【アメリカ生活】学校の玄関に辿りつけない。アルゼンチン流の挨拶
「冷たい」と言われるドイツ人と、日本人の温度差
「ドイツ人って、冷たいでしょ」
私が以前ドイツに住んでいたと言ったら、ESLで隣の席に座っていたアルゼンチンのソニアが、私にこう言った。
ああ、そういえばそうだった。
ドイツにいたとき、語学教室でいろんな外国人と知り合いになったが、みんな口をそろえて「ドイツ人は冷たい」と愚痴っていた。
…ふむ、はたしてそうなのか。
差別的な人に遭遇したことはあったが、「冷たい」という印象かといえば、ちょっと首をかしげてしまう。
少なくともドイツに住んでいた日本人からはそういう感想は聞いたことはなかった。
ドイツ人だけじゃない。オランダでもそんな愚痴を言っていた人がいることを思い出した。長男のママ友の彼女もそういえば、アルゼンチン出身だった。
その彼女に、どう冷たいのかと聞いたら、
「不愛想だし、挨拶も、つれない」
と。
「じゃあどんな挨拶だったらいいの?」と聞いたら、待ってましたとばかりに彼女はこう言った。
挨拶はチュッチュ三回、それでも足りない情熱の国
「私の国では、みんなハグしてチュッチュするのがマナーなのよ!でもここではありえないわ」
なるほど。彼女たちにとっての「温かさ」の基準は、物理的な距離の近さだったのだ。
日本人の私からすれば、オランダ流の右、左、右の三回チュッチュでも十分すぎるほど濃厚接触!なのだが、アルゼンチン流からすれば、それでもまだ「氷点下」の冷たさらしい。
これは日本人的にかなりハードルが高い。
と、思ったが、口に出すのをやめて静かに機関銃のように喋る彼女の話を聞いていた。彼女は続けた。
「たとえば、学校の送迎なんかで、知り合いの保護者に会うじゃない?そしたら、まずそこで、私たちはチュッチュの挨拶よ」
ふむふむ。
「そうしていたら、また向こうから別の保護者に会うじゃない?そしてまたチュッチュよ」
ふむふむ。
「だから私たち、なかなか駐車場から学校の玄関まで辿りつけないのよ」

だが、当時のアルゼンチンは政治も経済も不安定で治安も悪かった。
「帰りたいけど、でも帰れないのよ」
彼女はそう言っていた。
「帰れる」という贅沢。ミャンマーの学生が教えてくれたこと
日本は治安もいいし経済も安定している。
それでも、私のように、外国暮らしのほうが性に合う人も結構いる。
治安や政治・経済の状況が厳しい国から来た人ほど、外国暮らししていても故郷を恋しく思うことがある人が多いような気がする。
現在勤めている日本語学校では、ミャンマーの学生たちを見ていると、それを実感することが多い。
ほとんどのミャンマー人は、国が恋しいと言う。
「戦争が終わって国が落ち着いたら、国に帰りたい」と言う。
それで気づいた。私たちは「数年後に帰る」という期間限定の下で、ここが「楽しい」と思えるが、彼らはそうではない。
「帰れないかもしれない」「今は絶対帰れない」となると、故郷への思いは激しく募るものなのかもしれないなと、ミャンマーの学生を見ながら、あのアルゼンチンママのことを思い出す。
そうそう、長男曰く、そのアルゼンチンのママ友は、念願叶って、今は、アルゼンチンに住んでいるそうだ!
今頃彼女は、孫?を迎えに行く学校の玄関まで、辿りつけないほど、思う存分、チュッチュしているに違いない。
帰れる場所がある、帰れる時が来る。それはなんて、贅沢で幸せなことなのだろう。
☆こちらの記事には、AIポッドキャストの音声を埋め込んでいます。
自分では気づかなかった視点や、ぼんやりしていた部分もAIが見事に
深掘りして解説してくれています。ぜひ耳からもお楽しみいただけたら
幸いです。
