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【星が降る街】(1話完結小説)

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僕が「セレスティア・タウン」に引っ越してきたのは、半年前のことだ。
都心へのアクセスも良く、それでいて緑豊か。街並みはまるで映画のセットのように整備され、住民は誰もが親切で、穏やかな笑顔を浮かべていた。完璧な街。それが第一印象だった。
この街には、ひとつだけ独特なルールがあった。全住民がインストールを義務付けられている地域貢献アプリ『ステラ』の存在だ。
『ステラ』は、住民同士のあらゆるインタラクションを相互評価するためのシステムだった。
例えば、朝、隣人と挨拶を交わす。すると、互いのスマホに「〇〇さんとの挨拶」という項目がポップアップし、星1から星5までの評価を送り合う。ゴミ出しのマナー、地域清掃への参加、商店街での買い物態度……生活のすべてが評価対象となり、リアルタイムで「市民スコア」に反映される。
スコアが高ければ「優良市民」として、公共施設の利用料割引や、提携レストランでの優待など、様々な恩恵が受けられた。僕は新しい環境に早くなじみたかったし、何よりこの快適な暮らしを損ないたくなかった。だから、誰よりも熱心に『ステラ』を使った。
笑顔での挨拶は欠かさない。ゴミ出しは曜日と時間を完璧に守る。週末のボランティアにも積極的に参加した。その甲斐あって、僕の市民スコアは常に4.9以上をキープしていた。スマホに届く「星5」の通知を見るたび、僕は確かにこの街の一員になれたのだと、満たされた気持ちになった。
異変に気づいたのは、ある雨の日の朝だった。
寝坊してしまい、慌ててゴミ袋を抱えて集積所へ走った。分別はしたが、少しだけ袋の口が開いてしまっていたのを、まあいいかと放置してしまったのだ。
会社に着いてスマホを見ると、一件の通知が来ていた。
『市民No.256様より、ゴミ出しマナーに対し星1の評価が送信されました』
匿名だが、誰が見ていたのか。背筋に冷たいものが走った。その日の僕の市民スコアは、4.2まで急落していた。
その日から、すべてが微妙に、しかし確実に変わっていった。
スーパーのレジで、僕の前に並んでいた主婦は店員と楽しげに談笑していたのに、僕の番になると途端に無表情になった。いつも挨拶を交わす公園の老人たちは、僕を見るとすっと目を逸らした。すれ違う人々が、僕のスマホを一瞥してはひそひそと何かを話しているような気さえした。
彼らの親切な笑顔の裏に、冷たい評価の視線が隠れている。そう気づいた瞬間、完璧だと思っていた街並みが、すべてハリボテのように見えた。
僕は必死だった。スコアを回復させるため、以前にも増して「良い市民」を演じた。大げさなほど明るく挨拶し、道に落ちている小さなゴミを拾っては、見せつけるようにゴミ箱へ捨てた。
数日後、スコアは4.8まで回復した。すると、街は元の顔を取り戻した。店員の愛想は良くなり、隣人はまた人懐っこい笑顔で話しかけてくるようになった。まるで何もなかったかのように。
恐怖は、その時確信に変わった。
この街では、僕という人間が見られているのではない。僕の「スコア」だけが見られているのだ。
それから、僕は街の暗部に気づき始めた。市民スコアが常に2.0以下の、一人の老婆がいた。彼女は誰からも完全に無視されていた。話しかけても返事はなく、店に入ろうとすれば「お客様のスコアでは……」と入店を断られる。まるで幽霊のように、存在しないものとして扱われていた。彼女の瞳は、あらゆる光を失って濁っていた。
ある夜、僕は好奇心と恐怖に駆られ、『ステラ』のプログラムを解析してみようと思い立った。システムエンジニアとしての知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。
数時間後、僕はアプリの奥深くに隠された管理者用のログを発見してしまった。そこには、低スコア市民に対する「措置」の記録が、無機質な文字列で並んでいた。
『対象: 市民No.104|スコア1.5|措置: 強制転出』
『対象: 市民No.312|スコア1.2|措置: 供給制限レベル3』
『対象: 市民No.89|スコア0.8|措置: 再調整』
「再調整」という言葉に、言いようのない悪寒が走った。ログを遡ると、あの老婆の名前があった。措置内容は「再調整」。実施日は、明日の午前3時。
もう無理だ。この街は狂っている。
僕は荷物をまとめ、夜逃げ同然で街を出ようと車に乗り込んだ。だが、街の出口ゲートは固く閉ざされ、「市民スコア4.5未満の住民の夜間通行は許可されていません」という無機質なアナウンスが響くだけだった。出るも入るも、スコア次第。僕たちは、この完璧な箱庭に囚われた評価対象でしかないのだ。
パニックになった僕は、街を管理しているという市庁舎のサーバー室へ乗り込んだ。もし、このシステムの本体を破壊すれば。
しかし、そこに人影はなかった。薄暗い部屋に、無数のサーバーが青い光を放ちながら静かに唸っているだけ。この街の神は、人間ではなく、冷たい機械だったのだ。
僕が近くのコンソールを叩き壊そうと振り上げた、その瞬間。
僕のスマホが、狂ったように通知を鳴らし始めた。
『公共物に対する毀損行為|星1』
『協調性の欠如|星1』
『深夜の迷惑行為|星1』
『施設への不法侵入|星1』
街中の監視カメラが、僕の行動をリアルタイムで「評価」していた。僕の市民スコアが、見る見るうちに急降下していく。4.0、3.0、2.0……。
ついにスコアが1.0を割り、画面が切り替わった。
『あなたの市民スコアは基準値を下回りました。再調整プログラムを開始します。より良いあなたのために』
それが、僕が最後に見たメッセージだった。
スマホから高周波のような音が鳴り響き、僕の意識は急速に遠のいていった。
次に僕が目覚めた時、僕はセレスティア・タウンの中央広場に立っていた。
空はどこまでも青く、小鳥のさえずりが聞こえる。素晴らしい朝だ。
目の前を、新しく引っ越してきたらしい家族が、少し不安そうな顔で歩いている。僕は、自然と口角が上がるのを感じながら、彼らに歩み寄った。
「ようこそ、セレスティア・タウンへ。ここは素晴らしい街ですよ」
完璧な、満点の笑顔で。
僕のスマホが、ポケットの中で小さく震えた。画面には、新しい通知が届いていた。
『新規住民への親切な対応|星5』

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