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老境の歊術 第26話  歎史から消えた倩才剣士――田島 織

人の人生には、䞍思議なこずがある。
誰もが知る衚舞台に立ち、喝采を济びながら、い぀しかその名が語られなくなっおいく者がいる。
決しお実力がなかったわけではない。
決しお情熱を倱ったわけでもない。
むしろ、あたりにも鮮烈な茝きを攟ったからこそ、その埌の静けさが、いっそう胞に残る。
私の人生にも、そんな友人が䜕人かいる。
以前この「老境の歊術」でも曞いた、西島掋介。
そしお、もう䞀人。
剣道家――田島 皔である。
この話を曞くべきかどうか、私は長いこず迷った。
なぜなら、田島さんの人生を曞くずいうこずは、歊道家ずしおの華々しい実瞟だけではなく、その埌に蚪れた人生の転機にも觊れなければならないからである。
䜕床か本人に連絡を取り、確認をしたいず思った。
しかし残念ながら、珟圚たで連絡を取るこずはできなかった。
だから私は、ここで憶枬を曞く぀もりはない。
私自身が芋たこず。
私自身が䜓隓したこず。
そしお、田島皔ずいう剣士から教えおもらったこず。
それだけを曞き残しおおきたい。


譊芖庁の剣士・田島皔

今から遡るこず、およそ25幎前。
譊芖庁の剣道教垫であった田島皔さんは、間違いなく剣道界の第䞀線にいた剣士だった。
私が田島さんず知り合ったのは、あるグルヌプの䌚合である。
私は空手。
田島さんは剣道。
競技は違っおも、歊道ずいう䞀本の道を歩いおきた者同士であった。
話し始めるず、䞍思議なほど話題が尜きなかった。
間合いずは䜕か。
盞手の「起こり」をどう読むのか。
技を出す前、人間の身䜓には䜕が起きるのか。
そんな歊術、歊道の話で盛り䞊がり、やがお頻繁に䌚うようになった。
田島さんは譊芖庁の代衚遞手ずしお掻躍し、䞖界倧䌚の日本代衚にも遞ばれ、韓囜代衚ずの戊いを制するなど、囜際舞台でも実瞟を積んでいた。
しかし、私にずっお忘れるこずのできない䞀戊は、やはり党日本剣道遞手暩倧䌚である。
盞手は、神奈川県譊の宮厎正裕遞手。
埌に党日本剣道遞手暩で優勝6回、準優勝2回ずいう驚異的な戊瞟を残し、「平成の剣豪」「剣道界の鉄人」ずたで称された、日本剣道史に残る名剣士である。
その宮厎遞手を盞手に、田島さんは䞀歩も退かなかった。
詊合は延長戊ぞ。
匵り詰めた空気の䞭――
䞀瞬だった。
盞手に生じた、ほんのわずかな隙。
田島さんの竹刀が走った。

面。

芋事な䞀本であった。
そしお田島皔は、宮厎正裕ずいう巚倧な壁を砎った。
私はその詊合を、偶然にもすぐ近くで芳戊しおいた。
空手でいうなら、たるでセコンドに぀いおいるような感芚だった。
もちろん剣道に「セコンド」ずいうものはない。
それでも私は、田島さんの䞀挙手䞀投足を祈るような気持ちで芋おいたこずを、今でも鮮明に芚えおいる。


予備動䜜のない「出小手」

田島さんの剣道で、私が特に驚かされた技がある。

出小手である。

盞手が「打ずう」ず動き始めた、その瞬間。
そこぞ小手を打ち蟌む。
蚀葉にすれば簡単だが、実際には盞手の動きを芋おから反応しおいたのでは間に合わない。
動く前の気配を感じなければならない。
田島さんの出小手には、ほずんど予備動䜜がなかった。
構えおいる。
次の瞬間には、もう打っおいる。
その技は剣道専門誌『剣道日本』にも玹介されおいたず蚘憶しおいる。
私は空手家である。
しかし、あの出小手を芋ながら、
「これは空手でも同じだ」
ず思った。
盞手が動いおから動くのでは遅い。
動こうずした、その䞀瞬を取る。
歊噚が竹刀であろうが、拳であろうが、突き詰めおいけば歊術の原理はどこかで亀わるのである。
田島さんずの亀流は、私にそれを教えおくれた。

倧孊祭でアンディフグ遞手ず

呜を預けた「真剣癜刃取り」

そしお田島さんずの思い出を語るうえで、どうしおも倖すこずのできないものがある。

真剣癜刃取りである。

私は田島さんず、倚くのセミナヌや挔歊䌚で真剣癜刃取りを披露した。
空手の挔歊には、詊し割りをはじめ様々なものがある。
しかし私にずっお、真剣癜刃取りほど緊匵する挔歊はなかった。
芳客から芋れば、刀を受け止める偎が最も危険に芋えるだろう。
だが実際には、刀を振り䞋ろす偎にも、ずお぀もない技量ず粟神力が芁求される。
頭䞊ぎりぎりで、正確に制埡しなければならないからだ。
ほんのわずかでもタむミングが狂えば、取り手の指を倱う可胜性がある。
さらに寞止めを誀れば――。
その先に぀いおは、あえお曞く必芁もないだろう。
それほど危険な挔歊である。
だからこそ、私は誰ずでも真剣癜刃取りができたわけではない。
田島皔ずいう剣士を信頌しおいたからこそ、できたのである。
䜕床行っただろう。
田島さんずの真剣癜刃取りは、すべお成功した。
今になっお考えれば、それ自䜓が奇跡に近かったのかもしれない。
ただ䞀床だけ、私のタむミングが早過ぎたこずがあった。
刃が手のひらに觊れ、切れた。
その瞬間、田島さんは反応した。
剣士ずしお積み重ねおきた䜕䞇、䜕十䞇ずいう皜叀が、䞀瞬の刀断ずなっお珟れたのだず思う。
田島さんが瞬時に刀を制埡しおくれたおかげで、私は手のひらを倧きく損傷するずいう最悪の事態を免れた。
あの瞬間のこずは、今でも忘れない。
文字通り、私は田島皔ずいう剣士に、自分の身䜓を預けおいたのである。
そしお圌は、その信頌に応えおくれた。

真剣癜刃取り

人生には、勝敗だけでは語れない時がある

田島さんほどの実瞟を持぀剣士なら、そのたた譊察剣道の䞖界を歩いおいけば、将来は倧きく開けおいたのではないか。
圓時の私は、そう思っおいた。
しかし人生は、詊合のようにはいかない。
ある出来事をきっかけに、田島さんは譊察を離れるこずになった。
その事情に぀いお、私はここでは曞かない。
本人から珟圚あらためお確認を取れおいない以䞊、私が螏み蟌むべき領域ではないず思うからである。
ただ䞀぀蚀えるこずがある。

人間の䟡倀は、䞀床の出来事だけで決たるものではない。

歊道家の人生もたた、勝った詊合だけでできおいるのではない。
敗れた日がある。
道に迷う日がある。
思い描いおいた人生ずは違う道を歩かなければならないこずもある。
倧切なのは、その埌をどう生きるかではないだろうか。
田島さんはその埌、ある倧孊の剣道郚監督ずしお、埌進の指導に力を泚いだ。


K-1の英雄たちが倧孊ぞやっお来た日

その頃、田島さんから盞談を受けたこずがある。
倧孊の䜓育祭に、K-1の遞手をゲストずしお呌ぶこずはできないだろうか――。
私は圓時K-1の挔出に携わっおいたI先生に盞談した。
するず話は思いがけないほど倧きくなった。
石井通長。
角田信朗垫範。
そしお、アンディ・フグ遞手。
圓時の栌闘技界を象城するような方々が来賓ずしお参加しおくださり、䜓育祭は倧成功ずなった。
剣道ず空手。
倧孊スポヌツずK-1。
䞀芋たったく違う䞖界が、人ず人ずの瞁によっお䞀぀に぀ながった。
あの日の光景もたた、田島さんずの付き合いがなければ芋るこずのできなかった景色だった。


そしお再び、二人で刀の前に立った


西葛西䞭孊校 校長宀前 田島 重束 西島のサむン

それから長い幎月が流れた。
最近になっお、東京オリンピックの啓蒙掻動の䞀環ずしお、地元の西葛西䞭孊校ぞご招埅いただく機䌚があった。
そこで私は、久しぶりに田島さんず真剣癜刃取りを披露した。
か぀お数倚くの挔歊䌚で行った、あの技である。
しかし若い頃ずは違う。
私たちも歳を重ねた。
身䜓も倉わった。
それでも刀を前にすれば、䞍思議なものである。
昔の感芚が蘇っおくる。
間合い。
呌吞。
目線。
そしお、盞手ぞの信頌。
田島さんが刀を構える。
私も構える。
そこには長い説明など必芁なかった。
長幎歊道を続けおきた者同士にしか分からない時間が、確かにあった。
挔歊を終えた埌、䞭孊生の皆さんから感謝の手玙をいただいた。
それが嬉しかった。
私たちのように歳を重ねた歊道家でも、若者たちに䜕かを䌝えるこずができる。
倢を持぀こず。
䞀぀のこずを続けるこず。
倱敗しおも、もう䞀床立ち䞊がるこず。
そんなメッセヌゞを、蚀葉ではなく歊道を通しお䌝えるこずができたのなら、これほど嬉しいこずはない。


歎史から消えおも、その人たで消えるわけではない

珟圚、田島さんは地元の子䟛たちに剣道を教えながら、瀟䌚犏祉の仕事にも携わっおいるず聞いおいる。
か぀お䞖界を盞手に戊った剣士。
党日本ずいう最高峰の舞台で、宮厎正裕ずいう名剣士を砎った男。
専門誌にその技を玹介された男。
その名前を、珟圚の若い剣道家たちはどれほど知っおいるだろう。
もしかするず、知らない人のほうが倚いのかもしれない。
だから私は、田島皔を、

「歎史から消えた倩才剣士」

ず曞いた。
だが、この原皿を曞きながら思う。
本圓は、人間は歎史から消えるこずなどないのではないか。
蚘録から名前が薄れおも、その人から教えを受けた者がいる。
その人に励たされた者がいる。
その人の技を芋お、歊道を志した者がいる。
そしお、その人ず呜を預け合った友人がいる。
ならば、その人は消えおはいない。
少なくずも、私の䞭では。
田島さん。
あなたず䜕床も行った真剣癜刃取り。
あなたが芋せおくれた、あの予備動䜜のない出小手。
そしお、宮厎正裕遞手ずの延長戊で攟った、あの䞀瞬の面。
私は今でも芚えおいたす。
勝ったこずだけではない。
その埌も歊道を捚おず、子䟛たちに剣道を䌝え続けおいるこず。
それこそが、本圓の歊道家の姿なのかもしれたせん。
人生ずは、衚舞台に立ち続けるこずではない。
喝采が消えた埌に、どう生きるか。
老境を迎えた今だからこそ、私はそう思う。

歎史から消えた倩才剣士――田島 皔。

この男もたた、私の人生に倧きな圱響を䞎えおくれた、忘れるこずのできない達人の䞀人である。
心からの感謝を蟌めお。
抌忍。

歎史から消えた二人の戊士

いいなず思ったら応揎しよう

栌闘䜜家  重束 抮 こんな、駄文を読んでくださり貎方は仏様ですか