🇨🇭スイスでの妊娠・健診・出産ログ② | 破水から出産編
前回の記事でも書いた通り、37週0日の日に総合病院HUGにて臨月の健診を予約していた。しかし、その朝にその時はやってくる。 ここでは出産当日のタイムスタンプと共に、怒涛のカウントダウンを記しておこうと思う。
4:20頃 | 家族の意見を総無視して寝落ちする女、わたし
37週に入ったばかりの早朝、チョロチョロと尿漏れのような感覚で目が覚めた。妊娠期間中、一度も膀胱のコントロールを失ったことはない。
「……破水かな?」
そう思いつつ、日本にいる家族にLINEで実況報告。しかし、睡魔に勝てずそのまま二度寝を極めた。(言い訳をすると、出張に行っていた夫がこの前日の22時に帰宅したため、いつもより睡眠時間が短かった)

※破水したかも、と思った時点で皆さんは病院に行ってください!
妊婦健診は家の近くの産婦人科でしていたが、スイスで加入している保険の関係と私自身が無痛分娩を希望していた為、出産はHUGというジュネーブの総合病院に。

8:00 | いざ、初診
本来予約していた初診のため、予定通りHUGへ。「わからないんだけど、朝もしかしたら破水したかもしれない。もしかしたらただの尿漏れかも。」と控えめに伝えると、助産師さんと研修中の学生の方が臨月で行うべき検査項目をすっ飛ばして、NST(ノンストレステスト)と破水検査をすぐに行ってくれた。
そして検査の結果……なんと破水確定!!!そしてそのまま入院が言い渡された。37週での破水など1ミリも想定していなかったが、スイスの病院は備品が充実していると聞いていたので、最低限の荷物だけをバッグに放り込んできた。
✅洗面セット(シャンプー、コンディショナー、ボディーソープなど)
✅眼鏡、コンタクト
✅最低限の化粧品
✅陣痛を乗り切るおやつ(チョコやプロテインバー、ウィダーなど)
✅脱ぎ着しやすいサンダル
✅Airpods
✅充電器
✅書類、保険カード、財布
✅退院する時に着る下着と着替え
また、この日は水曜日で息子の保育園がなかったため、息子を連れて夫と病院へ来ていたが、HUGにはTom Pouce(トムプース)という託児所がある。バタバタと入院準備をする間、息子を預けられたおかげで、夫婦で説明に集中できた。広々とした空間にスタッフが2-3名。経産婦への手厚いサポートに、スイスの底力を見る。良かったなあ。

📅月〜金曜日(平日のみ) 8:30〜12:30 // 13:00〜17:00
🕰️利用時間の制限:最大3時間まで(健診や入院時の面会中に利用可能)
👶利用対象:1歳〜10歳まで
💰利用料:無料
NSTでしばらく赤ちゃんの様子を確認していると、赤ちゃんの心拍が基準値(正常範囲は110〜160回/分)よりも高い160〜180回/分を行き来しており、軽度の胎児頻脈と言われる。なので病棟へはすぐ移動せず、NSTをつけて50分ほど観察を続行。その間、私はベッドに横になったまま、健診でお世話になっていた産婦人科から送付された今までの健診データを助産師さんと一緒に確認しながら、家族の既往症の有無、どんな出産にしたいか(バースプラン)、産後の助産師さんの名前・連絡先等の細かなヒアリングがあった。
私は事前に保険番号やアレルギー、バースプラン、緊急連絡先等をまとめたOne pagerのようなものを作成してHUGに持参したので、やり取りがとてもスムーズだった。助産師さんから「あなた、いきなりの破水だったのに準備が良すぎるわ!」と言われて天狗気味になったのは内緒。気になる方はテンプレをお渡しするので気軽にお声がけください!!
9:40 | 入院病棟へ移動
診察室で1時間半ほど過ごした後、「やはりもう少しNSTモニターが必要だがとりあえず入院病棟へ向かいましょう。」とのことで荷物を持って移動。ここで産院着に着替え、別の助産師さんに交代。



硬水と軟水、両方準備されている
赤ちゃんの心拍が高いので、お水をたくさん飲んで!と言われた。今のうちに寝ておこう、なんて思っていたが、こまめな水分補給をしながら様々なポジションでNSTを取っていた為ゆっくりできず。
まだ産まれるまでは時間がかかりそうね〜〜と言われていたので、夫は一時預かりにいる息子を迎えに行き一旦帰宅。この間、深夜に生まれる可能性も含めて息子を一晩預かってくれる人を探す為に友人たちに連絡を取る。
異国での出産の辛いところは、親族がそばにいなく、気軽に頼れる人がいないことだと思う。2人目3人目の出産となると、お産が長引いた場合のシナリオも含め、いくつか計画を練らなければいけない。ジュネーブの赤十字(Croix-Rouge genevoise)が提供するベビーシッターサービスも考えていたが、語学学校の時から仲良くしている友人が快い返事をくれ、私たちの自宅で一晩息子と過ごしてくれることが決まる。😭本当にありがとう。
11:20 | 陣痛室へ移動
心拍が落ち着いたところで、陣痛室へ移動。

2人部屋だが、パートナー用の椅子やバランスボール、ヨガマットまで完備されている。ふと天井を見上げると、シルク・ドゥ・ソレイユが始まりそうな赤い紐がぶら下がっていた。一体、いつ、どのタイミングでこれにぶら下がるのだろう。
この間、お腹が空いたことを助産師さんに伝えると、お昼ご飯を持ってきてくれた。11時45分ごろのこと。

日本の産院の食事と比べると「......😅」だが、朝からろくに食べておらず、お腹が空いていたので完食。見た目とは裏腹に味付けはしっかりしておりなかなか美味しかった。
12:00 | 暇な時間、到来
お昼を食べ終わった時点で陣痛の気配はなし。そして赤ちゃんの心拍は未だやや速いまま。
助産師さんから「17時ごろまで待って、陣痛が来なければ感染症対策も兼ねて促進剤を打ちます。水分を取ってくれてると思うけど、心拍が速いので水分も点滴しましょう」と言われ、点滴を打つ。
15:00 | 孤独なバランスボールディスコ
一向に変化なく、卵膜剥離(内診ぐりぐりと呼ばれるもの)をし、自然陣痛促進の段階に入る。第一子の時はこのぐりぐりがとても痛かったが、今回は何も感じなかった。
この時点で子宮口は2cm空いていたようなのだが、出産が間近という実感がまだ湧かない私は、Aretha FranklinのThinkやアップテンポの曲を聴きながら呑気にバランスボールで1人ディスコをしていた。1回助産師さんにみられて恥ずかしかったが、出産なんて体裁など構わず恥を捨てる場面ばかりなので自分のテンションが上がる方法で過ごした。
17:30 | 促進剤と夕飯
夕方になっても陣痛らしい陣痛は来なかったので、とりあえず分娩室へ移動して促進剤(オキシトシン)を打つ。この際、事前に確保していたルートがちゃんと血管に刺さっておらず、静脈留置針の打ち直し。これが地味に痛かった…….。メソメソしていると、18時前に夕飯が出てきて立ち直る。

18:30 | 夫合流
家で息子を一晩見てくれる友人とバトンタッチした主が合流。腹が減っては戦はできぬので、持ってきてくれたドーナツや羊羹を追加で食べる。
19:15 | ゴットハンドオブザイイヤー
陣痛らしい陣痛を感じ始め、徐々に痛みの感覚が短くなっていく。20時過ぎにはお尻の割れ目のちょうど上あたりがミシミシ痛く、深呼吸して気を紛らわさないとしんどくなってきたので、助産師さんが背中マッサージ用のオイルをくれる。ラベンダーとかオレンジのいい匂いがした。
陣痛の波がくるタイミングに合わせて、夫に強く圧迫してもらいながら温めてもらった。このゴッドハンドがなければ更にもがき苦しんでいただろう。
21:15 | パンダの来訪とサンドバック代わりの夫
この頃から、声が出てしまうほど耐えられない痛みが来訪した。表現するなら、大きなパンダに下半身を鷲掴みにされ、そのまま引きちぎられるのではないかというほどの激痛。出産を経験したママたちなら、きっとこの下半身崩壊の恐怖を分かってくれるはずだ。
夫の肩をラグビーのスクラムのように頭で押し、必死で陣痛の波をやり過ごすが、もう限界。これ以上長引けば、最後にいきむ体力が残らない。
「麻酔早く麻酔早く頼むたのむたのむ腰ちぎれるお願いします」と鬼の形相で助産師さんに嘆願。そして麻酔科医の先生がようやくきてくれて麻酔開始。これで楽になる!!と思ったのに針がうまく刺さらず、3回ほどやり直し。1回で決めて!!!陣痛の合間に背中丸めてじっとしてんのきちいよ!!!
ようやく40分ほど経ったころに成功し、麻酔が効き始めて人間を取り戻した。ずっと痛みに悶絶して、あぐらをかいていたがあら不思議。横になって笑みを浮かべる余裕が出てきた。現代医療にこれほど感謝したことはない。
22:00 | もう一息!
子宮口は6cmに。ようやく一息。
22:45 | ほぼ全開、早いよ
わーい楽になったーとホッとしたのも束の間、子宮口を確認した助産師さん2人に「まって!!!頭が見えてるわ!!!ほぼ全開よ!!!産むよ!!!!」と伝えられ、状況を理解する間もなく助産師さんたちは2倍速でいそいそと準備をし、分娩台の足うけに私の足を乗せる。
そしてなんか麻酔が効いていない。腰を襲うミシミシとした衝撃は、先ほどとは比べものにならないレベルに達していた。
23:00 | クライマックス
持てる限りの全ての力を振り絞り、助産師さんの掛け声に身を委ねる。
「プーーーーーーーーーシュ!!!!PUUUUSHHHHH!」
「OK、深呼吸、もう一回いくよ、あなたならできる、がんばるよ!!!」
もはや痛みの限界を超え、無我夢中。フランス語と英語が入り混じるエールの中で、私はひたすら踏ん張った。
23:15 | 誕生
無事に第二子が誕生。まつ毛が嫉妬するくらいとっても長く、髪の毛がふさふさだった。

ふぅ、と息つく間もないまま、カンガルーケアで生まれたての我が子を胸に乗せられる。日本では助産師さんが赤ちゃんを取り上げた後、少し拭いたり温めてから胸の上に乗せてもらったが、スイスではすぐにカンガルーケアに入るのが一般的らしい。
生まれたての我が子の元気な泣き声を聞いてとても安心したのか、痛みや疲れを忘れてただただ愛おしさが溢れる。
カンガルーケアをした後、夫に臍の緒を切ってもらい、助産師さんが私のケアと赤ちゃんのケアを順番にする。
あれこれしているうちに、0:30すぎに色々落ち着いてきた。家にいる息子が心配だったこともあり、夫は帰宅。助産師さんが赤ちゃんの測定をしたり、温めてくれている間、私は20分ほど寝てしまっていた。
2:00 | 夜食
その後、分娩台から入院用ベッドへ私は移され、またうとうとしていたところ、「ビスコッティがあるけど食べる?あなたお腹空いていると思うの。コーヒーと紅茶もあるよ。どっちにする?」と助産師さんが声をかけてくれて、口の中の水分が全て持っていかれるラスクのようなものを食べた。おかげで水分補給が効率よくでき、力を全て振り絞った空っぽの身体に糖分が入っていく。普段だったら絶対食べないが、バターをアプリコットをたっぷりのせた、このビスコッティの味は多分ずっと覚えているなあ。と思った。

日本での出産とは一味違う、スイス・ジュネーブでの出産。ドタバタな展開も、素朴な食事も、最後の最後で間に合わなかった麻酔も。終わってみれば、新しい家族を迎える最高のプロローグになったのかな。
入院編へ続く……
