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スーパーマリオは、なぜあんなに意地悪だったのか。


久しぶりに昔のゲームを遊ぶと驚くことがある。

とにかく不親切なのだ。

少し油断すると
穴に落ちる、敵に当たる。

やっと進んだと思ったら最初からやり直しになる。

今のゲームに慣れていると、

「こんなに意地悪だったっけ?」と思う。

これはスーパーマリオだけの話ではない。
ロックマン、魔界村、ドラクエ。

昔のゲームには、
なぜかプレイヤーに優しくないものが多かった。


昔のゲームは、本当に難しかった


昔のゲームを遊んだことがある人なら、
一度は思ったことがあるはずだ。

「なんでこんなところに穴がある!」
「なんでセーブできない!」
「なんでヒントがない!」

今なら不親切だと言われそうな仕様が当たり前だった。

それでも当時の子どもたちは何度も挑戦した。

何度も失敗した。
そして何度も最初からやり直した。

冷静に考えると少し不思議だ。

なぜ昔のゲームは、あれほど難しかったのだろう。


開発者が意地悪だったわけではない(容量)


昔のゲームが難しかった理由の一つは、
技術的な制約だった。

今のゲームは数十GBものデータを使う。

しかしファミコン時代のゲームは、
その何万分の一という容量しかなかった。

長いストーリーは作れない。
広大なマップも作れない。
イベントも大量には入れられない。

では、どうやってプレイ時間を増やすのか。

そこで必要になったのが「難しさ」だった。

何度も挑戦し、何度も失敗してもらう。

難しさは、少ない容量で長く遊んでもらうための工夫でもあった。


スーパーマリオは、本当に意地悪だったのか(ゲームデザイン)


例えば超有名な1-1。
スーパーマリオブラザーズ の最初のステージ。

一見すると普通のステージに見える。

しかし実は、

  • クリボーで敵を学ばせる

  • ハテナブロックでアイテムを学ばせる

  • 穴でジャンプを学ばせる

など、多くの要素が詰め込まれている。

ゲームデザインの世界では、

説明文ではなく、
遊びながら学ばせる設計として評価されることも多い。

そう考えると、
マリオは意地悪だったというより、

プレイヤーを信頼していたゲームだったのかもしれない。


人は「ちょうどいい難しさ」を楽しむ


心理学者の ミハイ・チクセントミハイ は、
「フロー状態」という考え方を提唱した。

簡単すぎると退屈になる。
難しすぎると諦める。

人はその中間で最も集中するとされている。

あと少しでクリアできそう。
次こそはいけそう。

そんな感覚があった。


ゲームは長く遊ばれる必要があった


当時のゲームは決して安い買い物ではなかった。

一本数千円。
中には一万円近くするソフトもあった。

もし数時間で終わってしまったらどうだろう。

買った側は物足りなく感じるかもしれない。

だからゲームには「長く遊べること」が求められた。

昔のゲームはストーリーの長さではなく、

難しさによってボリュームを作っていた。


今のゲームは、プレイヤーを迷わせにくくなった

今のゲームは昔より親切になったと言われる。
もちろん昔にもセーブ機能や難易度設定は存在した。

しかし全体として見ると、
プレイヤーが迷ったり、詰まったりする場面は減っている。

  • 目的地表示

  • チュートリアル

  • ヒント機能

  • オートセーブ

失敗してもすぐ再挑戦できる仕組み。

現代のゲームは、
プレイヤーが途中でやめないように設計されている。


なぜゲームは優しくなったのか


これは開発者が甘くなったからではない。

時代が変わったからだ。
今はゲーム以外にも娯楽がたくさんある。

YouTube、Netflix、SNS、スマホゲーム。

昔のゲームはプレイヤーの時間を独占できた。

しかし今は違う。
少しでもストレスが大きいと、別の娯楽へ移ってしまう。

だから現代のゲームは、
「何度も失敗させること」より、
「最後まで遊んでもらうこと」を重視するようになった。


おわりに


スーパーマリオは、なぜあんなに意地悪だったのだろう。
それは開発者が意地悪だったからではない。

  • 当時の技術。

  • 当時の遊び方。

  • 当時の娯楽環境。

そうした時代そのものが、ゲームを難しくしていた。

昔のゲームは不親切だった。

でも、その不親切さの中には、
何度も挑戦したくなる工夫も詰まっていた。

もしかすると昔のゲームが難しかったのではなく、
私たちの時間の使い方が変わっただけなのかもしれない。


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