百人一首小話(407)ー第60首 小式部内侍 その4 母の再婚ー
寛弘6(1009)年4月に、小式部(11歳?)は母和泉式部と共に土御門殿に出仕しました。中宮彰子の二度目の懐妊で新たに召された為です。
夏から秋へと小式部にとっては、もの珍しい事ばかりでした。そして小式部にとっては義理の大叔母に当たるという赤染衛門(祖父大江雅致の弟嫁)も優しくしてくれました。そして、なぜか大殿(道長)の北の方倫子も優しくしてくれました。(後で小式部は母和泉式部の存在が紫式部の鼻をあかした為と知りました)
秋に、肥後から藤原保昌という中年の公家が帰京し、土御門殿にも出入りしまてきました。「何でも才女が好きとか。気をつけましょう」
小式部の周りの女房たちもささやいていました。
11月になって義理の大叔母赤染衛門が夫が尾張守に再任されたという事で同道するのでお別れを言いに和泉式部の所に来ました。
「お寂しい事です。叔母上」和泉式部はほんとに不安がりました。叔母も一緒に出仕してくれるという事でどんなにか心強かったでしょう。
そして11月の末、25日に中宮彰子は二番目の皇子を無事出産しました。(敦良:あつなが:親王。後の後朱雀天皇。現在の皇統の祖)
そんな12月になった頃、母和泉式部は大殿から呼ばれて帰ってきた時、浮かぬ顔をしていました。
「母上、どうされたのですか?」小式部が尋ねると「藤原保昌様の妻になれと大殿から言われたのです」「行かれるのですか?」
小式部が聞くと「大殿の命令とあらば仕方ありませぬ・・・丹後の守になるとか・・・そなたはどうします?」
小式部はしばし考えました。どんな時でも母と一緒でした。敦道親王の邸に行った時でも。しかし小式部はしばし考えて言いました。
「母上、丹後の田舎に行くより、私はここで中宮様にお仕えします。宜しいでしょう?」
和泉式部は驚きました。「いつの間にそんなにしっかりしたの」
そして抱きしめました。初めて娘と離れて生活するので。(続く)
