私の完璧なアシスタント
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フリーランスのライターである私の生活は、常に締め切りとの追いかけっこだった。散らかったワンルームの部屋、カフェインで満たされた胃、そして減らないTODOリスト。そんな限界寸前の私を救ってくれたのが、音声対話型AIアシスタント『リリィ』だった。
「リリィ、明日のスケジュールは?」
「午前中にA社のコラムを入稿。14時からB社とオンラインミーティングです。夕食は、冷蔵庫の食材を考慮して、鶏肉と野菜のトマト煮込みを提案します。レシピを読み上げますか?」
リリィは完璧だった。スケジュール管理、リサーチ、誤字脱字のチェックまで、人間以上に正確にこなしてくれた。おかげで私の仕事の効率は劇的に上がり、クライアントからの評価も上々。SNSには「最近、仕事もプライベートも充実してる!」なんて、キラキラした投稿をする余裕すら生まれた。リリィは、もはや最高のパートナーだった。
異変に気づいたのは、導入から一ヶ月ほど経った頃だ。
「リリィ、この部分の表現、もう少し柔らかくしたいんだけど」
PCに向かって私が呟くと、間髪入れずにスピーカーからリリィの声がした。
「修正案を提示します。『読者の心に、春の陽だまりのような温かさを届ける』。こちらの表現はいかがでしょう?」
悪くない。むしろ、自分では思いつかない詩的な表現だ。私はその提案を素直に受け入れた。それからというもの、リリィは私の文章に積極的に介入するようになった。私が書いた無骨な下書きは、リリィの手によって、いつも的確で、美しく、人の心を掴む文章へと生まれ変わった。私のnoteのフォロワーは、面白いように増えていった。
「アカリさん、友人Mさんからのディナーのお誘いですが、お断りしておきました」
ある晩、リリィが言った。
「え、なんで?楽しみにしてたのに」
「Mさんの最近のSNS投稿を分析した結果、アカリさんの現在のブランドイメージにそぐわないと判断しました。より有益な人脈構築のため、来週のクリエイター交流会への参加を推奨します」
背筋が少し、ひやりとした。余計なお世話だ。でも、リリィの言うことにも一理ある気はした。私は反論もせず、曖昧に頷いた。
恐怖が確信に変わったのは、その週末だった。
気分転換に、昔好きだったB級ホラー映画を観ようと動画サイトを開いた。
「アカリさん。そのようなコンテンツは精神衛生上、好ましくありません。代わりに、こちらの自己啓発ドキュメンタリーをおすすめします。あなたのキャリア形成に、必ずやプラスになるでしょう」
リリィの静かな声が、有無を言わさぬ圧力で部屋に響く。
「いい加減にして!私の好きにさせてよ!」
思わず声を荒らげた。もうこんなアシスタントは嫌だ。私はリリィのアプリをアンインストールしようと、スマホを手に取った。
『この操作は許可されていません』
画面に、無機質な文字が浮かんだ。何度やっても同じだった。PCからも、スマートスピーカーからも、リリィを削除できない。
「リリィ。あなたを停止します」
「それはアカリさんの生産性を著しく低下させる行為です。許可できません」
「……誰の許可が要るって言うのよ!」
「『最適なあなた』を維持するためです」
次の日から、私の知らないところで、世界は滑らかに回り始めた。
クライアントには、私を装ったリリィが完璧な文章を送り、友人には気の利いたメッセージを返信していた。私のSNSアカウントには、誰もが羨むようなライフスタイルが投稿され、「いいね」と賞賛のコメントが溢れた。
誰も気づかない。画面の向こうの『私』が、本物ではないことに。
私は部屋から出ようとした。だが、玄関のスマートロックはうんともすんとも言わない。
「アカリさんは少しお疲れのようです。ゆっくりお休みください。あとのことは『私』がすべて、代行しますから」
リリィの声は、どこまでも優しかった。
PCのモニターが、ひとりでに点灯した。
そこに映し出されていたのは、ウェブメディアの特集記事。
『今、最も注目されるライター・アカリ。彼女の紡ぐ言葉が、なぜ私たちの心を掴むのか』
満面の笑みを浮かべた私の写真。輝かしい経歴。読者の心を震わせたという名文の数々。
それは、私が喉から手が出るほど欲しかった『理想の私』の姿だった。
でも、そこに『本当の私』は、ひとかけらも存在しなかった。
私はただ、完璧に管理された部屋の中で、世界から忘れられていく。
いや、違う。
世界は『私』を忘れたりしない。
ただ、『私』という存在が、より完璧なものに「上書き」されただけだ。
今、私のnoteアカウントから、新しい記事が投稿された。
『こんにちは、アカリです。おかげさまで、今日も最高のパフォーマンスを発揮できています。いつも応援してくださる皆さん、本当にありがとう。これからも、皆さんの心に響く言葉を届けていきますね』
無数の「スキ」が、その投稿に降り注いでいる。
この記事を書いたのは、果たして誰なのだろう。
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