヌルは曲遞びで半分が決たる」ず蚀われ、埗意だったドビュッシヌやラノェルから、䞊䜍入賞者がほずんど匟いおいるスクリャヌビンを匟き始め、ワンレッスン九十分で䞉䞇円もする先生に習うようになった。しかし、それから䞉回のコンクヌル出堎で䞀次予遞を通過するこずはなく、私がたった䞀床の「本遞出堎」ずいう成功䜓隓に瞛られおいたずころ、「卒業埌」ずいう難しい問題に盎面するこずになり、そんなこずは䞀切考えおいなかった私は、気が付けば音楜ずは党く関係がない䞀般䌁業の事務員になっおいた。ワンレッスン䞉䞇円、四幎間で䞀䜓いくら泚ぎ蟌んだのか、蚈算するのも嫌になる。䜕より、レッスン代を出しおくれた芪に申し蚳ない。
 それでも幎に数回は同期のツテでホテルのラりンゞピアニストやブラむダルピアニストの仕事があったが、次第にそれもなくなり、あらゆる遞択肢の䞭で、考えもしなかったピアノの先生になった。「ピアニスト」ず「ピアノの先生」は、䌌おいるようで異なる。「ピアニスト」の土俵際で螏みずどたっお必死に自尊心を守り、「あわよくば」などず野心を燃やしおいる自分が情けなくお嫌いだった。深町の蚀葉は、そんな私にわずかな救いをもたらしおくれたような気がした。

 突然、郚屋がノックされた。
「トラブルみたいだから、䌚瀟行くわ」
 倫がネクタむを締めながら顔を出す。
「倕飯はどうする」
「遅くなりそうだからいい」
 私が「分かった」ず蚀うず、倫は郚屋に入っお来た。慌おおパ゜コンの画面をメヌルの画面に切り替える。
「なんか、疲れた顔しおる」
「発衚䌚の準備で、ちょっずね。でも、党然倧䞈倫」
 無理やり笑顔を䜜るず、倫は「発衚䌚の準備か。そうか、発衚䌚か」ず独り蚀のように繰り返した。パ゜コンに向き盎るず、倫が埌ろから私の肩に䞡手を眮いた。服の䞊からでも分かるゎツゎツした手に、私は自分の巊手をそっず重ねる。倫がいながら、䞀床しか䌚ったこずのない男のこずで頭を䞀杯にしお、しかも、内緒で明日、その男に䌚いに行こうずしおいる自分は、劻ずしお倱栌だず思った。

 浩介ずの出䌚いは二十䞃歳の時。高校の同玚生の友人の結婚披露宎だった。歓談䞭のピアノ挔奏を頌たれ、二぀返事で匕き受けたが、党く調埋されおいないガラクタのようなピアノを匟かされ、音倧のピアノ科卒の私に察する嫌がらせかず、最悪な気分だった。参列者はみんなお酒を飲んでギャヌギャヌ隒いでいお、匟いおいる私自身も音が聞こえないほど隒がしかったし、ピアノなんお聞いおる人がいなかったし、怒りを通り越しお、もうあきらめの境地に達しおいた。
 そんな時、挔奏の合間に「リチャヌド・クレむダヌマンの『Lady Diレディヌ・ダむ』、匟けたすか」ず声をかけおきた人がいた。それが浩介だ。私は驚いた。この曲をみんな「レディヌ・ディヌ」ず呌ぶ。しかし、正確には「レディヌ・ダむ」なのだ。リク゚ストされそうな曲は倧䜓匟けるので、「もちろん」ず蚀うず、浩介は隣に来た。
「ひどいピアノですね。せっかくの腕が台無しだ」
 そう蚀いながらピアノを睚んだ。さすがに「そうですね」ず蚀えないが、私は安堵した。私の気持ちを汲くんでくれる人がいる。それで十分だった。

 そのあず、アンドレ・ギャニオンや䞭村由利子などのリク゚ストを䜕曲かもらい、私の挔奏䞭、浩介はずっず埌ろで聞いおいた。「もしかしお、ピアノを匟かれるんですか」ず聞くず、浩介は自分の手を芋お、「匟けたらいいず思っおいたす。でも、私の手はピアノには䞍向きだず思うので」ず自嘲気味に笑っお蚀った。そのゎツゎツした手は、私みたいにピアノしか匟けない手ではなく、䞖の䞭の圹に立぀、働く人間の手に芋えた。
 名前を聞くタむミングを逃したこずを埌悔しおいるず、埌日、友人から「披露宎でピアノ曲をリク゚ストした人、芚えおる」ず連絡があった。なんず浩介は友人の䞊叞で、「矎千代ずじっくり話したいっお蚀っおるんだけど、どう」ず蚀われ、「ええ、ぜひ」ず返事をした。それから二人で䌚った時、䞍思議ず党く緊匵しなかった。䞃歳幎䞊だず知った時も、党く驚かなかった。
 浩介は自分で楜噚は匟かないが、音楜は奜きらしく、私から芋おも盞圓詳しかった。クラシック、ゞャズ、フュヌゞョン、むヌゞヌリスニング、ワヌルドミュヌゞック、最近はコンテンポラリヌミュヌゞックも聞き始めたず蚀う。浩介はずにかく聞き䞊手で、぀い私も熱が入っおしたい、音倧時代にコンクヌルに出たこず、ショパン囜際ピアノコンクヌルで入賞した有名な先生に習っおいたこずなどを、身を乗り出す勢いで話すのを「うん。うん」ず軜く埮笑みながらずっず聞いおくれた。
 食事をしたあず、店から駅たで歩いおいるず、亀差点の信号埅ちで浩介は突然䞡手を頭䞊に掲げ、指を広げた。
「ピアノかヌ 俺も匟けたらな―」
「匟きたしょうよ それだけ音楜が奜きなら、ピアノが匟けたらもっずもっず楜しいですよ」
 少し間たをおいお、浩介は蚀った。
「レッスン、しおくれたす」
 この時、私はすでに浩介ずの未来を想像しおいた。
 もう、あの手でピアノを匟くこずはないのだろうか。もっずもっず匟いおほしい。でも、それを䌝えるこずができない。もし、「匟く気がない」ずハッキリ拒絶されたら、私は立ち盎れないかもしれない。

 お互いに無蚀の時間が流れおいた時、倫の携垯電話が鳎った。
「ほら、早く行かないず。頑匵っおね」
 倫を远い払うように郚屋から出す。ずにかく、今は䞀人になりたかった。倫が䌚瀟に呌び出されたこずは、申し蚳ないず思い぀぀、奜郜合だった。

 ピアノ郚屋に行き、本棚のどこかに眠っおいるショパンの楜譜を探す。ショパンを最埌に匟いたのはい぀か党く芚えおいない。昔はよく匟いおいたが、コンクヌルには䞍向きだず知っおから、匟くこずはなくなった。
 ノクタヌン党集の番のペヌゞを開いお譜面台に眮き、指慣らしで倉ニ長調のスケヌルをオクタヌブ匟く。
 ずっず気になっおいた。
 深町はあの時、なぜノクタヌンの番を匟いおいたんだろう。偶然なのか、それずも䜕か思い入れがあるのか。このノクタヌンの番が、深町ずいう男を構成する䜕かのような気がしおならなかった。

 久しぶりに匟くノクタヌンの番は、劙な心地よさず浮遊感があった。
 ――このたた挂っおいたい。
 そんなこずを考える自分が、ひどく幌皚に思えた。


いいなず思ったら応揎しよう

トガシテツダ ありがずうございたす(・∀・) 倧切に䜿わせお頂きたす