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【愛知・豊川】1000体の狐、そして「東洋一」と呼ばれた場所の記憶。

こんにちは
いなばの白うさぎです🐇

今回訪れたのは、愛知県豊川市

日本三大稲荷の一つとして有名な「豊川稲荷」と、
その歴史に深く関わる「豊川海軍工廠平和公園」
を巡る、少しマニアックで、心に深く残る旅日記です。

1. 鳥居があるのに「お寺」?豊川稲荷の不思議

まず向かったのは、
商売繁盛の神様を祀る豊川稲荷。

付近には食べ歩きができるお店も
沢山ありました!

ここでの最初の驚きはこれ!!

「ここ実は神社じゃなくて『お寺』なんだよ」
「えっ、あんなに立派な鳥居があるのに?」

正式名称は円福山 妙嚴寺(みょうごんじ)という曹洞宗の寺院。祀られているのは「豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)」という、白い狐に跨った仏が守護神なんです!

二礼二拍手はNG!静かに手を合わせる「合掌」のみ。


• 唱える言葉は 「南無豊川吒枳尼眞天(なむとよかわだきにしんてん)……」お経を唱えながらお参りする。この神仏習合の独特なギャップが、旅の始まりをワクワクさせてくれます。

黄金の灯籠と、1000体の狐が待つ「霊狐塚」

金色の灯籠

境内を進むと、パッと目を引く豪華なスポットが!
本殿の上り口に立つ「黄金灯籠」です!

眩いばかりの金箔が施された灯籠は、
まさに商売繁盛!緑の木々に映える金色は、見ているだけでパワーをもらえる気がしました。

霊狐塚(れいこづか)

その華やかさから、一転、
奥へ進むと現れるのが霊狐塚(れいこづか)。

1,000体以上の狐の石像が安置されている光景は、
まさに圧倒的!!

「マニアック」という言葉では足りないほどの
神秘的な空気感に包まれます。

•生き残った「奇跡のポスト」

本殿近くの「最祥殿」前で、この丸型ポスト。
なんと明治45年(1912年)製、 
日本最古の現役ポストなんです!

戦時中、多くの金属ポストは武器の材料として
「供出」されましたが、ここは「私設ポスト」扱いだったため、幸運にも回収を免れたんだとか。

•華やかさの裏にある、もう一つの歴史

豊川稲荷の奥の院近くに、
ひっそりと立つ「豊川閣戦没者供養塔」

「豊川海軍工廠」で亡くなった方々を供養するために建てられたものです。

かつてこの地で働いていた若者たちは、出勤前にここでお参りをしてから、職場に向かったといいます。

黄金の灯籠や狐たちの賑わいのすぐそばで、
今も静かに眠る2,500名以上の魂。

平和な今があるのは、こうした歴史の上にあるのだと、二人で静かに手を合わせました。

2. 「東洋一の兵器工場」の記憶を歩く

次に向かったのは、豊川海軍工廠平和公園。
広大な敷地に、5万人以上が働いていた「東洋一の兵器工場」の跡地に建てられた公園です。

「東洋一」と言われた兵器工場の跡地を整備したこの公園では、貴重な遺構を間近で見学できます。

平和交流館
入場料無料 開園時間: 9:00〜17:00

平和交流館では広大な「軍事都市」の姿が浮かびます。爆風を逃がす「第一火薬庫」の特異な構造は、当時の技術と切迫感の象徴。平和の尊さを噛み締める、学びの場でした。

万が一の爆発時に爆風を上へ逃がすための
「土塁(どるい)」
火薬を守るための異常に高い床下。
当時の最新技術が詰め込まれた建物が、
今も当時の姿のまま残っています。  

1945年8月7日。終戦のわずか8日前、たった30分の空襲で失われた数千人の命。その多くが10代の学生たちだったという事実に、胸が締め付けられます。

今も「海軍」と刻まれた境界標がひっそりと残っていて、日常の中に歴史が溶け込んでいるのを
しっかり、感じとりました。

最後に!!

狐たちに商売繁盛のパワーをもらい、平和公園で命の尊さと歴史を学びました。

ただの観光では終わらない!

まさに私たち夫婦らしい「大人の修学旅行」になりました。 日常の中に溶け込んでいる歴史を探しに、
私たちの旅はまだまだ続きます!!

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